第47話 音も立てず、奴の罠が近付く(4)

【コウガ地方 山岳地帯 ガルド教団本部付近】


 ユーシアと七度は戦ったと語り継がれる難敵との出会いを、リップは特等席で見物していた。

「ねえ、あの二人、仲が良過ぎて気持ち悪くない?」

 イリヤとヴァルバラは、相手の耳に入る危険性を考慮し、発言を控えた。

 気に障れば、自軍の将軍や王族にも手を出した凶状持ちが視界に入る距離にいる以上、慎重になる。

 リップの方は、慎重に振る舞わない。

 視線を合わせただけのサラサが殺されそうになったというのに、ユーシア絡みなのでアルビオンをガン見している。

 幸い、約束した一時間後の戦闘に備えて、アルビオンはガン見されても気にしていない。

 ゲームウォッチをオイルパニックに替えて、暇を潰している。

 その様子を見て、リップはサラサと打ち合わせをする。

「ユーシア経由なら、取材可能なのかもよ、あの敵キャラ」

「…ごめん、リップ。反社キャラへの取材は、バンされる。する時は、嵌めて社会的に殺す時だけ」

 凶状持ちにとって、サラサに取材されるという事は、処刑を意味する。

 ある意味、アルビオンのサラサへの対応は、正しい。

「くっ、スパイシーなネタが仕入れられそうなのに」

 リップは、お構いなしに、好奇心で行動しようとする。

「焦げてる焦げてる、このネタは焦げているから、距離置いて」

「生焼けの方が、美味しいぞ?」

「みんなそう言って、食中毒になるのさ」

 サラサは乗らずに、国家公認忍者に支給される武鎧『佐助』の白装束ヴァージョンを装備して防御を固める。

「分かった。サラサ抜きで、取材する」

 リップはサラサを取材助手にするのを諦め、アルビオンへの取材を諦めてくれない。

イリヤ「(お嬢様、度胸が良過ぎるであります〜)」

ヴァルバラ「(止めて〜、帰りたい〜〜、帰らせて〜〜、相手を選ばせて〜〜、これ自殺行為〜〜)」

 ビビる守役二人の気持ちを代弁するように、カイアンがボヤく。

「何だかなあ。地雷の上に核兵器を乗せているような面倒臭さだ」

 その表現は。誇張が省かれていた。



 ガルド教団が、神として崇めている教祖を、御神輿で運んで来る。

 事前情報からユーシアは、点滴付き車椅子とかベッドごと運んで来ると想像していた。

 瀕死の重傷の教祖を助けてくれという条件だったし。

 高価そうな黄金塗装の御神輿が、ユーシアとレリーの前に、運ばれて来る。

ユーシア「(儲けてやがるな、悪徳宗教団体め)」

レリー「(回復させるお礼に、この御神輿を売らせてくれないかなあ)」

 神輿の扉は開放されており、中に教祖の干涸びた遺体が、詰められていた。

 ユリアナが言った通り、ちゃんと殺されている。

 これを瀕死の重傷と呼ぶのは、無理。

 無理だけど、ユーシアは一応の確認をする。

 小声で。

「…レリー。あれは、治せるの?」

「無理」

 レリーは引き攣った笑顔で断定した。

 信者たちはニコニコと、教祖の復活を信じて、御神輿を下げる。

 期待を込めて、レリーに注目する。

「死んでいると治せないと指摘しても、信じてくれないよね?」

「無理。復活を信じ込んでいる。馬鹿は死んでも治ると信じているから」

「え〜〜〜〜」

 エリアスが、ガルド教団の追加情報を伝える。

「この教祖、生前は『転生してチート能力を幾つも蓄えている』と、言い張っています」

「それにしては、死んだままだな。シーラと違って」

 ユーシアの脳裏に、本当にこのカルト教祖が転生チート野郎だった場合の危機感が過るが、本題を優先する。

(シーラと被る能力者だったとしても、無敵でも無双でもあるまい。ユリアナ様が愛人にされていないのが、証拠だ)

 新しい不安要素を抑えて、レリーに指示を出す。

「人質を引き取るまで、時間を稼いで欲しい」

「おう、任せなさい。標的は干物だから、好きに出来るし」

 レリーが神輿に接近し、教祖の遺体をゆっくりと検分して時間をかける。

「はい、今夜も元気に、死んでいますね〜。ご機嫌いかが? 今朝の食事は何時に?」

 チープな対応なので、エリアスが細やかながら、レリーの周囲を優しい後光でライティングする。

 多少は信者たちの対応が柔らかくなるだろうと期待していたら、泣いて拝み始めたので、ドン引きした。

(この人たち、教祖絡みの事象は、全て奇跡として解釈しちゃう気?)

