【縁側で夕涼みするルート】

 風呂で火照った体を冷やすため夕涼みできる場所を探してぶらぶら歩き回っていると、


「涼ちゃん。いま出たの?」


 向日葵柄の浴衣を着たなぎさが縁側に腰かけていた。

 周りにだれもいないことを確認し、おれも隣に座りこむ。


「なにしてたんだ?」


「涼ちゃんを待ってたの。早く出てこないかなぁって」


「寒くなかったか?」


「ううん、へいき。涼ちゃんの顔見たらポカポカしてきた」


「ばーか」


 気休めだが何もないよりはと思い、風呂場から持ってきたタオルを肩にかけてやった。思うところあってそのまま肩を引き寄せると、なぎさは抵抗することなく寄り添ってきた。


 体が熱い。風呂に入ってた時よりずっと。


「……なんかびっくりだよな、急にお泊まりなんて」


「うん。でも修学旅行みたいでちょっぴりワクワクしてるんだ。私、中学のとき行けなかったから」


「そうなのか?」


「連戦続きで体調崩しちゃって。自己管理ができてないって情けなかったけど、本当はそれだけじゃないんだ」


 青白い月に照らされた横顔が寂しそうに微笑む。


「パパが……私に水泳の楽しさを教えてくれたお父さんが病気で死んじゃったんだ。余命宣告されていたから覚悟していたつもりだったんたけど、お父さんすごく頑張って余命よりもずっと長く生きていたからもう平気なんじゃないかって思ってて。だから亡くなった当日も試合に行って、お母さんから電話もらって駆けつけたときにはもう顔に白い布をかけられていた」


 なぎさは涙をこらえて気丈にも前を見ている。だけど伏せがちの眼差しはまだ現実を受け止め切れていないことを物語っている。


「お父さんは昔からお腹ぽんぽこのタヌキさんみたいな体形を気にして週に何度か泳ぎに行っていたんだ。私も五歳くらいから一緒に行くようになって、泳ぐのが上手いねって褒めてもらったのがきっかけでスイミングスクールに入ったんだよ。だからお父さんが亡くなってからもガムシャラに試合に挑んできた。負けたことをお父さんのせいにしたくなかったし、天国に行っちゃう前にお父さんに私の泳ぎを見てもらいたい一心で。……結果はボロボロ。水たちが私を拒絶しているのが分かった、すごく力んでたんだと思う」


「そっか……」


 おれの両親は健在だし、じいちゃんばあちゃんもピンピンしている。

 身内を亡くしたなぎさや月乃に本当に意味で寄り添うことはできない。でも、こうして隣で話を聞いてやることはできる。


 空では月が輝いている。

 吸い込まれそうなほどきれいだ。


 隣でなぎさが鼻をすすった。


「でもいまは涼ちゃんや優しい友だちに囲まれて元気にやってるから大丈夫だよ。突然変な話してごめんね。――聞いてくれてありがとう」


「いや全然。こっちこそ話してくれてありがとうな。もしなぎささえ良ければ今度お墓参りに行かせてくれよ」


「なんで?」


「大好きな親父さんが心配しなくていいように、ちゃんと挨拶したいじゃん。おれがなぎさの彼氏です。一生大切にしますから安心してください――ってさ」


「あっ……」


 嬉しそうな笑顔。

 やっぱりなぎさには笑顔がイチバンだ。


「でもお父さんは厳しいんだよ、柔道の国体選手だったんだから足払いされちゃうかも」


「そのときは得意のジャンプ力で回避するさ」


「顔もイカつくてすっごく怖いんだよ」


「ちょっとビビるかもしれないけど我慢する」


「……ありがと」


「うん、どういたしまして」


 やわらかな風が吹き抜ける。

 なぎさの肩を抱いて向き合い、そっとキスをした。

 湯上がりのなぎさの体は熱くて、唇はやわらかい。


 月だけが見てる。

 ――いや、もしかしたら親父さんも草葉の陰から見ているかもしれないな。すまん、親父さん。なぎさはきっと幸せにするから。



 肩にもたれていたなぎさが不意に目線を上げた。


「ね、花火しない?」


「なんで花火?」


「じゃじゃーん!」


 どこからともなく色鮮やかな袋を取り出した。


「手持ち花火じゃん。どうしたんだそれ?」


「藤堂さんがくれたの。何年か前に買って残ってたものらしいけどまだ使えるはずだからどうぞって。蝋燭とライターもあるよ。やってみよ」


 早速、置いてあったサンダルを借りて庭先に出た。

 消火用のバケツに水を張り、ライターで火をつければ準備万端。手頃な花火を手にとって火に近づけるとヂッと音がして緑色に光った。


「お、ついたぞ」


「私も私も! わあ、きれい」


 ぐるりと円を描いたり煙を浴びたり。なぎさは声を上げてはしゃいでいる。


「涼ちゃん、楽しいね。すごく楽しい。みんなで勉強して、みんなでご飯食べて、みんなでお風呂に入ってこれから寝るんだよね。今夜胸がドキドキして寝られなくなったらどうしよう」


 まるで子どもみたいだ。


「そんなこと言って本当の修学旅行はどうするんだよ。まだ先だけど」


「でもB組のみんなといられるのは今だけじゃん。旅行中のホテルはきっと別だろうから涼ちゃんとこうして話することもできないと思う。今だけなんだよ、今しかない。だから楽しみたいの。一緒に」


 騒ぎを聞きつけて月乃、ポプラ、矢島が姿を見せた。


「わー花火れしゅ! やりたいれしゅ!」


「楽しそうじゃない。わたしも一本もらおうかなぁ」


「どれだけ長くもつか競争っす」


 花火と煙と夏の夜。

 今しかない時を楽しんでいる。

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