第48話 音も立てず、奴の罠が近付く(5)

【コウガ地方 山岳地帯 ガルド教団本部付近】



 元同僚を救ったので、ユーシアはレリーの回収にかかる。

「レリー。もういいよ?」

「よしよし」

 レリーは神輿から離れると、ガルド教団の信者の皆さんに、悲しいお知らせをする。

「すみません、わたしにも、この方の治療は不可能でした。すみません」

 ガルド教団の信者の皆さんの顔に、壮絶な失望感が広がる。

「今夜復活するって、聞いていたのに?!」

「君の信仰心の問題では?」

「まだ代償が必要ですか?」

「今夜回復なさるという、お告げがありました!」

「嘘をつかないで!」

「君は悪魔に騙されている!」

「神を信じなさい!」

 全然、納得してくれない。

 御神輿とレリーとユーシアを、信者たちが取り囲む。

「誰だよ、その迷惑な預言をしたのは?」

 ユーシアのツッコミに、信者たちは口々に答える。

「教祖様が仰りました!」

「教祖様の、夢のお告げです」

「教祖様の預言を、大司教が」

「大司教がハッキリと聞いたのですよ?」

「どうして君たちは信じないの??」

 どうやら幹部たちが、教祖復活の予言を流して信者を盛り上げて、ユーシアたちに復活失敗の責任転嫁をする流れらしい。

「逞しいねえ、教祖の死をトコトン利用して、信者を掌握か」

「干物も使いようだね」

 苦笑するレリーに、ユーシアは戦闘開始のハンドサインを出す。

 レリーはスカートの中から二丁拳銃を抜くと、神輿の周辺にいる信者たちを銃撃で薙ぎ払い始める。

 腹部だけを狙い撃ち、信者たちが治療だけに専念しないと苦しい傷を与えて無力化していく。

 周囲から人気が減った頃合いで、ユーシアが教祖の干物を風呂敷に包んで担ぐ。

「人質だ。俺たちを、子供たちの所まで、案内しろ。子供たちを、公的機関で保護する」

 信者たちが、怒号と悲憤で泣き叫ぶ。

「案内しないと、こうする」

 ユーシアは、教祖の干物が入った風呂敷を、己の影の中に入れて見せる。

 信者たちが、静まり返る。

「交換だ、信者諸君。子供たちを、引き渡せ。教祖と交換だ」

 ユーシアの暗い碧眼が、地獄の鬼火のように燃え揺らぐ。

 教祖か子供たちかの選択肢を迫られて、信者たちの思考が停止する。

 選択肢の酷さに、言い出したユーシア自身が、撤回する。

「あー、選ばなくていい。ただの決定事項だ。俺たちが子供たちを安全な場所に避難させた後で、教祖を返却する。君たちはここで、神様に祈りを捧げていなさい」

 悪魔のように恐ろしい美少年忍者のオススメに、信者たちは祈り始め、僧兵たちは遠巻きに包囲して隙を伺い、幹部たちは子供たちのいる場所へと案内を始める。




【コウガ地方 山岳地帯 ガルド教団本部 裏口付近】


 意外と事が穏便に進みそうなので、望月ライトはドマに都合の良い提案をする。

「今ユーシアが手にしている、ガルド教団教祖の遺体。望月家に渡してくれませんか? 教団を解体するのに、使いたい」

 ドマは鼻で嗤った。

「余計な欲を出すな。レリーちゃんを信じろ」

「いえ、だからユーシアに任せますよ」




【コウガ地方 山岳地帯 ガルド教団本部児童養育施設】


 六十八名の児童が、養育施設の食堂に集められた。

 ユーシアはエリアスに三度も確認を取らせて、この敷地内の全ての児童が揃っている事を確認する。

 ヴァルバラが臨時搬送バスの手配を済ませ、リップとイリヤが子供たちの引率役を務める。

 リップは児童集団への読み聞かせには慣れているので、混乱は少なく済んだ。

「あたしが面倒を見るから、安心して付いておいで」

 リップが鼻歌を歌いながら、子供たちをバスに誘う。

 教祖を人質に取った美少年忍者ユーシアには畏れや嫌悪を示す子供たちも、美少女芸能人リップには敵意を向けなかった。

 日頃から積んでいる世間様向けの対人スキルの差が、ここで大きく影響している。

(脅迫と拷問のスキルを磨き過ぎたかな、俺)

