文化祭④六つのバッヂと夏のはじまりへ
「サクランボのバッヂ? あるけど?」
教室に戻ったおれたちは大いに驚かされた。
月乃がこともなげにサクランボのバッヂを付けていたからだ。
「ここに来てくれたお客さんがつけていたから交換してもらったの。音符よりもこっちの方が可愛いでしょ?」
これで三つ。
「あたしもお客さんに交換してもらいましゅた」
「うす」
ポプラと矢島もそれぞれサクランボをつけている。
これで五つ。なんだか調子が良すぎないか。
「まぁでも、残りは一つか。多分なーな先生がつけていたものだと思うんだけど」
「かなり走り回ったが高菜先生の姿は見かけなかったぞ。もしかしたら指定場所で待機しているのかもしれないな」
バッヂが六つ集まったら指定された場所へ。
そういえば指定場所ってどこだ? なにも聞いてないぞ。
「見てくらしゃい、サクランボのヘタの部分に小さく文字が入ってましゅ」
ポプラの一言で、全員がサクランボに注目した。
「よし、一人ずつ読み上げろ。わたしは『集』だ」
「あたしは『上』でしゅ」
「『れ』っす」
「わたしは『ま』だよぉ」
「えーと私は……『屋』って書いてある!」
集・上・れ・ま・屋。
並べ替えると────、
「『屋上集まれ』れしゅね! たぶん抜けているのは『に』か『へ』で、『屋上に集まれ』ってことだと思いましゅ!」
ポプラが真っ先に回答にたどり着いた。
さすが首席。
さっきの騒動があって、和風喫茶の料理はすべて売り切れてしまったらしい。
教室内は閑散としていて、浴衣から制服に着替えている生徒も多い。
おれたちは協力して片づけを済ませたあと、屋上へ向かってみた。
「……あれ、だれもいないぞ?」
なーな先生の姿は影も形もない。
屋上の入口も南京錠で施錠されていており、決められた番号を入れる必要があるみたいだ。
「ふむ、南京錠は六ケタだな。六つのバッチすべてが集まったところで数字が分かるといったところか」
謎解きは振り出しに戻ってしまった。
「すまないがわたしは生徒会の用事で一度離れる。夕方五時、またここに集合だ」
「じゃあおれたちはなーな先生を探すか」
「うん、そうしよう。涼ちゃん」
「はいはい、わたしも混ぜてー」
「あたしも探すでしゅ」
「うす」
──こうしておれたちは手分けしてなーな先生を探し回ったものの、手がかりさえ見つけられないまま時間が過ぎていった。
一体先生はどこに行ってしまったんだ?
夕方五時。校内に物悲しいチャイムが鳴り響いている。
「タイムリミットか」
佳乃が険しい表情で腕を組んだ。
結局なーな先生は見つけられず、六ケタの番号も分からずじまい。ためしに他の人のバッヂをいくつか見せてもらったけど『屋上に集まれ』以外の文字は見つけられなかった。
なんだか悔しいな。
せっかくここまで頑張ったのに。
「……でも、なんだかんだ楽しかったよね」
なぎさの声が弾む。
「みんなで期末テストの勉強して、毎日遅くまで文化祭の準備して、今日はお客さんもたくさん来てくれたし、なーな先生探すのも楽しかった」
「なぎさ……」
「そうねぇ、わたしもお客さんがたくさん来てくれて嬉しかったなぁ」
月乃も楽しそうに肩を揺らす。
「あたしもかき氷美味しかったれしゅ!」
「接客なんてもう懲り懲りっす」
「しまった! 生徒会の活動で忙しくせっかくのかき氷を食べ損ねてしまったではないか! 鈴木、いまからでも削ってくれないか?」
「もう氷残ってないから無理ですよ委員長」
思い思いに文化祭の出来事を語る。
あぁ、そうだな。
バッヂ集めは成功しなかったけど、なぎさやB組のみんなと過ごした文化祭はすごく楽しかった。
一生に一度。
この夏はもう二度と来ない。
なぎさ、月乃、佳乃、ポプラ、矢島。そしておれ。
六人がこうして集まる夏はもう二度と来ない。
「あら、思ったよりも少なかったのねー」
