第41話 ジャージ運命黙示録(4)

【コウガ地方 水口(みなぐち)の里 中央公民館前】


 アキュハヴァーラから西へ約四〇〇キロ。

 山を越え谷を越え、航空タクシーを使用して二時間で、ユーシア達はコウガ地方に到着する。

 既に昼過ぎで、『第六百六十四回 コウガ武術大会 女子の部』の予選は終わっていた。

「推薦枠で前日に捩じ込んできたから、大会に波乱が起きると思っていたのに、遅刻ですか。敗者復活戦枠で入る事も可能ですが…」

 大会の受付担当者が、遅刻しても参加しようとするリップを面白がりつつ、抜け道を示唆する。

「今からでも大会に多額の寄付をすれば、速やかに話が進むと思います」

 リップは、大型金貨十枚を受付担当者の前に、ドンと積む。

 想像の数十倍の寄付量に、受付担当者が黄色い悲鳴を上げながら、上司を大声で呼ぶ。

 カメラを構えたサラサが、その様子をサラサ・チャンネルで生実況する。

「はい、視聴者の皆さん、これは寄付ですからね。武芸を愛してやまないリップが、腕試しに来たけど遅刻した分を、寄付という形で補完しているだけです。リップは腕試しが出来て、大会関係者はボーナスが貰えて、土地の経済が良く回る。