 ユーシアが自己嫌悪を感じる程に、リップの子供達に対する対応は、包容力に満ちている。

 教団幹部も「一時避難」として言い含めてあるので、搬送バスに全員乗せるまでは、すんなりと事は進んだ。

 事態が壊れかけたのは、移動時間の車内の暇潰しに、アニメを流そうとした瞬間だ。

 座席に装備されたモニターから目を逸らし、子供たちが、見知らぬアニメを見ないように振る舞う。

 子供たちが、悲鳴をあげてアニメを見ないようにする様は、異様だった。

 ユーシアに睨まれて、教団幹部が言い訳を始める。

「教団の許可を貰っていない外部の映像は、悪魔の洗脳手段だから見てはいけないと教育しておりますので…」

 子供たちの中には、泣いてバスから逃げ出そうとする者も出始めたので、ヴァルバラは車内でのアニメ放映を打ち切る。

 リップやイリヤが子供たちを宥めて落ち着かせようとする間。

 

 ユーシアは、キレ始めていた。


「…どれだけ、酷い事をしたのか、理解しているのか?」


 ユーシアが、暗い碧眼から涙を流しながら怒っているので、教団幹部だけでなくエリアスも驚く。

 エリアスにも、ユーシアがどうしてここまで怒りに苛まれたのか、理解出来なかった。

 ユーシアは、湧き上がる怒りを抑え切れずに、電光すら発している。

 ゴールドスクリーマーの出力には細心の注意を払ってきた少年が。キレて変身をしようとしている。

「あの、ユーシア、落ち着いてください。制御不能な勢いで変身しかけています」

 制御不能のゴールドスクリーマーなど、エリアスは予想もしたくなかった。

「あいつら、子供たちから、物語と出会う手段を奪った。物語を楽しむ機会を奪うなんて、そんな酷い真似をする連中、俺は許せない」

 エリアスは、「それは教育方針の違いでは?」と言いかけて、考え直す。

 世界に満ち溢れている物語を拒絶させて、カルト宗教の管理した物語だけを与えられるという行為は、教育方針とは言わない。

 最低な形の、洗脳だ。

「確かに、最低です、ね」

「悔しい。こんな邪悪が存在するなんて」

 ユーシアの感性は、これを邪悪と感じた。

 許す事の出来ない邪悪と、認知した。

 共存は不可能な邪悪だと、断じた。

 それでもユーシアは、子供たちの目の前で親たちを殺さないように、必死に最後の一線を堪えている。

 泣いて、拳を震わせて握り潰し、無双へと変身して容易く気に入らない邪悪をぶち殺せる力の渇望を、堪える。

 敵味方の全員が、ユーシアの激情が何処に向かってしまうのか、固唾を呑む。

 どう宥めようかとエリアスがリップに目線で助けを求めると、リップは既に行動を開始した。

「子供たちよ! ドラえも○のお話を聞かせてあげよう」

 車内だけではなく、教団の敷地内全てに響き渡るような朗々とした声で、リップは噺家として活動する。

「アニメを見るのがダメなら、あたしが話を聞かせる。それなら、教団の教えに反しないでしょ?」

 児童たちが、頷く。

 教団幹部たちは、口頭の話なら再洗脳されまいと、認める。

 信者たちは、昔見たドラ○もんを思い出し、哀愁に浸る。

 ユーシアも、怒りを堪えて、恋人の声が語る物語に聴き入る。



「昔々、ある所に。

 …という子供がいました。

 …は、とてもダメな子供でした。

 勉強が出来ない。

 運動が出来ない。

 モテない。

 運がない。

 やる気もない。

 自分の未来を信じていない。

 ダメな子供でした。

 ある日、…の机の引き出しから、青い猫型ロボットが、タイムマシンに乗ってやって来ました。

 青い猫型ロボットは、…に会いに来たのです。

 青い猫型ロボットは、言いました。


『…くん。

 君の未来を教えてあげよう。

 望まない人と結婚し

 望まない家庭を築き

 望まない仕事をして

 望まない破産をし、自殺する。

 それが君の未来だ。

 君の子孫は、君を恥じて、ぼくを送り込んだ。

 ぼくは、君が未来を変える君になれるように、手助けをしに来たんだ』


 …は、自分は気が狂ったのだと、思いました。

 でも、もう後戻りは、出来ませんでした。

 だって、その青い猫型ロボットは、ずっと、ずっと、…を見守ってくれるから」



「その青い猫型ロボットには、どこに行けば会えるの?」

