第42話 ジャージ運命黙示録(5)
【コウガ地方 水口(みなぐち)の里 中央公民館 武術大会 女子の部会場】
一回戦の対戦相手は、鎖鎌(刃引き済み)をブンブン振り回して「不戦勝なんて味気ねえからよう、良かったぜ、戦えて〜〜」と言いながらリップと向き合う。
「有名人を倒せば、名前が上がるし〜〜!!!」
戦意は充分。
試合開始の合図がされた瞬間、鎖鎌の少女は、リップを見失う。
彼女には、リップの動きを捕らえる動体視力が、無かった。
次の瞬間には、背後から素手で衣服を剥ぎ取られ、スポーツブラとクマさんパンツだけの中破姿になっていた。
金崎カリタマは、半泣きしながら分銅を振り回して応戦するも、リップに再び背後を取られ、クマさんパンツを引き下ろされる寸前で、降伏を申告した。
後に、武術大会で一回戦負けをした回数でギネス記録を更新する初戦敗退王・金崎カリタマの、これが初めての初戦敗退である。
二回戦の対戦相手は、武器の三味線を最初から全開にして、油断せずに弦で周囲に結界を張ってリップの接近を防ごうとした。
リップは床面を這うように結界を潜り抜けると、三味線少女の足首を掴んで振り回しながら、着物を脱がす。
上下とも白いレース付き下着になっても、三味線少女は含み針を使って応戦しようとするが、リップは指で摘んで含み針を足の親指に刺して返した。
この試合は、三味線少女の顧問がタオルを投げ込んで終了となった。
「止めるなんて…」
涙目の弥陀屋シャミ子に、顧問が告白する。
「好きだ。こんな場所で全裸にされる前に、止めた」
「…ああっ(ズドン)」
「シャミ子の全裸をガン見していいのは、俺だけだ」
「きゅん(じゅん)」
弥陀屋シャミ子、一時間後に、入籍。
十ヶ月後に第一子を出産し、産休明けにコウガの市議会議員に立候補するが、それは別の話。
三回戦の相手は、試合前の挨拶のついでにリップの首筋に背後から毒針を刺そうとしたが、この反則行為に対してユーシアが手首を掴んで骨ごと握り潰した上で審判に突き出したので、不戦勝。
「おう、片手粉砕で済ませるのが、どれ程の温情か、理解しているよなあ?」
ユーシアの激しく揺らぐ碧眼に見下ろされながらダメ出しをされ、島カガリビは生涯で初めて脅迫に屈した。
後に東海高速道路渋滞事故の現場に居合わせて、一時間で十三人の重傷者を救った伝説の看護師・島カガリビの、黒歴史である。
四回戦の相手はレイピア使いだったので、リップもレイピアを用いての対戦を考える。
高垣ダーナが課したアホなノルマは、もう達成しているし。
リップ「あれ、強そうだよね?」
リップの問いに、守役二人はボケ抜きで答える。
イリヤ「素手では無理な相手であります」
ヴァルバラ「前回の優勝者っぽい佇まいです」
サラサが気を利かせて、前回の決勝戦を記録した動画を検索し、リップに見せる。
対戦相手・飛鳥川トリーナが、決勝の相手と激しい剣戟を繰り広げていた。
B(バスター)級の認定試験を兼ねた武術大会に相応しい、磨き抜かれた確かな剣技に、リップは感心する。
リップのように中距離からの真空斬りで済まそうとする剣技と違い、鶴が嘴と羽で敵を撃退するような美しさが、飛鳥川トリーナには在る。
「ふう、ようやく、本番」
素手の時とは違った緊張感で、リップは試合に赴く。
ヴァルバラが渡したレイピアを二度振り、対戦相手・飛鳥川トリーナを観察する。
相手も、リップの挙動をガン見して、実力を測っている最中だった。
飛鳥川トリーナはリップを八秒間注視した後、レイピアを試合用から、朱雀をモチーフに精製された専用レイピアに換装する。
リップは大会に参加して初めて、背筋が寒くなる。
試合開始の停止線まで半歩の所で、リップはユーシアを振り返る。
ユーシアは、チアガールのコスプレをして、元気にミニスカートで足を高く上げて踊っていた。
(いつの間に〜〜〜〜〜〜????!)
