第5話 君のシマパンは

【バッファロービル八階 護衛詰所】


 短い付き合いながら、ユーシアとは効率良く付き合わないと置いて行かれると悟ったレリーは、妥協して仕事を再開する。

「四隅にあるソファは、仮眠する場所として利用できます。宿泊も、フラウさんに許可を取ってからなら、可能です。ユーシアは男だから、寝ている女性の側に寄る時は、注意してね」

「当たり前ですよ、俺を何だと」

「男のケダモノ性に関して、私に幻想は有りませんからね〜。セクハラ・即・公開処刑」

 レリーは、北東のソファに一人寝ているので、ユーシアを起床役に指名する。

「じゃあ、試しに、あのGカップ女体を起こして挨拶しましょうか」

「? 悪いのでは?」

「あの人、リップの守役だから。そろそろ起きた方がいいと思うけど」

「ああ、あれがイリヤ・O・ソレイか」

 ツイッターでリップから情報を送られているので、守役の顔と名前は知っている。

 生のイリヤは初めてなので、ユーシアは下駄を鳴らして接近し、起こそうとする。


 からんころん


「ん〜〜」

 鴉色の乱れた長髪の長身少女が、蒼穹色のパーカーを腹にかけた仰向けの姿勢から、横に体を傾けて呻く。

 左の腰に刀を二本差したままで寝るという、物騒な寝姿だが、寝顔は饅頭を頬張る子供のように幸せそうである。


 からんころん


 ユーシアの音響入り接近に伴い、イリヤが微妙に覚醒して動く。

 足の開き加減が乱れて、挨拶のために接近したユーシアの目に、健康的にエロい太ももと、見事なシマパンに包まれた臀部が丸見えに。

「見事なシマパンだ」

 青と白のストライプのシマパンに、ユーシアは感じ入ってガン見する。

 寝崩れせずに形を保つ、張りのあるGカップの双丘よりも、シマパンをガン見である。

「このシマパン、確かにイリヤ・O・ソレイで間違いないです」

「その個人情報は、何処から?」

 レリーが、シマパンで個人を特定しようとする少年忍者を問い質す。

「リップが着替えを隠し撮りして、俺に画像を送信した事がある。毎日シマパンしか履いて来ない、変態な守役がいると。この絶品のシマパンは、片時も忘れた事がない」

「忘れようが、ないのだね」

「忘れようが、ないですね」

 レリーは、ユーシアの性癖を、しかと把握した。

 至近距離でシマパンの会話が続いたので、イリヤ・O・ソレイは覚醒する。


 覚醒すると同時に起き上がり、一七〇センチの身長をシャッキリと伸ばすと、ユーシアの顔を見下ろして明るい青天色の瞳を見開く。

「お初にお目にかかるであります。自分は、イリヤ・O・ソレイ。リップお嬢様の守役であります」

 いきなり目前に、主人が昔から惚気て写真で姿を見知っている美少年忍者が現れたので、イリヤ・O・ソレイ(十七歳、鴉色乱れ長髪&青天色の瞳、コノ国外事攻動部所属騎士)はウキウキとユーシアを見分してしまう。

 ユーシアは、目前で揺れる着衣Gカップ巨乳を注視しないように気を引き締め、ムッツリを通す。

 というより、癖で相手の攻撃範囲を推し測ろうとしたら、自分がイリヤの間合いの中にすっぽり包まれていると気付く。

(ヤバい。この剣士は、ヤバい)

 イリヤが、八割の確率でユーシアを斬り捨てられる程の力量が有ると見極める。

 仕事柄、様々な実力者を見てきたユーシアの記憶を振り返っても、イリヤより強いと断言可能な腕前の剣士は、二人しか思い付けなかった。

(ヤバい。敵だったら、俺が死んでいた)

 そういう観点で考えて萎縮してしまうユーシアの内心を、イリヤの方でも感じ取る。

 イリヤの方も、同じ観点でユーシアを観ていた。

(立ち合えば、五回に一回は一本取られる強さでありますな)

 同時に、ユーシアが内心で怯えた事も察する。

(…味方だから怖がらなくていいのに)

