第14話 ユーシアの平常運転(1)
【アキュハヴァーラ警察署 一階 騎士課】
ライ・ディアス(三十四歳、濃い茶髪&濃い渋茶色の瞳、コノ国攻動部所属騎士)は実年齢よりは五歳以上若く見られる男だが、出勤して管轄内の犯罪通報数が徐々に上がってきたので年相応の渋い顔になる。
そして、五分刻みで強盗や痴漢、恐喝や暴行の犯罪者が、「拘束されて」通報地点に置かれていたという共通情報が含まれているので、ディアスは呆れた。
「スパイダーマン気取りの奴がいるな。しかも、徒歩か?」
この手際の良過ぎる通報者が、タワーマンション・ドレミから、アキュハヴァーラの中心部へと移動している。
「通報者の顔と名前は、分かっている」
同僚が、仕事用の端末データに、通報者の情報を送って閲覧を促す。
「なんだ、この子供…元御庭番かよ?!」
「国家公認忍者」
「御庭番の方が、分かり易いだろ?」
「時代劇の知識はマイナーだよ」
「世間様は、オレに追いつくのがいつも遅いな」
同僚の注意に、ライ・ディアス警部は自論を引っ込めない。
「暇か? 金一封狙い? 休業の八つ当たりか?」
ディアスの全然当たらない推測には誰も注意を払わず、直属の上司が仕事を回す。
「この件は、お前が引き取ってこい。商店街のシャッターに、落書きをしようとした不良どもを三人、拘束して転がしたらしい。カラスが不良どもを食べて腹を壊す前に、署で引き取って落書きの弁償手続きをさせる」
「なあ、この忍者、署に後始末を押し付ける前提で行動していないか? 普通は、警察署の署員が行くまで、待つよな?」
「署の点数稼ぎになるから、文句は言えん。ありがたく、後始末をしに行け」
「オレの部下は?」
「出払った。行け」
「警部になった意味ねえな」
上司が嫌な顔をしないように顔の筋肉を引き締めているので、ディアスは彼の分も顔を顰めてあげた。
警察車両を用いて二分で現場に着くと、悪態を吐きながら拘束縄を外そうと足掻いていた不良青年三人が、背広姿のディアスを見て脱力する。
「オレたちは、何もしてねえよ〜」
お決まりのバカな弁解をしている三人の側で、落書きをされた店舗の店員たちが、犯行をキッチリ証言する。
「落書きと立ち小便と、制止した店員への脅迫行為。はい逮捕確定。署に連行するから、大人しく車に乗れ」
「オレたちに不利な証言してんじゃねえぞ、コラァ〜! 殺すぞてめえら」
不良たちが、頭の悪い脅迫をし始めたので、ディアスは手早くスタンガンで大人しくさせてから、車の後部座席に押し込む。
「ほんじゃあ、バカどもは連れて行きます。細かい情報は、後で他の署員が聞きに来ますので、よろしくね」
商店街の人々は、いい笑顔で頷きながら日常に戻る。
悪質な悪戯のスピード解決に、無邪気に喜んでいる。
(いいよなあ、事後処理を気にしなくていい人達は)
一般市民の特権を羨ましがりながらディアス警部が車を発進させようとすると、不良たちが後ろ手に何かしている。
縄抜けかと思ったら、ディアスに見られないように携帯電話でメールを打っている。
(弁護士じゃねえな。仕返しに、仲間集めか? 今? どこで甘やかされてバカ一直線に育った?)
