第13話 酸素呼吸をしてもいい条件

【タワーマンション・ドレミ 商業フロア 喫茶『ドレミ』店内】


 六時。

 店内に朝陽が差し込んだ頃から少し起きていたが、時計のアラームが影の中から聞こえるまでは、微睡んでいた。

 ユーシアは視界を開けて、店内の無事と己の無事、そして就寝前にお試しにと渡された自立型汎用式神エリアス・アークの無事を確認する。

「おはよう、エリアス・アーク」

 蝶のアクセサリーの形態から妖精形態に戻ったエリアス・アークは、スリープ機能を解除する。

「おはよう、ユーシア」

 生まれて二日目から、エリアス・アークは仕事を始める。

「メールが二通、届いています」

 言われてユーシアは、携帯端末に入ったメールが、既読になっている事に気付く。

「読み上げます」

 勝手に、エリアス・アークとユーシアの携帯端末が、同期されていた。

「レリー・ランドルから、歓迎パーティの場所と時刻の指定。一階『百舌鳥亭』で十五時からです。

 フラウから、今週の出勤はフリータイムで構わないとの、二件です」

 秘書気取りなので、ユーシアは対応を悩む。

 式神とか使い魔とかより、秘書である。

 距離感が、近過ぎる。

 二件に簡単に返信しつつ、悩む。

 悩みながらも用を足し、顔を洗い、着替えて簡易ベッドを影に収納してから、朝食を摂ろうと商店フロアで二十四時間営業のレストランに行く。



【タワーマンション・ドレミ 商業フロア レストラン『千手観音』店内】


「エリアスの動力源は、食事でいいのか?」

「酒です」

 ウイスキーグラスが本体とは知らないユーシアは、今の発言が冗談なのかどうか、エリアス・アークをガン見して考察する。

 注文を取りに来たウェイトレスは、美少年忍者が美少女フィギュアをガン見していると勘違いし、席を離れた。

「…コスパは、どのくらいかな?」

「ハイボール一杯で、一食分です。人間の秘書を雇うより、格安なのですよ」

 エリアス・アークは、『酒代』と書かれたTシャツを来たまま胸を張り、未成年忍者の飲酒に関する懸念を廃しようとする。

「俺が飲んでいると勘違いされると困るから、匂いには気を付けて」

「分かりました、気を付けます」

「いや、不十分だ。完全に消臭してくれ」

「食事の度に?」

「酒の臭いを付けたままの式神を連れて、忍者に何をしろと?」

「そうですね。消臭の術式をダウンロードしておきます」

 エリアス・アークの小さな両眼に、ロード中の文字が二秒、縦に流れる。

「イリアス商会お勧めの消臭術式、ダウンロード完了です」

「試してみよう」

 ユーシアは、呼び鈴チャイムでウェイトレスを呼ぶと、注文を開始する。

「はい、ご注文をどうぞ」

「ミックスサンドと、スパイシーチリドッグ、麦芽飲料をホットで。それと、ハイボールを一杯」

 ウェイトレスが、断固として厳しい顔で、宣言する。

「当店では、未成年者に、酒類は提供しません!」

「俺じゃなくて、秘書の」

 エリアス・アークは、ウェイトレスにダブル横ピースで存在をアピールする。

「酒がエネルギーなのです」

「妖精さん、何歳?」

「生後、二日目です」

「しばし、お待ちを」

 ウェイトレスは、正社員と相談すると、調子を初期状態に戻してユーシアの席に戻った。

「お客様。お待たせしました。ツマミはよろしいのですか?」

「…どうなの?」

「じゃあ、このツマミセットを」

 ユーシアは、エリアスの指差したメニューのツマミセットを確認する。

 枝豆と唐揚げとポテトが揃った三点セットで、量が豊富。

「というか、普通の食事でも生きていける?」

「通常機能は普通の食事でも構いませんが、酒抜きでは戦闘機能に問題が生じます」

「酔拳かよ」

「酩酊はしませんから、ご心配なく」

「量は? 食べ切れる?」

「食い溜めできます」

 ユーシアの脳裏に、エリアス・アーク経由でシーラ・イリアスの胃袋に食物が貯蔵される様が浮かぶ。

 そんな訳ないけど。

(そうだな。試用期間中の不具合は、全てシーラに回して済まそう)

「では、以上でお願いします」

 

 料理が来るまでに、ユーシアは自称・秘書と仕事の話を詰める。

「遊軍扱いだから、仕事待ちの間は、周辺の安全確認と勉強に充てる」

「退屈なようなら勉強タイム。今週だけですね?」

「今週の結果次第で、配分は変わる」

「塩梅は、フラウに一任ですか?」

「慣れている人だ。任せていいと思う。言えば微調整はしてくれる」

「で、勉強の献立は?」

「文系中一コースを、独学で」

「教師役は、エリアスがやってもいいですか?」

「…君、便利過ぎないかい?」

「…月に二十万円でも、安いと思うなあ」

 エリアス・アークは、運ばれて来る酒に視線を移しながら、自分の価値を査定して顔を輝かせる。

 端末なのに、自我もしっかりしている。

(これ程の高性能を、俺に付けるとは…怪しい!)

