第23話 アキュハヴァーラのイージス忍者(2)

【スリーポイント銀行 アキュハヴァーラ支店横 喫茶店『バンバラバンバンバン』西側客席】


 十四時四十五分。


 黒い背広に黒いサングラス。

 ネクタイまで黒く装備した壮年の男は、ブラックコーヒーを飲みながら、視線を隠したまま、仲間たちに真面目そうな口調で語る。


クロイス「吸血鬼とマフィアとゾンビとナチは、映画の中で殺されても誰も抗議はしない。倒される悪役として消費され、みんな幸せ。

 偶に捻って、ヤラレ役にも同情したり泣かせ要素も入れる変化球作品も存在するが、基本的な扱いは変わらない。

 我々は大人なので、この基本を守ろうと思う。

 後で弁護士が『この人たちは悪党で犯罪者でロクデナシですが、最低限のルールは守って行動しました。減刑をお願いします』と弁護し易いように。

 つまり、三日前に最終決定と決断した計画と違って派手にはやらず、可能な限りコッソリとスムーズに、ソフトに優しく本命だけを狙う」


 分厚い胸板を張りながら、『黒夜叉』クロイスはブラックコーヒーに角砂糖を三つ入れる。

 前言撤回は平気な男らしい。


ヴァラ「逮捕される前提でいるとは思っていた。それに勘付いてはいたのに、ここにこうして来てしまった、あたしのバカさ加減は、相当な」


 長身で痩身の青いロングコートの女魔法使いは、三段重ねのパンケーキを名残惜しそうに味わいながら、クロイスの方針に、ぼやく。


ヴァラ「用が済んだら、あたしだけ逃げてもいい選択肢があるって事、忘れないでな」


 付き合いが良いのか悪いのか、『蒼天の射手』ヴァラ自身もはっきり断定しきれないまま、淡々と三段重ねのパンケーキにハチミツを追加して消費する。


ニルサ「この段階で逃げると、無罪のまま生き残れますよね。出番はそれっきりですけど」


 黄色の背広を着た青年が、五皿目のカレーライスを平らげながら、離脱を匂わす。


ニルサ「勿論、後日裁判所で、皆さんを弁護する為の証人として、援護します。共犯者になりそうだった仲ですから」


 薄情そうに言い切る『黄巾騎士』ニルサは、自分の分の勘定を、テーブルに出して退席の準備を終える。


ヤクサ「勘違いの多い人達ですね。コレは僕一人でも可能な話です。僕だけでもいい話です。僕以外、どうでもいい話です。僕以外は、分け前に群がろうと、勝手にここまで着いて来ただけです」


 緑色の背広を不慣れに着崩している少年が、余分な仲間達を見回して、アップルパイを食べ終えてから言い切る。


ヤクサ「クロイス。チームなんて作れていませんよ。コレは戦場での荒事とは違います。防犯カメラと群衆の視線が見守る中で行われる、マヌケな愚行です。秘密は守られずに、全員、追われて捕まる。

 クロイス、僕に個人で仕切り直させろ。

 それが最善で、お互いの為だ」


 人当たりの悪そうな少年に見えたのに、『緑葉の電賊』ヤクサは、全員を助ける方向で発言をした。


クウサ「クウサはいま、天啓を、得た」


 桃色の豹柄ジャージを着た大柄の女が、殺気を押し殺し、笑みだけを顔に浮かべるように努力をする。


クウサ「四人は、このまま計画通りに。クウサは、ここに残って、全てを引き受ける。その間に計画を実行して逃亡し、牢獄のクウサに便宜を図ればいい。そして、出所後に分け前を」


 自信に満ち溢れて神々しささえ有る『桃色戦鬼』クウサの宣言に、仲間達は誰も騙されなかった。


クロイス「何だよ、自分だけ見せ場を作ろうとしやがって」

ヴァラ「自殺したい時は、自分自身だけを殺せと言っているだろう、この(放送禁止用語)」

ニルサ「勝ち率、クウサのオッズは幾ら? 五割より上なら、乗るよ?」

ヤクサ「計画をアレンジするなら、聞くだけ聞いてあげるけれど、時間を無制限に割くと思わないでくれ?」


 仲間からの大不評に、クウサは忍耐力を発揮して思い付きを述べる。


クウサ「軍の撤退戦と同じだ。一人が最後尾で追っ手を引き受ければ、捕まるのは一人で済む。残りの四人でフォローすれば、捕まった一人は快適に牢獄で過ごせる。その役を、クウサが、引き受ける。

 アレンジは、以上。

 さ、異論反論を」


クロイス「小官は、その条件で約束する」

ヴァラ「出来ない約束をするな」

ニルサ「クロイスに賛成。クウサのアレンジに、乗る」

ヤクサ「手繰られて逮捕されるから、逃げる時は一生縁を切ってメールも送らない」


 クウサは黙ってスペアリブを骨ごと頬張りながら、仲間の承諾を待つ。


クロイス「達成可能な条件だ。逃亡先で落ち着いてから、連絡を付けられる手段を講じればいい」

ヴァラ「落ち着ける逃亡先が存在するのかな?」

ニルサ「リチタマ(惑星)にゃあ、帝国の電波が届かない場所の方が、多いって」

ヤクサ「賞金首に指名されるから、南極でペンギンに転職しても、捕まるよ」


 五人が全員、黙考に入る。


 そこで一同の上空を、見慣れない影が覆って通過する。

 大鴉のような翼を駆動させる軽装備の戦闘機が、スリーポイント銀行の屋上へと、着陸を優雅に果たす。

 五人の携帯端末に、標的が近くに来ているという情報が入る。


クロイス「我々の間合いに入った。天祐だ」

ヴァラ「引く理由が無くなるのは、死亡フラグな」

ニルサ「あの機体は三人乗り。護衛は二人しかいない」

ヤクサ「銀行の護衛を、もう忘れている。武鎧持ちが六名は常任している」

クウサ「地上階に押し寄せる増援は、クウサが押さえておく。行ってくれ」

クロイス「では、クウサに任せる」

 

 『黒夜叉』クロイス

 『蒼天の射手』ヴァラ

 『黄巾騎士』ニルサ

 『緑葉の電賊』ヤクサ


 四人は自分の勘定分をクウサに渡すと、一般客に混ざって銀行内へと入って行く。


 『桃色戦鬼』クウサは、多めの札を財布に仕舞いつつ、別れも言わない仲間たちの勘定を、店員に支払う。

 合計して八万円は余分に、クウサの懐に入った。


クウサ「少なくはないけど、多くもなし。黒夜叉隊らしい」


 クウサは苦笑しながら、銀行と喫茶店の境目で、仲間の最後尾を守るポジションに付く。



 同時刻に、この店の反対側に、五人組にとっての死神が既に座っていたなんて、彼らは把握していない。

 知っていても、「そんなものだ」と軽く済ませただろう。

 チームでの撃破数がS級戦闘ユニット二十八、B級戦闘ユニット三百八十四という記録を保持する黒夜叉隊は、死神に会う事に慣れている。


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