不良たちがどういう内容のメールを送ったのか、ディアスは容易に察した。
(強そうなのに、仕返しを頼んだかな、アホが。どれ、返り討ちが発生しないように、網を張るか)
署にメールを打って、不良たちの携帯電話の情報を手繰って見張るように伝えたら、緊急無線で耳元に上司の命令が直撃する。
『そのバカども、忍者への報復を、バラクーダ組に依頼しやがった。忍者が先手を打って、バラクーダ組に襲撃を始めた。お前は現場に急行しろ。車は自動運転で、署に返せ』
「・・・」
ディアス警部は、聞こえないふりでやり過ごそうとした。
騎士として戦争に行くのが嫌になったので、平和なコノ国に国籍を変えて、ノンビリと小悪党を逮捕・連行するだけでいい楽な仕事(注意・ディアスの主観)にありついたのに、忍者VS暴力団の現場に行けという命令が聞こえてきたので、気分がエスケープ。
『行け。一番近い武鎧持ちは、お前だ』
上司はディアスの躊躇なんぞ承知しているので、問答無用。
「はーい」
ディアスは車を署に戻るように設定すると、トランクに背広を収納し、車内に放屁してから、下車する。
窒息死しかけてのたうち回る不良たちなんぞ気にせず、ライ・ディアスは黄昏る。
「ああ、やだ」
言いつつも、私物の武鎧(ヨロイ)を装着する為に、家宝の短刀『黒羊』に命じる。
「変身だ」
短刀『黒羊』が自動で抜かれ、短刀の形に収まっていた武鎧のパーツが展開する。ライ・ディアスの身体に合わせて、武鎧のパーツが巻き付くように抱き付くように焼き付くように、再構成される。
二秒とかけずに、ライ・ディアスは全身を装甲で包んだ完全武装の黒羊騎士へと変身した。
代々五百年、ディアス家の職業軍人を守ってくれた武鎧『黒羊』を装着した姿である。
装備者の防御力のみならず、身体能力や攻撃力、良性コレステロール値も爆上がりしている。
徒歩で五分のバラクーダ組の本部へ、ダッシュで十五秒足らずで駆けつける事が、出来る事は出来る。
「やだなあ」
『行けよ。もう激しく踊り始めている』
変身しても躊躇って立ち止まっているのは、署の管制モニターでモロバレなので、上司が急かす。
【アキュハヴァーラ娯楽街裏通り バラクーダ・ビル】
十五秒後。
アキュハヴァーラの娯楽街の裏通りに建っていた、十三階建ての雑居ビルを根城にしている暴力団・バラクーダ組の構成員たちが、二十人は路上にポイ捨てされている。
ポイ捨てされ続けている。
ゴミ袋に拘束されて、ポイ捨てされまくっている。
建物の中を進撃する何者かが、手当たり次第に暴力団関係者を、無力化して外へと放り出している。
(一応は、娯楽街で死人が出ないように、配慮しているわな)
ディアスは、流血山河は出来ていない様なので、やや安堵する。
中からは、犠牲者の怒号と悲鳴に混じり、少年忍者の声が冷たく響く。
「俺への襲撃を依頼された組員と、話がしたいだけだと言っておろうが。邪魔するな!」
と言いつつ、速度優先で突き進んでいる。
喧嘩には慣れているはずの暴力団組員たちが、なおもポイ捨てされ続ける。
(放っておこうかなあ)
ディアスは武鎧を装備しても、消極的に中に入ろうとしない。
「よし、勝ち残った奴だけを逮捕しよう」
そんな薄情な台詞を聞き咎めて、路上に倒れていた組員の一人が、ディアスの足を掴んで訴える。
「呑気に見物しないでくれよ、ディアスの旦那」
「やだ。見物したい」
「仕事のメールを受けたのは、『マカジキのマサ』さんです。あのせっかちな忍者小僧と出会したら、間違いなく喧嘩を買います。大喜びで」
「はあ? 『マカジキのマサ』? 去年、死んでなかったか? 捕物で忍者に頸動脈を斬られて…」
(あ、話が読めた)
「蘇生しましたよ、千切れかけた首を繋いだら、リベンジしたい一心で。武鎧も新調しましたし」
建物の八階付近の壁が、内部からぶち壊される。
ユーシアが吹き飛ばされて、落下してくる。
ユーシアは、真紅のパーカーを広げてムササビのように滑空すると、余裕でヒーロー着地を決める。
かららん
少しバランスを崩して、下駄が鳴る。
ディアスは、少年忍者も武鎧を装備していると決め付けていたが、どう見ても普段着だ。下駄だし。
(武鎧抜きで普通に暴力団に攻め登るとか、どうかしているだろ、このガキ)
そして、ユーシアを吹き飛ばした『マカジキのマサ』が、通り名の通りにマカジキのデザインをした武鎧を装着して、軽く着地する。