 シーラの下心に警戒心を厚くしつつ、ユーシアは届いた朝食を早食いし、エリアスの消臭術式を確認する。

 ハイボールを飲み干したエリアス・アークが、仮面ライダー1号の変身ポーズを取りながら、消臭術式を実行する。

 エリアス・アークの全身が、一瞬、陽光の中でも月光に淡く染まる。

 ユーシアは、完全な消臭を確認する。

「日常はこれでいいけれど、必要なら重ねて実式を行使してくれ。負担は?」

「消費魔力は、シーラ会長から常時供給されています。ご心配なく…」

「結界内で供給が出来ない状態での負担は?」

 エリアス・アークは、暫し鎮考する。

「消臭だけなら、問題ありません。攻撃呪文は、魔矢系七発は撃てます」

「充分だ。武鎧(よろい)を装備した本格戦闘が発生しない限り、側でサポートを頼む」

 ユーシアは、麦芽飲料を追加注文する。

 エリアス・アークは、自己アピールを、少し上乗せする。

「…エリアスを経由して、シーラ会長の助力が可能ですが…」

 ユーシアはエリアスのアピールを、別料金サービスの宣伝と捉えて、円滑に断る。

「そんな無茶をしたら、エリアスが壊れるかもしれないだろ」

 枝豆を齧りながら、エリアスはその可能性は低いと答えようとするが、ユーシアはエリアスへの気遣いを盾にして話を断る。

「自分から消耗品になろうとするなよ。有能だよ、エリアスは。ちゃんと無事に、側にいて」

 エリアス・アークは顔を真っ赤にして、ユーシアの判断を訂正せずに、甘受する。



【タワーマンション・ドレミ 住居棟一階】


 八時。

 朝食後にリップの自宅を中心に敷地内を視察してから戻ってくると、登校のためにランドセルをイリヤに背負わせたリップと出会す。

「おはよう、リップ」

「おはよう、ユーシア」

「おはようであります、ユーシア」

「おはよう、イリヤ。重い?」

「軽いでありますよ?」

 イリヤの過保護さにツッコミを入れようかとユーシアの気が削がれているうちに、リップが仕掛けてくる。

 にこやかに挨拶しつつ、リップはユーシアの脇に回り込んで、ユーシアにヘッドロックを甘く掛けながら、エリアス・アークの首を指で摘む。

「お母さんが昼食のランチボックスを用意してくれたから、受け取ってから出勤しなさいね」

「怒るの? 朝食に同席しなかったから?」

「いいえ。朝食に同席してデレて構わない権利を余裕で後回しにする余裕が気に入らないから焼きを入れておこうって、あたしのゴーストが囁くの」

「分かった。体で詫びるよ。今日はリップの学校に同行して、一日中リップの椅子になろう」

「仕事に行きなさい、エロ忍者」

 リップはユーシアの耳を甘噛みして脱力させてから開放し、エリアス・アークを検分する。

「で、あたしのアカウントと勝手に同調した、君は誰?」

「エリアス・アーク。イリアス商会から派遣された、ユーシアの秘書です」

 エリアス・アークは、自分を無造作に捕まえてユーシアを無力化したリップに対し、可能な限り刺激になりそうにない返事を心掛ける。

 リップは、エリアス・アークの服の中まで検分する。

「性別不明?」

「無性です。性欲とかも、ありません」

「ふう〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん」

 リップは真顔で、しげしげと、エリアス・アークを見詰める。

「まあ、ユーシアが、信用しているし、ね」

 手放す前に、リップはエリアス・アークの両眼を覗き込んで、言い渡す。

「あたしとユーシアの邪魔さえしなければ、この星で酸素呼吸していても、構わないよ」

 その言葉を、エリアス・アークは肝に銘じて、ユーシアの至近距離に戻る。


 ユーシアは秒で昼食を受け取ってラフィーに礼を言ってから、リップと一緒にアキュハヴァーラ市街地へと途中まで歩く。

「今日は十五時から『百舌鳥亭』で俺の歓迎パーティがある」

「あたしは十三時にサリナさんのお見舞いに行くから、その後に寄るよ」

「ふむ、じゃあ、俺も仕事を午前中に済ませるわ」

「いきなり時短?」

「三時間でも、密に働くから、大丈夫」

「ほうかあ」

 リップは軽く流し、お供のイリヤは「やや仕事をナメてはいまいか?」とチョビッと懸念する。


 ユーシアは、別に楽観的ではない。

 嫌になる程の、合理主義者だ。

 ただ、分かっていないだけだった。

 国家公認忍者として、護身・隠蔽・逃走に長けた犯罪者を探して駆り出す仕事に特化した者が、本気で能力を稼働させた場合、都会ではどれ程の騒ぎに発展するのかを。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る