スガヲノ忍者 リチタマ騒動記1
九情承太郎
序章 こんな仕事は、大っ嫌いだああああ!!!!
スガヲノ忍者 リチタマ騒動記1
その日は日常が平穏だったので、全国の客人は時刻通りにリップのチャンネルを視聴できた。
日曜日の夜七時半丁度に、緑宝石色の流麗な着物を着たリップが、動画配信を受信可能な全ての画面に姿を流す。
二十代半ばの美人噺家は、生での講談は一切やらずに、カメラの鏡面を適当に見詰めながら昔語りを脚色して垂れ流して著名になった。
そこに全国の客人は、毎週群れていく。
緑宝石(エメラルド)が擬人化したような美しい姿に見惚れながら、音符を幻視する程に美しい声音が奏でる昔語りを、可能な限り同じ時間軸で味わおうとする。
先週はキリ良く、首都を空襲した大赤竜オスタガンの討伐顛末で終えたので、今週からは新しい昔語りが始まる。
それを刹那も逃すまいと、客人は画面に見入って待ち惚け。
古参も新参も通りすがりも、待ち惚け。
リップは定時を三分過ぎても視聴者を待たせ、煎茶で喉を潤して背筋を伸ばしてから、昔語りを始める。
「昔々、アキュハヴァーラに。
顔も名前も隠さない、美少年忍者がおりました。
その美少年忍者の名は、ユーシア。
ひらがなで表記すると、ゆうしあ。
もろにドラクエ好きの夫婦が名付けました」
その冒頭で古参のファンは、
「ああ、リップが十歳の頃の話か」と、察しがつく。
それでも、
余計なネタバレを呟かずに、客人は大人しく、リップの声音に聴き入る。
序章 こんな仕事は、大っ嫌いだああああ!!!!
ユーシア・アイオライト(十歳、錆び気味の金髪セミロング&暗めの碧眼、忍者)が異常を自覚したのは、その仕事に就いてから二年も経ってからだった。
八歳で国家公認忍者になって殊勲賞二回、敢闘賞一回、技能賞ノミネート二回の逸材だが、何もかも早熟という訳ではない。
十歳になって、忍者としての仕事に慣れきった頃に、ようやく異常事態を自覚した。
日曜日の朝七時から九時まで剣術の道場に通わされるのは、コノ国(コトオサメノ国の略)の子供として非情な損失を被っていると。
子供向けアニメと特撮番組が、日曜朝に集中している以上、日曜朝はノンビリとお茶の間で過ごすのが、小学生のジャスティス?
だがしかし。
サボろうにも、剣術道場に集まるテロリスト予備軍から情報収集する為の偽装入門生。
お仕事なのだ。
国家公認忍者が仕事をサボったら、拷問が得手の先輩方が押し寄せる可能性、高見盛。
ユーシアは潔くリアタイ(リアルタイム視聴)を諦め、日朝の番組を網羅しようと視聴環境を整えようとする。
「お母さん。かくかくしかじかで、専用のパソコンを買います」
「テレビが、あるでしょ」
ユーシアの母は、この話題で旧式のポンコツ人間として振る舞おうとする。
おやつの雷おこしをバリバリと食しながら、大規模出費を拒もうとする。
「テレビでビデオに録画した番組を見るだけでしょ?(もごっ) 高い買い物をした挙句(むぐっ)、通信データ料金も個別で払うなんて(ばりりん)、無駄使いです。駄目ですよ(むしゃあ)。将来の為に、しっかりと貯めないと」
この話題を持ち出した途端、母は死んだモブキャラのような目をして乗り気でないという空気を醸し出したけれど、息子さんは容赦しなかった。
「いいえ、ここで視聴環境を整えない方が将来に悪影響が出ます。仮面ライダーやスーパー戦隊、プリキュアの知識を疎かにしては、忍者の仕事は務まりません」
「そう…なの?」
「そうです」
半信半疑の母に、息子は言い切った。
ツイッターでガールフレンドと楽しそうに日朝トークをしたいという下心を隠して、言い切った。
国家公認忍者として働いて二年。
剣術道場での情報収集は上手くいっており、給料もそれなりに得ている。
預金通帳とカードは母の管理下にあるが、ユーシアはキチンと預金残高を暗算している。
主な引き落としは、家計に月四万円。
小遣いに月一万円。
その他は無駄遣いせずに貯金しているので。二年で五百万円は貯金されているはずである。
「居間でのテレビ観賞は、お父さんの都合で潰れる可能性が高い以上、自室での観賞がベスト。
お母さん。予算の引き出しをお願いします。三十万円です」
母が、硬直する。
不自然に、言葉に詰まる。
その日、その時まで、疑いもしなかった事を、ユーシアは疑ってしまった。