 イリヤはユーシアを怯えさせないように、良い笑顔で応じる。

「お嬢様との夕食では、自分がお二人をお守りしますので、存分に楽しむであります」

 ユーシアは、リップの守役が好意的に接してくれるので、警戒心を緩めて挨拶をする。

「ユーシア・アイオライト。本日、ユリアナ様の護衛として就職しました」

「?」

 イリヤが怪訝な顔をしている。

 首も45度傾いている。

「?」

 ユーシアも釣られて、怪訝な顔をする。

「ユリアナ様の護衛に?」

「ユリアナ様の護衛です」

「おーわー」

 何やら、ショックを受けて、言葉が追い付いていない。

 動揺を抑える為か、腰の刀をちょいと弄ってから、意外を伝える。

「リップお嬢様の護衛になって、自分と同僚になると思っていたであります。勘違いしておりました」

「そう…ですか」

「今晩は、二人が過ちを起こさぬよう、寝ずの番になりそうなので、睡眠を先に取っていたのですが」

「まだ十歳ですので、そういう気は、回さなくていいですよ」

 ユーシアがイリヤの過剰な警戒ハードルを低めようとするが、守役はこの件で妥協しなかった。

「いいえ! 客観的に観て、もう自分が盾となり壁となりぬりかべとなり、お二人の一線になるしかないのであります」

 イリヤの方は、ユーシアとリップの仲について、一切の楽観を捨てている。

 ユーシアの脳裏に、映画館でリップと並んで座っている背後に陣取って、ホットドッグを食いながら保護者ぶるイリヤのイメージが浮かぶ。

 肩に手を回す以上のイチャ付きをすれば、抜刀に及ばれる可能性、大。

 うざい。

「お嬢様のデレっぷりからして、ユーシアとのデートには最大限の警戒をするであります」

 警戒するあまり、イリヤは余計な情報を与えてしまう。

「…そんなに、デレて?」

 ユーシアの顔が、緩んでくる。

「詳しいデレ方は、個人情報の漏洩になるので、これ以上は話せないであります」

「知りたい!」

「ダメなのであります」

 ユーシアが、真顔で言い寄る。

「では、何を俺に教えたらダメなのか、こっそりと教えて」

「そうですね、ユーシアに教えていけないのは…ダ〜メ〜なのであります」

 イリヤが、刀に手をかけて牽制する。

 ユーシアは、丸め込み方を変える。

「気に入らない奴の弱み、握って来てあげるよ?」

「…はい?」

「どうしても凹ませたい人とか、交渉を有利に進めたい相手とか、いない?」

「んんん〜そういうのは〜」

「A級忍者の情報収集能力。使ってみない?」

「ンンンン」

 イリヤは、やや悩む。

 レリーとギレアンヌが、悪い顔で財布を取り出す。


レリー(ユリアナ様の弱みを握って、給料アップ!)

ギレアンヌ(フラウの弱みを握って、お茶汲みさせたる!)

レリー(いや、それよりも、フラウさんの後釜に)

ギレアンヌ(待て待て、メイド喫茶の利権を分けてもらうか?)

レリー(ユーシアを上手く使えば、人生逆転!)

ギレアンヌ(くっくっく、使える友達だぜ)


 そんな邪な動きへの牽制に、ユーシアは料金を口にする。

「普段なら、調査費用プラス五十万円貰うけど」

 レリーとギレアンヌが、憮然とした顔で財布を仕舞う。

「イリヤには特別に、初回無料で」

 イリヤは、超迷いながら、誘いを断る。

「リップお嬢様の愛情は、ユーシアが直接、確かめるであります。自分は『余程の事がない限り』見守るだけであります」

「…まあ、そういう事なら。そうする」

 ユーシアは、イリヤとの関係を妥協した。

 妥協、した。


 イリヤは、仮眠したソファを整頓して移動前の挨拶をする。

「自分は、お嬢様の所へ戻るであります。言伝は、有るでありますか?」

「さっき屋上で会ったから、特に無いよ」

「遠慮は無用であります。なんでもいいでありますよ?」

 しつこい。

 既にユーシアも保護対象に入れているイリヤは、親身な姉の如く、しつこい。

 ユーシアは、目前で揺れるイリヤのGカップ胸部装甲に視線を合わせないように注意しながら、直接には言い難かった伝言を頼む。

「是非ともシマパンを履いてくれと、伝えておいて」

「…はい?」

「リップの最大の欠点は、俺の好みのシマパンを履いてくれない事だから」

「はあ」

「可能なら、青と白のストライプのシマパンがいいと、伝えておいて。俺の好みのベスト・シマパンだ。この世に数多存在するシマパンの中でも、青と白のストライプが至高だ。必ず、そう伝えてくれ」

 イリヤは一瞬、『それは! 自分が好みの女性という事でありますか?!』と叫んでスカートを捲ってシマパンを見せる衝動に駆られたが、辛うじて間違いだと勘付く。

イリヤ(くっ、ここで痴女のように迫ったら、外事攻動部にクレームが入り、不届き者として左遷されるであります。アキュハヴァーラのような華やかな都市部からは、永久追放であります。危ない! なんて罪な美少年忍者)

 イリヤ・O・ソレイ。

 まぬけな性分ではあっても、バカではない。

「分かったであります〜」

 イリヤは、なるべく複雑な心境を見せないように苦心しながら、退室する。

「自分もシマパン至上主義者であります!」

 という自己アピールをユーシアにかます欲求を堪えて、退室する。

 言わなくてもユーシアは、イリヤが同志であると確信した。


 静かな感動を味わっているユーシアの横で、ギレアンヌが、爆笑の発作を抑えて呼吸を整えていた。

「あ、あのバカ、本気で、今の文言をリップに言う気だぞ。気付けよ、ネタだって」

 レリーは、笑いの発作で床を転げ回り、腹筋が損傷した。

「お、お腹、痛い! 治しても治しても、お腹が痛い! ひどいよ、ユーシア、あんた最低だよ」

 本気の伝言なのに、ギレアンヌとレリーが『ウケ狙いのネタ』だと看做しているので、ユーシアは心外だった。

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