サラサのカメラが、呆然とするリップと、チアガールに興じている美少年忍者の間を往復する。
(気にしても、仕方がない)
リップはそれを、勝利を疑わない証として、緊張を和らげる方向に向ける。
停止線へ。
(あ、心拍数が、気になる)
緊張が完全に解けていないまま、試合開始の、合図。
対戦相手と、目が合う。
余計な雑念の無い、鷹のような目になっている。
(怖っ)
対戦相手・飛鳥川トリーナは、無駄の一切無いストレートな動きで、試合開始と共にリップに直進する。
フェイント抜きの胸元への斬撃を、リップは辛うじてレイピアで受け止める。
去年の大会の優勝賞品として受け取った高級レイピア『朱雀路』(武器ランク+3相当。鍛冶・高垣ダーナ)は、リップが使用する上質なレイピア(武器ランク+1相当)を軽く刻んで圧する。
擦れた刀剣が撒き散らす火花の匂いが、リップの感覚を研ぎ澄ましていく。
(楽しい)
刀剣の微小な欠片が飛び散り、肌に食い込む痛みに、リップは怯まない。
(燃える。燃えている)
剣が、血が、場の空気が。
リップの何かに、点火する。
(これは、楽しい)
額から血を流しながら、リップは、燃えあがる。
リップの三連続刺突を躱すために、飛鳥川トリーナが全力で後退して距離を取る。
(楽しぃいぃっ!)
リップが戦闘に快楽を見出す様を、イリヤとヴァルバラは冷徹に見守る。
最強皇帝の二十八女が、どこまで戦闘に酔うのか、見届ける。
イリヤ(もう自分と同レベルの強さであります)
ヴァルバラ(もうイリヤは要らない強さだ)
イリヤ(自由時間を増やしても、大丈夫そうでありますな)
ヴァルバラ(もう帰国しても、いいかな〜〜?)
とか思いつつ、横でチアガールをしているユーシアも含めて考えてしまう。
イリヤ(ユーシアも、大変でありますな。色々と釣り合わないでありますし)
ヴァルバラ(やはりユーシアには勿体ない)
イリヤ(失恋したら、慰めてあげるであります)
ヴァルバラ(彼奴が戦死するまで、楽しみに待つか)
イリヤ(とはいえ、気長に見守るであります)
ヴァルバラ(可能な限り、早く戦死してくれ)
二人は、ほぼ同じ評価をしているが、感想はベクトルが真逆だった。
十合に及ぶ剣戟の末に、リップは相手の動きを見切って、レイピア『朱雀路』を中程から斬り飛ばす。
双方の動きが、一歩下がって、止まる。
「斬ったあ?! 量産型の+1で、鍛冶屋が丹精込めた+3を?!」
高垣ダーナが、2ランク下の武器で自作を斬り飛ばしたリップを見る目に、喜悦を加える。
そして、腹を抱えて、笑い出す。
健全な笑いではなく、狼が寝ている兎を見つけた時のような、肉食獣の笑いだ。
笑いながら、横でチアガールをやっているユーシアに囁く。
「あの子に鍛冶屋の作品を与えたら、君の何倍もキルマークを稼いじゃうね」
「リップは噺家だよ」
「五年後も?」
「そうだ」
「十年後も?」
「そうだ」
高垣ダーナは、笑うのを引っ込めて、ユーシアを弄るのをやめておく。
「…ああ、ごめん。行き過ぎた発言だった」
十歳の子供たちに、「君たちの行く道は、きっと血の大河だね」とか言ってしまいそうな悪趣味さを、自省する。
有望な顧客を、失言で失う危険性を、自省する。
「ムカついた? あ、そのシマパンは自前? お嬢さんに履かせたくて、常備しているの?」
ちょっっっと弄るのを我慢出来なかったので、ユーシアに軽くローキックを入れられた。
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