八歳で国家公認忍者に認められる逸材は、瞬時に通帳の仕舞われている母の寝室の宝石箱へと移動し、母が追いつく前に宝石箱の鍵をピッキングで開け、中から飛び出た毒針を左手で摘んで受け止めつつ、背後から投げつけられた手裏剣を回し蹴りで払いつつ、右手で自身の通帳を確認する。
そこには、十万円しか残されていなかった。
他は全部、引き落とされている。
鬼の形相をした母が、通帳とカードを取り上げようとするが、ユーシアは全て回避する。
「説明を。お母さんとお父さんは、共犯ですか?」
「違うわよ」
捕まらない息子を怖い目で睨みつつ、母は父の恥を白状する。
「お父さんの、飲み代」
「はあ?!」
ユーシアの知る父は、酒豪には程遠い。
ビール一本で酔い、二本目で寝てしまう程度だ。
親族パーティでは、「酒代が掛からなくていいですね」と称賛されている。
息子の財産を盗む必要性が、本当に想像できない。
「お父さんはね。職場のみんなに、奢っているの」
「奢る?」
「毎回、奢っているの。いい顔をしたくて」
父の階級は下から四番目程度なので、ユーシアには奢るような身分には思えなかった。
「本当に奢る必要が、あるの? 脅されたとか、上司のパワハラとかじゃないの?」
あまりのセコさに、ユーシアは他所に犯人を求めてしまう。
「お父さんの赴任先が、美味しい所ばかりなのは、普段の飲み会で奢って、受けが良いから…」
母は、『悪い話ではないでしょ?』とでも言いたげな上目遣いの目で、ユーシアの説得を計る。
ユーシアは、今まで父宛てに贈られて来たお中元やお歳暮が豪勢だった理由を察し、確かに美味しかったとは思った。
出世の速度が低めの父が、そういうやり方をして社会で生き残ろうとしているのも、理解はした。
金は惜しくても、両親を責める気にまでは、なれなかった。
お人好しを自覚するユーシアだが、金銭は親であろうと預けてはいけないとも、悟ってしまった。
その日の晩まで熟慮して、ユーシアは自立を決めた。
家業を休職し、親から寄生されない道を決めた。
母には泣かれたが、毎月四万円を入金すると約束したので、認めてくれた。
父は、すまなそうに謝罪したものの、「でもほら、お歳暮のハムを独占していいから、思い留まらないか?」というコスパの悪い提案をしてきたので、以後は無視した。殴り倒す誘惑には、耐えた。
六歳年下の妹にも泣かれたので、月に一度は土産を持って戻ると約束したが、蹴りを入れられて再び泣かれた。
仕事の上司に休職を告げ(怒られたが五分で了承された)、小学校に繰り上げ卒業を言い渡し(単位は既に満たしている)、就職先を求めて、ユーシアは元乳母の家を訪ねた。
「サリナさん、そろそろ産休でしょ? 俺を代わりに推薦して下さい」
サリナ・ザイゼン(二十五歳、燃え盛る赤髪ショート&紅玉瞳、コノ国近衛軍所属軍曹)は、十年前に乳を吸わせた子供の厚かましいお願いに、苦笑で応える。
「何処から聞いた…リップか」
「リップです」
「引っ越してから疎遠じゃなかったか?」
「ツイッターで、毎日話しています」
「マメだな。スケべめ」
「飲んだ乳が良かったので」
「そこまで母乳のせいにするな」
ユーシアは、土産の高級ハムセットを恭しく差し出す。
十歳にして、訪問先への土産を欠かさぬユーシアなのだ。
「いいけどさあ。待遇が良い分、危険度高いよ?」
「俺なら平気です。戦闘力高いし」
「あー、五六回は死ぬような目に遭わないと、謙虚さは身に付かないか」
「娯楽街のど真ん中なのに、そんなに危険度が高いですか?」
「ある意味、最前線だよ。そこに十歳児を張り付かせるのには、抵抗感がある」
己の乳飲み子が、かなりの高確率で自信フルアーマー人格なので、ちょびっと責任を感じてしまうサリナ・ザイゼンだった。
「戦闘力は…」
「経験不足を甘く見るから不安なんだよ」
ユーシアに紅茶を出しつつ、サリナ軍曹は使用済みティーパックを発火させてしまう。
「…もう、入院した方が。いいのでは?」
二秒で消し炭になった使用済みティーパックを見て、ユーシアは妊娠八ヶ月目の元乳母を気遣う。
「うん、明日にも最後の挨拶をして、産休に入るよ。どうも、加減が…お腹の子の能力が、被っている可能性が高くて」
重戦車を破壊出来るレベルの火炎能力者であるサリナ・ザイゼンが、暴走気味という物騒な症状を述べる。
「ならば、今からでも」