ディアスの武鎧が「完全武装の黒羊騎士」への変身なら、『マカジキのマサ』の武鎧は、「身長三メートルの巨大マカジキ怪人」への変身だ。
頭頂部の生えた鋭利な角を振り翳しながら、『マカジキのマサ』は大見得を切る。
「ユーシア〜〜〜〜!!!! 第二ラウンド開始じゃあ〜〜〜〜!!!!! お前にも、首を斬られて周囲から同情されまくる気まずさを教えてやっからよおおお!?」
「うるせえな、悪かったよ」
ユーシアは、己の影から、瞬時に武鎧のパーツを起動させる。
「今度は完全に、速攻で首を切断してやる」
夥しい物量の影が伸びて、ユーシアを包み込んだように、周囲の目には映った。
「同情されるのは、死後で済むぞ」
武鎧『佐助』
国家公認忍者に支給される隠密行動に特化した武鎧は、ユーシアを黒装束の忍者へと、変身させる。
ただでさえ速いユーシアの戦闘速度が、武鎧『佐助』の能力増加で、手に負えない領域に入る。
『マカジキのマサ』が視認できない戦闘速度で、首筋に忍者刀が斬り込まれる。
ユーシアの忍者刀は、分厚く補強された武鎧『マカジキ』の装甲に少し食い込んだだけで、有効なダメージを与えられない。
距離を取るユーシアに、『マカジキのマサ』から挑発が飛ぶ。
「何だァ?! 斬れ味が悪いな、美少年忍者。去年の刀はどうした? 俺様を一分で倒した時のは?」
「休職中なので、+3相当の武器は持っていない」
「うほっ、クビになったって噂、マジか? 今は真面目に小学生?」
「美人の多い職場に転職した」
「うわ、余分に殺したるわ、このガキぃ」
『マカジキのマサ』が角を外し、長剣として振りかぶって斬り込みをかけてくる。
長剣の竜巻のような激しい斬り込みだが、ユーシアは難なく躱し続ける。
「当たらないから、意味ないだろ。俺へのリベンジは諦めて、そこの騎士警官に自首しろ」
「やかましい! モテる奴には、降伏しねえ!」
『マカジキのマサ』は、粘り強く攻撃の手を緩めない。
ユーシアは降伏勧告を中断し、本気で攻めに出る。
忍者刀を二刀に増やして連続斬撃するも、『マカジキ』の装甲は対忍者向けの強化に成功しており、浅い傷しか与えられない。
武鎧には自動修復能力と戦傷治癒能力が常時作動しているので、小さなダメージの蓄積は、全く意味が無い。
「う〜む、時間が掛かるなあ」
ユーシアが時間を気にしているので、エリアス・アークが確認を取る。
「ユーシア。シーラ会長に、援護の要請をしますか? 会長の攻撃魔法なら、一撃で微塵切りからすり潰しまで幅広いバリエーションで…」
「しなくていい」
シーラ・イリアスから請求される追加料金の額を想像し、ユーシアはお断る。
前世の記憶はなくても、ユーシアの勘が拒絶した。
ユーシアは、横で見物している武鎧を装備した警察の騎士(ディアス)に、助けを求める、というか、丸投げする。
「警察の方。ヤクザに殺されそうです。助けてください」
「お前、ここまで盛り上げておいて、よくもまあ」
この件まで警察に押し付けようとするので、ディアスは呆れ果てる。
「ディアスの旦那、これはこのマサとユーシアの一騎討ち。野暮な真似は、しないでくれ」
「う〜〜ん」
ディアスとしては、双方にこの場で死んで欲しいが。仕事の急激な増加がなくなるし。
煮え切らない警官に対して、ユーシアは戦術を変える。
「ったく、手間取らせるなよ」
「オレに言ったのか?!」
ユーシアは全身の影装甲を伸ばして、無数の影の手を出現させる。『マカジキのマサ』を掴んで束縛すると、真上に向けて垂直にジャンプする。
『マカジキのマサ』の巨体を牽引しながら、重力を無視して、急上昇していく。
ディアスの武鎧のモニターが、目前の機能を「武鎧『佐助』の重力操作能力」と解説する。
「へえ…かなり手加減していたのか」
『佐助』の重力操作能力を攻撃に使えば、武鎧『マカジキ』の撃破は容易に可能だった。周辺の建物への被害を考えなければ。
ユーシアが『マカジキのマサ』と同レベルの戦い方をしていれば、今頃は野球場が作れそうな更地が出来ていただろう。
アキュハヴァーラに被害が及ばぬように配慮していたのを知り、ライ・ディアスはユーシアを少しだけ、嫌いにならないようにするのが容易になれた。
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