第37話 快気祝い

【タワーマンション・ドレミ 住宅棟一階】


 タワーマンション・ドレミの警備ゲートでもラフィーの生体認識端末でも、ユーシアはユーシアとして認識された。

「全身に八本も聖剣が入り込んだから、金属探知機とかで引っ掛かると思ったのに」

「ふ〜ん。見かけは変わらないわよ?」

 ラフィーは玄関先でユーシアと携帯端末を交互に見ながら、色々と試してみる。

 リップのスカートを捲り、ユーシアの視界に中身を見せてみる。

 ラフィーの携帯端末に、ユーシアが発情した警報が表示される。

「ふむ、異常なし」

「お母さん。自分のを見せてよ」

「それだと、アノ国のお父っつぁんの方に警報が行くし」

「けっこう監視されているね、我が家」

 イリヤは、「それはけっこうではなく、めっちゃ監視されているであります」とツッコミを入れたかったが、堪えた。

「勘違いされておるなあ。ユリアナも最初は勘違いしておったし」

 人間形態のクロウが、来客用スリッパをスタイリッシュに履きながら、解説役に回る。

「我(鞘)に収納された廃棄聖剣八本は、もう幽霊と見做していい存在ぞ。金属探知機には掛からぬ。逆に、幽霊探知機にはビシビシ引っ掛かる」

「…ひょっとして、除霊とかされたら、変身契約はやり直し?」

「可能性は、ある。成仏する気のない連中の集合体だから、除霊は不可能だとは思うが」

 どの道、鞘が本体であるクロウは、安泰。

「仮に除霊されても、我の鞘と刀身だけで、並のS級武鎧と同じ戦力は残る。安堵せよ」

「良い報せだ」

 問題があれば縁を切れそうなので、ユーシアは本当に安堵する。

ユーシア(全身から勝手に聖剣が出るような身体だったら、リップと添い寝できないものなあ)

クロウ(心の声が聞こえたけれど、聞かなかった事にする我、優しい)

 クロウはウキウキと、ユーシアに便乗してソフィーの用意した夕飯の席に座り込む。

 ユーシアたちは事件解決後の空腹に耐えられずに食べてしまったので、三人分の夕食が余っている。

「ふふふ、久方ぶりの家庭料理なのに、残飯処理。まさに我の役回り」

 そう自虐しながら、行儀良く料理に手を付ける。

 ユーシアたちは、デザートだけをいただこうと席に着く。

「あれ?」

 ユーシアは、自分が既に空腹だと気付く。

(ハヤシ・シェフに、五人分は食わせて貰ったのに?)