「大丈夫だから、慌てなさんな。慌てない事が、一番の対処方法だよ。余裕は気から」
そこは素直に経験者に任せて、ユーシアはサリナの家を退出。
自立前の最後の挨拶をしに、剣術道場へ向かう。
剣術道場は、通学している小学校の体育館で、日曜日のみ開かれている。
朝は年少者の指導に、夜は大人の有段者に使用されており、ユーシアは夜に退会の挨拶をしに行った。
不足の事態の際に、他の子供たちを巻き込まないように。
自立して都会の娯楽街へ就職しに行くと正直に話すと、それはもう驚かれはしたが、別段引き止められはしなかった。
むしろ、聞き耳を立てている国家公認忍者が去るので、要らぬ緊張をしなくてよくなった安堵感さえ見られた。
それでも、注意深く、自身への敵意を押し殺している気配を数えてから、ユーシアは剣術道場を、辞す。
帰り際、ユーシアの流した情報で処刑された剣士達の記念碑を拝みつつ、「ここには二度と立ち寄りませんので、お達者で」と声に出して別れを告げる。
ユーシアに対して敵意を持つ者に、復讐するなら今夜のうちですよと、煽ったに等しい。
人気のない夜道を選んで、普通の人間の歩行速度で歩いていると、完全に武装した剣士たちが、小学校の裏山をショートカットして、ユーシアに殺到する。
ユーシアは、逃亡も通報も大声で助けを呼ぶ事もせずに、彼らが自分を取り巻くのを放置する。
全身を強化装甲で覆うタイプの戦闘服を装備し、手には対人用の刀剣を抜刀している。
装備も殺意も、ユーシアに隠さずに剥き出しに晒している。
全部で六人。
完全装備の剣士が、六人。
裏山と住宅地に挟まれた道路上で、囲まれたユーシアの頭に浮かんだのは、
(ラッキー! 飛び道具無し! 魔法使いもいないし。二分もかからないな)
という、聞いたら相手のプライドが完全に破壊される感想だったが、それを口にする無礼を、ユーシアは辛うじて抑える。
過去数年で何度も、このような手段で暗殺を行なってきた連中が相手でも、一応は仮初めでも先ほどまで同門ではある。控えた。
「これで全員ですか?」
六人は答えないが、余裕のある態度から、ユーシアは隠し球とか助っ人にも注意する。
「闇討ちの名目は?」
相手が口上を述べなくても、ユーシアが収集した情報によって仲間が数名逮捕された事への報復を、この機に果たそうとしての闇討ちだと分かる。けれども、ユーシアは一応の確認を取る。
正当防衛の形を整えるのは、大切。
「気に入らない少年を、複数人数でリンチしようなんて、最低の体育会系思考ですね。そういうのは嫌いだから、抵抗します。大丈夫ですか? 遺書とか書いてありますか? 斬られるつもりはないので、返り討ちにしますよ?」
何も答えずに、彼らは間合いを詰めようとする。
アイオライト家の忍者を相手に、六人がかりは卑怯ではない。
ユーシアは彼らの勇気に感心したが、十歳児にそれを言われたら激昂するだろうから…
言う事にする。
「六人がかりで十歳児に負けるなどという経験は、積むべきではありません。五分前まで同門だった縁がありますので、見逃してあげます。帰りなさい。俺の視点で見ると、雑魚キャラを倒して時間を喰うなんて、最低の暇潰しですよ」
殺気が走り、背後から刀剣の連続攻撃が始まったので、ユーシアは正当防衛を開始する。
己の足元の影から黒刀を二本取り出すと、背後から斬りかかった二人の斬撃に対応。
一人が小手を装甲ごと斬られて刀を取り落とし、もう一人が利き腕を肘から斬り落とされる。
ユーシアの持つ黒刀は、夜闇の中で溶けたように存在感を消し、相手に間合いを掴ませない。
加えて、戦闘速度が、全く違った。
カマキリとカタツムリが戦うように、速度の世界が違う戦いだった。
六人は其々、剣術修行で段位を取り、実戦で戦果をあげた戦争経験者も含まれていたが、ユーシアの戦闘速度に付いていけなかった。刃を交わせずに、数の差でも優位に立てず、一方的に返り討ちに遭う。
戦闘が始まってから三十秒経たずに、六人は武器を持てない程に、腕部を徹底的に斬られる。
止めに、ユーシアに手裏剣で足元の影を縫われて移動が出来なくなる。
戦闘服の回復機能で腕部の損傷は徐々に治療されていくが、『影縫い』で足止めされた状態でユーシア・アイオライトの暗い碧眼に見据えられ、六人の心が折れる。
六人の意気消沈を見極めた上で、ユーシアは凶行を通報しようと、懐から携帯電話を出す。