 みんな幸せ。

 それが寄付」

 サラサの実況を間近で生鑑賞した高垣ダーナは、腹を抱えて苦しそうに笑っている。

 笑い上戸確定。

 華奢な細身を笑いの波動で震わせながら、我が身を抱き抱えて笑いの発作で骨折しないように、防備を固める。

「笑いの沸点が低いですね。サラサのチャンネルなんて、チラ見しながら失笑していればいいのに」

 ユーシアの低評価に、サラサがカメラを止めずにローキックで牽制する。

「最近、まともに笑ってなかったのよう。カルト宗教団体の勧誘がキツくて。変な壺を三十万円で買わせようとするのよ〜」

 泣きぼくろに垂れた涙を拭いながら、高垣ダーナ(三十一歳、サラサラヘアーの亜麻色ボブカット、鍛冶屋)はユーシアに言葉を返しつつ、リップの全身を見聞する。

「鍛えていないのに、ダイヤモンドみたいな肉体ね」

 高垣ダーナは、リップのポテンシャルをジャージ越しにでも査定した。

「S級の上級武技は、全て習得出来るわね。問題は、実力に見合う武器を使わないと、フルパワーを活かせない事。この大会の景品に鍛えた武器でも、足りないわね」

「そこまで分かっているなら、武術大会への参加は、もう必要ない気が…」

 無粋な事を言い出したユーシアの顔を、高垣ダーナは両手で挟んで、目線を合わせて言い渡す。

「この大会はね、B(バスター)級の認定試験も兼ねているの。そこに格上のS(シュバリエ)級のジャージ美少女が乱入すると、何が起きると思う?」

「中破姿の大乱舞ですね?」

「分かっているじゃないの、このお助平さんは」

 途轍もなく嬉しそうに、高垣ダーナはユーシアの顔をモミモミする。

「そういうサービスがあると、良い武器が鍛えられるのよ。心が籠るの」

「なんとなく分かります」

 ユーシアは、なんとなく同意する。

 リップとサラサが、顔を見合わせる。

「中破が、条件…?」

「放送は可能だけれども、難易度が…大丈夫ぅ?」

「ハンデとしては、成り立つけど…めんどくさいなあ〜〜」

「逆に大惨事になりそうだね」

「そこで笑うな」

「高垣ダーナさん。対戦相手は、必ず脱衣させないと、ダメな条件でしょうか?」

 サラサの確認に、高垣ダーナは小首を傾げて考える。

「先ずは敗者復活戦で、最低一人は中破するノルマで」

 高垣ダーナは、本気で言った。

 関係者一同が、この人物を紹介したカイアンを注視する。

「いいかい、少年少女たち。人は一芸に秀でていれば、それだけで良い。そこだけを見てあげよう」

 あまり救いのないフォローだったが、一同は妥協した。




【コウガ地方 水口(みなぐち)の里 中央公民館 武術大会 女子の部会場】



 敗者復活戦に臨む参加者の一人が、足首に違和感を感じるという理由で、直前に出場を辞退した。

 その穴埋めに、リップがエントリーされる。

 敗者復活戦参加者の数名が、事情を察してリップにキツめの視線を送ったが、このジャージ姿の美少女芸能人には屁でもない。

 ユーシアは会場内を見回して、危険になりそうな兆候を探る。

 地方の武術大会とはいえ、忍者で高名なコウガ地方。

 刀剣や槍で戦う選手よりも、暗器や投擲武器、不意打ち狙いの選手が多い。

(まあ、俺が対戦相手に睨みを効かせれば、リップに外道な攻撃はしにくかろうが)

 とは思いつつも、念入りに索敵。

 視聴覚を駆使していると、会場の視線と発言が、リップよりもユーシア自身に集まっていると気付く。


「ちょっと、美少年忍者、目付きが怖いわよ」

「むっつりね」

「女装してリップのチアガールにならないのかしら?」

「見たいわ、それ」

「見たいわ」

「ネタにしたいわ」

「護衛だけ、しに来た?」

「観光?」

「彼女のお守り?」

「それだけ?」

「むっつりめ」

「むっつりよね」

「むっつりだわ」

「ガルド教団が標的かしら?」

「潰されるとは思っていたけど…」

「政治家への根回し、失敗したのね」

「霊感商法なんて、いつかは捕まるよ」

「御庭番が来るとは、本気だね」

「まあ、同情は出来ないね」


 高垣ダーナに絡んでいるというカルト教団の評判の悪さに、ユーシアは成り行きの容易さを感じてしまう。

 地元に根付いていると籠絡や攻略は困難だが、地元の反感が大きいのであれば、孤軍である。

(今の俺なら、単独で殲滅可能かな?)

 と舐めプに至りそうになる思考を戒めるように、腹が空いて鳴る。

(エネルギーが切れたら、チート性能なんて、意味ないよな)

 エリアスが差し出したコッペパンを食べながら、ユーシアはジャージ姿のリップが試合前の武器選択に悩む姿を見守る。

(今日は、リップのジャージ姿を見守るだけにしよう)

 ほんわかと観光を決め込む、主人公だった。

「決めた!」

 リップは、腕捲りをして、イリヤとヴァルバラが差し出した武具を退ける。

「素手で相手の衣服を剥ぎ取りながら、戦う!」

 イリヤは何も言わなかったし、ヴァルバラは何も言いたくなかったが、二人とも顔に出た。

「その顔を直さないと、練習台にするぞ」

 リップは、少しだけストレッチをしながら、試合の場へと歩を進める。

「あ、待って、リップ」

 ユーシアは、本番前に真剣な話を持ち出す。

「下はジャージではなく、ブルマの方が、映える」

 リップが、優しそうに、微笑む。

 ユーシアが、本気で微笑み返す。

 リップの上段回し蹴りを、ユーシアは避けずに顔面で受け止めた。

「リップの上段回し蹴りは、友達。怖くないよ」

「怖がれ! あたしがドン引きする可能性を!」

 ユーシアは渋々提案を諦めて、試合場の脇で大人しく待つ。

 サラサは、リップの勇姿にカメラを向けつつ、ユーシアが何かバカをやってくれないかと期待して、真横に位置取る。

 ネタにされている煩わしさに対して平静を保ちながら、ユーシアはリップの初めての武術大会を見守る。

 真面目な顔に戻ろうとするユーシアに、サラサがコメントを求める。

「リップに履かせたいブルマは、赤がオススメ?」

「色は問わない。が、敢えて求めるなら。オリーブ色(キメ顔)」


 リップはその会話を耳に拾いつつも、ツッコミを入れずに試合に集中する。

(殺さないように出来ますように、殺さないように出来ますように、殺さないように出来ますように、殺さないように出来ますように)

 緊張を解す為に、リップはユーシアの寝顔を思い出す。

 ついでに、唇の味も。

「よし」

 試合場の対岸に、一回戦の相手が姿を見せる。

 素手のリップに対して、容赦なく鎖鎌だった。

 自分の対戦相手が素手である事に、素直に喜んで涎を垂らしている。

「おお、これで平等だ」

 リップは、気分が楽になった。

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