 デザートを食べても埋まらない空腹が、ユーシアの腹を鳴らす。

「カロリー消費は、もはや常人の域に在らず。腹ペコキャラとして、常に空腹には気を付けるべし」

 クロウが肉野菜炒めを満喫しながら、変身後の追加注意を述べる。

「なら半分食べる」

 忍者としては営業不可能な属性が増えてしまい、ユーシアはストレスで余計に腹が減る。

 ラフィーが用意してくれた本来の夕食を平らげても、満腹に至らない。

「ラフィーさん、夜食と非常食を買いに行きます。何か次いでに買っておきたい物とか、ありますか?」

「ないわよ〜。いってらっしゃ〜い」




【タワーマンション・ドレミ ショッピングモール一階 食品店「買いゼリア」】


 ユーシアが夜の買い物に繰り出すと、ショッピングモールの食品店で、ヴァルバラとカイアンに再会した。

「リップ様の護衛は、どうした?」

 こんにゃくゼリーと焼肉の缶詰を爆買いしているヴァルバラが、開口一番、ユーシアを責める。

「こっちのセリフだ。守役が別居とは」

「イリヤと同じ屋根の下とか、無理。このタワーマンションの敷地内に部屋を借りて、昼のみ護衛する形式で、しばらく生きる」

「真空斬りが出来る人間に、護衛が複数人数、要ります?」

 ユーシアの方は薄々、リップの護衛が一人しかいない理由を察していた。

 有望な騎士を複数人数、長期間に渡って子守に割くのは、アノ国でもケチりたくなるだろう。

「悪い虫が付かないようにするには、個人の強さよりも、空間ごと遮断する、壁」

「邪魔な壁は、排除すると思うけどなあ」

「だから別居して、距離を適度に空けている」

「なるほど」

 ユーシアとヴァルバラが距離感について話を進めている間、カイアンは酒とツマミを気侭にカゴに詰めて綻んでいる。

「ひょっとして、飲みと解毒を交互にやる飲み方?」

「回復能力者の特権だよ。お薦めはしないがね」

 ユーシアの肩に乗るエリアス・アークが、カイアンがカゴに入れた酒類の多さに、目を輝かせる。

「ねえねえ、ユーシアのパワーアップに伴って、エリアスも酒量が増えたかもよ?」

「情報端末を同期させただけの、レンタル式神でしょ。変身の余禄は、ないよ」

「…もうちょっと、強くなりたい」

 エリアスが、まだヒビの残る全身を見回す。

 ヴァルバラが、二人を見て誘いをかける。

「リップ様との戦闘訓練に、二人も参加しないか? 瀕死明けのリハビリが必要と聞いた。どうか?」

「それって…リップはレオタードで訓練ですか?」

「ジャージ」

「レオタードか、体操服にブルマ」

「ジャージ」

「では、中間を取って、ビキニアーマーで」

「ジャージ」

 カイアンは一瞬、ユーシアとヴァルバラが物凄くどうでもいい話題でマジバトルを始めるのではという懸念に襲われたが、早く借りた部屋に行って酒盛りしたいので、放置してレジへ向かった。

 賢く逃げたカイアンには構わず、ユーシアはヴァルバラに、交渉を続ける。

「想像してみてくれ。リップに、赤ブルマを履かせて訓練させる、その光景を」

「ジャージ着用は、リップ様から言い出した事です。異存があれば、本人に直接」

「まずはヴァルバラ・シンジュという外圧を利用し、やがてはシマパンへと至る道筋を付けたい」

「潔癖で鉄壁なヴァルバラは、その手のセクハラには加担しません」


ユーシア(強力しろよ、この石頭〜〜!)

ヴァルバラ(このクソスケベ変態小僧め。今日死ねば最良だったのに)

ユーシア(くっ、このお邪魔虫が赴任して来る前に、リップとの関係を、もっと進めておけば良かった)

ヴァルバラ(貴様がスケベだから、健気で傷心なヴァルバラが星を半周する羽目に…いや、待て。八つ当たりするな。陛下の勅命であるぞ)

ユーシア(どう対処するにしても、友好関係は維持せねば。コロッと戦死しそうなモブキャラだし)

ヴァルバラ(直接間接を問わずに干渉せず、自然に戦死するのを待てば良い)


「長旅と戦闘で疲れたヴァルバラは、その件に時間を割く気はない。リップ様次第で、どの服装で訓練に臨まれようと、受け入れる」

「わーい」

 ヴァルバラが黙認を宣言したので、ユーシアは友好的に笑顔で別れた。

「でも、リップは露出度に関しては、むしろ保守的だと思うけど?」

 エリアスのツッコミに、ユーシアは自信有りげに宣言する。

「土下座して、頼む」

 ドヤ顔で、言った。




【タワーマンション・ドレミ 住宅棟一階】


 夜食を平らげ、風呂場で改めて自身の身体を確認してから、エリアスに代筆させた今日の報告書下書きに目を通し、清書して送信する。

 諸用を終えてから、今宵も添い寝しに来たリップに直談判。

「明日のリップの戦闘訓練には、俺もお邪魔するよ。横でリハビリをするから」

「ジャージだから、エロいイベントは起きないよ?」

 イリヤに髪を梳かさせながら、リップはユーシアのニヤけ顔に牽制球を投げて探りを入れる。

「リップ。世の中にはね、ブルマや赤ブルマや、スク水にビキニアーマー、レオタードで戦闘訓練をするという選択の自由が、ある」

「それらを全て考察した結果、ジャージにしたの」

「では、俺が死の淵から生還した快気祝いに…」

 リップは、話をぶった斬り、布団を被って寝に入る。

 イリヤが消灯する。

 土下座する暇もなかった。

 ユーシアも大人しく布団に入ると、リップが抱きついてきた。

(快気祝い〜〜〜〜!!!???)

 と思ったら、抱きついてめっちゃ泣いている。

 今の話題で泣くような娘ではない。

(…あ、俺、リップの目の前で…死にかけた)

 逆の立場なら、とっくに発狂していただろう。

「死にかけて、ごめんなさい」

 リップは、泣いている。

 ユーシアの胸に顔を押し付けて、涙を吸わせている。

「殺されかけて、ごめんなさい」

 リップは、泣いている。

 結構な力加減で、ユーシアの身体をホールドしている。

「リップを泣かせて、ごめんなさい」

 リップは、まだまだ泣き止まない。

 泣き止む努力を放棄して、昼間に溜め込んだ不安と悲しみを、ユーシアにゼロ距離で染み込ませる。

「リップ。大好き。絶対に、死に別れたくない」

 ユーシアは、リップを抱き締めながら、気持ちを吐き出す。

「ずっと側にいる。ずっと愛している。絶対に離れない」

 リップの泣き方が、甘くなっていく。

 身体へのホールドが、適度になる。

(これはもう嬉し泣きで、間違いない、よな?)

 逆に手の握り締め方が、怖い程に、逃げようがない。

(やはり、快気祝いだ)

 抱き合ったままキスしようかと思ったが、イリヤが涙目を見開いてガン見しているので、やめておく。

「エリアス。いつもの睡眠魔法を、お願い」


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