そのタイミングで、七人目の剣士が姿を現し、ユーシアに斬撃を浴びせる。
躱す余裕がない程の斬撃に、ユーシアは手近の剣士を盾にして逃げる。
七人目の剣士は、盾にされた剣士ごと、ユーシアを斬り伏せようとする。
盾にされた剣士が、肩口から腹下にかけて大きく切断される。戦闘服の回復機能が追い付かず、絶命する。
「てめえ、寸止めしろよ!」
人死が出ないように気を遣っていたユーシアは、激昂する。
「お主を斬らぬと、心が死ぬ」
七人目の剣士は、剣先を揺らして、ユーシアに迫る。
「小僧に怯んで天誅を控えるなど、怠惰の極み。お主を斬って、本来の我らを取り戻す」
七人目の斬撃を警戒したユーシアは、距離を取って逃げに入ろうとする。『影縫い』の手裏剣は剣で防がれ、ユーシアを必殺の間合いに入れようと、迫る。
「死ねやっ、官憲の手先っ!」
「断る」
ここで初めて、ユーシアは本気を出す。
迫る白刃に対し、二本の黒刀を交差するように繰り出す。
黒刀による十文字斬りに、七人目の剣が、折れる。
加えて十六連撃で、七人目の両手両脚の筋を切断する。戦闘服の回復機能が追い付かないダメージを負い、辛うじて立つのがやっとの無防備な状態で、ユーシアと相対する。
ユーシアの暗い碧眼が、夜闇の中で、墓場の人魂のように燃え揺らいでいる。
千年以上に渡って、朝廷直属の忍者として敵を滅してきたアイオライト家の瞳が、容赦なく猛って見返している。
七人目の剣士が、ようやく戦意を無くして、膝を着く。
ユーシアは、人死を出した剣士の首を刎ねたい激情を抑え、黒刀を影に仕舞う。
「これより通報をする。各々、大人しくしていろ」
誰も、ユーシア・アイオライトに逆らわなかった。
通報を済ませ、警察による七人の逮捕・遺体回収を見届けてから、ユーシアは去ろうとする。
周囲には野次馬も溜まり、死亡した剣士の家族も来てしまった。
遺族が、恨めしそうに、ユーシアの顔を睨みつけている。
(筋違いだとか説明したら、めっちゃ怒るだろうなあ)
遺族に仔細を説明すると守秘義務に反するので、ユーシアはその場を去る。
国家公認忍者の上司が求めた休職の条件が、「剣術道場に残るテロリスト予備軍を最低でも五人は逮捕する」だったので、わざわざ襲い易い状況で誘ったとは、遺族に説明せずに、ユーシアは故郷から去った。
「こんな仕事は、大っ嫌いだああああ!!!!」
我慢出来なかったので、旅立ちの電車の車窓から、ユーシアは大声で吐き捨てた。
国家公認忍者の仕事が大嫌いだと気付き、愕然とする。
自分では巧くこなしているつもりだったのに、唾棄していると自覚してしまった。
とはいえ、休業以上の事を求めれば、ユーシアの方が消されかねない。
野放しにするには、アイオライトの忍者は知り過ぎている。
(…短慮だった、かな?)
自分の若さを自覚しながら、ユーシアは車窓の風景を視界に入れながら、前途を思案する。
(足掛けの仕事をしている間に、穏便な方法での退職の事も考えておこう)
悩んでいる間にも、進行方向から報せは届く、
ツイッターには、ガールフレンドのリップから、待ち合わせ場所についての細かい指示が入る。
「その町から、あたしの街に上る過程で目にする車窓からの風景は、タイムマシンに乗っているかのように素晴らしいよ。魔法のようなひと時だ、必ず楽しむように」
お勧め通りに、ユーシアは車窓を観賞する。
車窓からの眺めは、自然の豊富な片田舎から町へ、人と自然が半々の町から都市へ、人混みが整理しきれなくなりつつある都市から大都市へと変わっていき、大都会で最も瑞々しいエキスを貪る娯楽街アキュハヴァーラに到着する。
「確かに、魔法のようなひと時だ」
人間が世界を都合の良いように変えていく歴史を、ダイジェストで観られたような車窓の景色だった。
そして娯楽街アキュハヴァーラは、人への娯楽のみで回っている大都市だ。
「…金、かかりそうな街だな」
華やかさに目を奪われつつも、現実的な思考は放棄出来ないので、ユーシアはそういう結論に落ち着く。
とはいえ、楽天的な少年だ。
駅の人混みをすり抜け、ユーシア・アイオライトは、取り敢えずの生活費を稼ぎに、娯楽しかない街に、足を踏み入れた。
四年間、ツイッターでしか会っていない、初恋の人が住む街へ。
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