 余分な演出を辞めて。エリアスは情報収集に徹する。


 その間に、ユーシアは元同僚たちの解放を求める。

「人質は? レリーの助力と交換のはずだ」

 交渉担当の幹部が、誇らしげに人質を連れて来なかった言い訳を始める。

「彼らは、自らの意志で、教団の信者になると意思表示をしましたので…」

 ユーシアは、その言い分を幹部に最後まで言わせずに、手刀で下顎を破壊する。

「事前の約束を守れ。此方は、君たちを宗教団体とは認めていない。テロリストとして扱う。命が惜しければ、約束を履行せよ」

 下顎を治そうと、踞って治療能力に専念している幹部の頭を蹴り飛ばし、人質に引き渡しを要求する。

「急げ。引き延ばしは認めない」

 その幹部が治癒能力を発揮するより多くの身体部位を、破壊していく。

「諦めろ。見せしめに殺すぞ?」

 僧兵六名が、助けに入ろうとユーシアを囲もうとする。

 ユーシアは十秒だけゴールドスクリーマーに変身すると、僧兵六名を瞬殺して積み上げる。

 その間に、交渉役の幹部は、絶命してしまう。

(何しに来た?!)

 交渉役が話にならないので、ユーシアは教団全体に揺さぶりを掛ける。

「交渉は既に終わっている。反故にするなら、俺と地元警察と地元忍者で、好きに間引く」

(エリアス、周辺の味方戦力に、十歩前進しろと伝えろ、脅しだ)

(伝達しました)

 ガルド教団本部施設の周囲から、数百人の兵力が前進する足音が、湧き上がって収縮する。

 その一手で、僧兵たちは防御線を下げ、生き残った幹部たちは脳内で逃亡ルートや売り飛ばしルートを再確認する。

 一般信者たちだけは、教祖の死体をレリーが検分する様子を、縋るように見守っている。

「ユリアナ様は、いぶし銀の中年刑事とかが好みなんだよ。諦めなよ、じいさん。あんた、教義も実生活も、気持ち悪いよ」

 レリーが、まるで教祖の死体と、世間話をしているように振る舞う。

 時間稼ぎに遊んでいるだけだけど。


 信者たちがアルビオンを振り返って助力を期待するが、アルビオンはユーシアから戦闘開始の声がかかるまで、待つ気である。

 ゲームウォッチで暇を潰している。

 強い口調で応戦を催促しようとした幹部の一人が、心臓発作を起こして急死する。

 倒れた幹部を助けようと近寄った信者も、前触れなく心臓発作を起こして急死する。

 それからは、教団の人間は誰もアルビオンに催促しなかった。

 余計な事を考えないようにマインドコントロールされた信者たちでも、それは死神だと理解した。


 信者たちはユーシアに「宗教弾圧だ」と騒ぎ出すが、幹部たちは話を理解して保身に走る。

 マインドコントロールされた一般信者と違って、狡猾に暴利を貪っていた幹部たちは、沈む船から可能な限り無事に逃げる気でいる。

 人質にされていた国家公認忍者二人が、拘束着でラッピングされたまま、運ばれて来る。

 顔は出ているので、不機嫌そうにユーシアを見返して、不満を漏らす。

「あと二時間後に来て欲しかったな。危険手当が、更に25%増しになったのに」

 痩身の忍者は、どんな目にあったかは言わずに、強がる。

 顔認証で相手が国家公認忍者モウ・ネメダと確認してから、ユーシアは拘束着から解放する。

「ありがとう。じゃあな」

 モウ・ネメダは淡々と、礼を言って体の凝りを解しながら、表門から出ていく。

 出た後で、リチタマを救う為に宇宙の果てに宇宙戦艦で旅立つ計画を建て始めたので、療養施設に入れられた。

 国家公認忍者レドラムの方も、ちょっとまだ催眠状態が残っていた。

 拘束着から解放されても、直立して両手を上げ「レッサーパンダが威嚇をするポーズ」を取る。

「…レッサーパンダのつもりか、レドラム?」

「そうれっさぁ」

 己を放浪のレッサーパンダだと疑わない二十五歳の国家公認忍者は、ユーシアを敵だと認識した。

「敵対者には、震えて眠る以外の選択は与えないれっさぁ」

 宣戦布告し、いつまでも、威嚇のポーズを続けている。

(あの眼鏡、手の込んだ面倒臭い催眠を掛けやがって)

 ユーシアは、ルナロニの仕込みにイライラしつつも、仕事に専念する。

 時間が惜しいので、ユーシアは打開する。

「参った。降参する」

「本当にか、れっさぁ?」

「表門から出た左手の中華料理屋で、降伏の正式調印式を行う。先に行って、好きなだけ食べているといい、俺の奢りだ。

 エリアス、予約をお願い」

 エリアスは余分な出費だと抗議するのが無駄なので、店の予約を取ると同時に、ドマに経費で落とすようにメールで打診する。

「分かったれっさぁ」

 レドラムは、勝利に満足して、表門から出ていった(二時間後に催眠が解けた時には、中華料理屋でチャーハンを素手で食べている最中だった)。


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