 子供たちから発せられた問いに、リップは強い笑顔で、応える。

「未来に進めば、必ず会える。このバスは、未来に進むぞ」


 幹部たちは、自分たちが行った洗脳が解かれる事を悟り、完全な敗北を覚悟した。

 信者たちは、かつて知っていた偉大な物語を、思い出して泣いた。

 この偉大な物語を忘れて、悪徳宗教団体の洗脳に屈した人生を悔いて、泣いた。

 バスが子供たちとリップを乗せて発車した時、少なからぬ信者が、その道筋へと頭を下げた。

 悪徳宗教団体から離れて未来へ向かったバスへ、取り戻した僅かな感性で、感謝を表した。



 リップを乗せたバスが、安全圏へと去ったと確信してから、ユーシアは影の中に宣戦布告をする。

「物語を、ナメるなーー!!!!」

 湧き上がる怒りの正体を自覚し、ユーシアはハッキリと言葉にして、邪悪にぶつける。

「物語は、人間が発明した、最も偉大な行為だ!!!!

 物語を作る事、思う事、出会う事を、俺は絶対に守り抜く!!!!

 相手が神であろうと、物語を禁じる事は、絶対に許さない!!!!」


 ユーシアの影の中から、風呂敷に入った教祖の死体が、死んだフリを辞めて飛び出てくる。

「聞き捨てならんぞ、下賤な忍者風情が」

 ガルド教団の教祖メタ・ガルド(芸名)は、リッチ(最高位アンデット)としての本性を顕にしてユーシアの宣戦布告に応戦しようと、遺体の擬態を放棄して顕現した。

 それはもう干涸びた遺体ではなく、死を乗り越えてしまった不死の化け物だった。

 内蔵する魔性が放出され、周辺一帯を瘴気で覆い尽くす。

 その姿を見ただけで、周囲の信者たちは精気を吸われて棒立ちになり、土地の悪霊・雑霊が活性化して寄せ集まろうとする。

 ロードン&ルナロニやユーシアに殺された遺体も、ゾンビ化し始めて蠢き出す。

「私は神だぞ!? 私の神託に向かって…」

 ユーシアに対して、何か偉そうに反論しようとしたが、背後からレリーが頭部に銃弾を叩き込む。

「ダメだよ、教祖ちゃん、ちゃんと初志貫徹して死んでいないと。信者を騙していたのが、バレちゃうよ?」

 銃弾は、教祖の後頭部に届く直前で、魔法障壁に阻まれて、一時停止する。

「かーっ、背後から躊躇いもなく撃ちおったな? その抱き心地の良さそうな肉に、神罰を…」

 一時停止した銃弾が、聖槍を携えた天使のような幻影を発しながら、幾重にも自動展開された魔法障壁を無効化する。

 対アンデット撃滅仕様聖刻弾『ロゼット・クラッシャー』は、メタ・ガルド(芸名)に命中するや、存在全てを浄化の聖火で焼却する。

 断末魔の悲鳴一つも残さず、メタ・ガルド(芸名)は消滅した。

 その強引かつ強力な聖刻弾の発動した余波で、レリーの半身も黒焦げになっている。

 その傷を自己修復しながら、レリーはユーシアに片手を差し出して、助けを求める。

「回復したら、全裸だから、着替えを頂戴」

 ユーシアは、影の中から秒でワンピースドレスとシマパンを引っ張り出す。

「それ、リップちゃんのハプニング対策に用意した物だね?」

 という問いかけを、レリーは呑み込んでワンピースドレスを羽織り、シマパンを履く。

「キツい?」

 シマパンの具合を目視で確認しようとするユーシアに、レリーは膝蹴りで応じた。

 避けると思ったのに、ユーシアはマトモに喰らって転がる。

「…ユーシア?」

「…ヤバい。今ので、廃棄聖剣が、昇天しかけた」

 ゴールドスクリーマーに変身するどころか、身体機能すら低下した状態で、アルビオンが近寄って来る。

「一時間、経ったよ」

 アルビオンが、両手の猛毒属性戦斧を、ウキウキと振り回す。

 始める気だ。




【コウガ地方 山岳地帯 ガルド教団本部 裏口付近】


 教祖の死んだフリがバレて十秒後に本当に死んだので、関係者一同、リアクションに困る。

「…な? レリーちゃんに任せて終わったであろう?」

「では、教団本部を制圧しますので」

 望月ライトは、その件については、強いてコメントはしなかった。

 リッチ(最高位アンデット)を一撃で殺せるようなレリーちゃんには言及せず、残る難物の扱いに集中する。

 『鬼神の槌矛(デモンメイス)』への対応を間違えると、コウガの土地に毒地が増える。

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