階段下からなーな先生が上がってくる。
サクランボのバッヂもちゃんとつけている。
「先生どこにいたんですか? ずっと探していたんですよ!」
「え? リア充な生徒たちを見るのがイヤで保健室で寝て──いえ、ケガをして運ばれてくる生徒がいないか見張っていましたけど」
いま「寝ていた」って言いかけたな? まぁいいや。
「先生に折り入ってお願いがあるんです。実はおれ以外の五人はサクランボのバッヂを持っているんです」
「なんですか? あ、バッヂはあげませんよ。これは先生のですからね」
「はい、構いません。先生が六人目になって皆にプレゼントをあげてください」
「涼ちゃん! それはダメだよ!」
なぎさが非難の声をあげた。
「これは元々涼ちゃんのバッヂだよ。のけ者になるなんてダメ。それだったら私が」
ムキになってバッヂを外そうとするので必死に首を振った。
「いいんだよ。それはおれ自身がなぎさにあげたものだ。ここにいるみんなも誰かから貰ったものなんだから、プレゼントを受け取る資格がある」
「だったらわたしのけあげるよ」
「いや、わたしのをやる」
「あたしもでしゅ!」
「ほらよ」
みんながみんな、おれにバッヂを差し出してくる。
あぁもうなんだよ、嬉しくて泣けちまう。
「~~~~ああもう、分かりました! 分かりましたよ! 先生のをあげます」
痺れをきらしたなーな先生がずいっとバッヂを差し出した。
「いいんですか? 先生もプレゼント貰いたいんじゃ?」
「構いません。それにプレゼントと言っても……」
そのときだ。屋上の窓から差し込む夕日によって六つのバッヂにそれぞれ白い数字が浮かび上がった。数字だ。
「でかしたぞ、これが解除番号だ」
さっそく佳乃が六つの番号に合わせると南京錠がするりと外れた。
扉を開けるとそこには──。
「なんだこれ、桟敷席……?」
朱塗りの布で覆われた桟敷席が三つ用意されていた。
なーな先生か呆れたようにため息をつく。
「そう、プレゼントは特等席での花火観賞です。一度きりの夏です、素晴らしい景色を満喫してくださいね」
……ドォン、ドォンと花火が打ちあがる。
「きれいだね」
おれとなぎさは肩を寄せ合って花火を眺めていた。
ちなみに他の四人は別の席だ。
「納得できん。なぜわたしが鈴木の隣じゃないのだ!」
「はいはい、おねーちゃんは黙ってて。わたしの膝の上気持ちいいでしょ?」
「お店で売ってたりんご飴は美味しいでしゅ、矢島しゃんもどうじょ!」
「うっす。……ん? これって間接キスしゃないっすか?」
「あーあ。リア充なんて爆発しちゃうばいいのに~」
四人+先生には悪いけど、花火の光に彩られたなぎさの横顔は息を呑むくらい綺麗だ。せっかくなのでまた浴衣に着替えてくれた。
「ねぇ涼ちゃん」
なぎさの方から手を重ねてきた。
「私、この花火を一生忘れないと思う」
瞳には涙が光っている。
「おれは……ちょっと違うかな」
「え?」
びっくりしたように瞬きするのでニッと笑って見せた。
「だって夏はまだ始まったばかりだぜ。今日に負けないくらいたくさんの思い出をたくさん作りたい。今年も、来年も、再来年も、ずっと、なぎさと一緒に思い出を積み重ねていきたいんだ。今日が最高だなんて勿体ない」
「涼ちゃん……」
頷くかわりに、肩にもたれかかってきた。
ちょうどハート型の花火が打ち上げられ、夜空にパッと花開く。
「なぎさ。おれはなぎさのことが大好きだ」
「私も。世界で一番好きだよ」
いましかない夏を。
これからもずっと続く夏を。
大好きな彼女や仲間とともに過ごしていく。
だって、おれたちの学生生活はまだ始まったばかりなんだから。
おわり。
ここまでご覧いただき、ありがとうございました。
桜庭なぎさはおれの心をもてあそぶ せりざわ @seri
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