バレてた
カラオケ店でたまたま居合わせた簪月乃。
こっそり覗いていたことがバレて焦っていると、ちょいちょい、と手招きされた。
「おれ?」
「そう、きみきみ」
繰り返すが1組と2組はいがみあっている。月乃はなぎさの友人でもあるが理事長の孫娘として2組を取り仕切っている立場だ。
そんな相手が、敵対している1組のおれを呼んでいる。一体どんな風の吹き回しだろう。
……はっ! まさか監禁する気か?
いや、恥ずかしい写真を撮って脅す気か?
それとも「なぎさになにしてるのかなぁ? ああん?」と矢島瞳ばりにプレッシャーをかけてくる?
いろんな想像が次々と浮かび、頭の中でぐるぐると渦を巻く。
「どうしたの。早くおいで。他の人たちに見られたくないでしょう」
はっと気づくと月乃自ら扉を開けて手招きしていた。
他の人たち。
そうだ、おれ以外の青葉丘校生が立ち寄っていてもおかしくない。簪月乃と一緒にいたと噂が広まったら、なぎさにもあらぬ誤解を抱かれるかもしれない。
それだけはダメだ。
「失礼します!」
おれは急いで中に飛び込み、きちんと扉を閉めた。
ふぅ、これで一安心…………じゃねぇよ!!
わざわざ密室で二人きりになってどーすんだよ!! バカかおれは、バカなのか!!
頭を抱えていると後ろから鈴が転がるような笑い声が響いてきた。
「きみは本当に面白い人だねぇ。前から一度話をしたいと思ってたんだ、ここに座りなよぉ」
月乃はコの字になったソファーの一番端に座っている。さも当然のように自分の隣を指さしたが、さすがにそこはない。悩んだ末、反対側(扉から中を覗いても死角になる位置)に腰を下ろした。
「用心深いんだねぇ、いい心掛け」
耳にかかった髪を払いのけるとなんともいい匂いがした。
簪月乃。
いつもなぎさの隣にいるのでじっくり見たことはないけど、ロシア系の血を引くモデルだけあって一挙手一投足がサマになる。ゆるくうねった髪は艶やかで、大きな瞳は青みかかった灰色。左目の下の泣きほくろがアンニュイ(気だるげ)な雰囲気を醸し出している。
「今日はどうしたの? 歌いに来たの?」
机の上にあったレモンティーを飲みながら親しげに話しかけてくる。
スマホを操作した様子はないけど、知らないうちに録画や盗撮をされているかもしれないので、出来るだけ慎重に言葉を選んだ。
「ええ、まぁ。そんなところです。簪さんも?」
「ルナでいいよ。簪って呼ばれるのキライなの」
キライ、の部分に熱がこもっている。
同じ姓の簪佳乃を敵対視しているからだろうか。でも、それならどうしておれを招き入れたんだ?
「なっちゃんは?――あぁそっか、部活だったね。大場部長に引きずられていったのかな」
「そうです! よく分かりましたね! 透視能力でもあるんですか?」
「透視?」
月乃は目をきょとん、と丸くしたかと思うと、こらえきれないように噴き出した。
「っはははは、なに言ってんの、透視? 意味わかんない、ほんとウケる、ぁははは、っはぁ、はぁ、お腹痛い……たすけてぇ……」
抱腹絶倒とは正にこのことだろう。
靴をほっぼり出してソファーに寝そべり、げらげら笑っている。相当ツボったみたいだ。
どうしようおれ、バカ丸出しじゃないかな。
「はぁ、ふはぁ、もぅ、死にそう……」
まだ笑い転げている。
そんなにおかしかったかな?――でも、こんなに大笑いしている彼女を見るのは初めてだ。いつも廊下でバトルになったとき佳乃をからかう姿しか覚えてない。
「はぁ……笑った。一生分笑ったかもしれない。喉乾いたぁ」
「あ、おれ、なにか飲み物持ってきましょうか」
「ありがと。ミルクティーお願い」
笑い疲れてぐったりしている月乃を見かね、ドリンクバーでお望みどおりのミルクティーを入れてきてやった。部屋に戻ったときには月乃は姿勢を正していたけど、おれを見ると、ぷぷ、と思い出し笑いしている。そんなに可笑しいか?
「お待たせしました、ミルクティーです、月乃お嬢様」
「ありがとう。でも次にお嬢様って言ったらハイキックお見舞いするからね」
にこやかな笑顔のまま恐ろしい発言をする。怖い。
「わたし、簪の姓やカノのこと口にされるのが死ぬほど嫌いなの。だれにでも一つや二つ、触れられたくないことはあるものでしょう?――たとえば、きみとなっちゃんが真剣交際していることとか」
どきっ。
「……桜庭なぎさがそう言ったんですか?」
念のため確認してみた。
なぎさがおれのことを月乃に説明したとは聞いていない。
となればハッタリかも知れないのだ。
「ううん。なっちゃんは何も教えてくれない。でも分かるの。どうしてだと思う?」
「…………透視能力で」
「ぷくく、くくく」
「いまわざと言ったでしょう」
「だってぇ」
なんだ、この不毛な会話は。
「ヒントをあげる。わたしはいつもひとりでお昼を食べているの。どこでだと思う? とても眺めがいいところ」
「どこだろう……最上階にある理事長室とか」
「おじいさまと顔を合わせながら食べるなんて死んでもイヤ」
「じゃあ屋上ですか?」
「正解。非常口階段が良く見えるんだ。そこで逢引きしているカップルも」
絶句した。
非常口階段と言えばなぎさとおれがいつもイチャイチャしている場所じゃないか。
デートの前から月乃はおれたちの関係にとっくに気づいていたんだ。
「安心して、本当のことはだれにも言ってない。なっちゃん自身にも。あと、なっちゃんがきみに接触しているのは1組の内情を探るためだと言いくるめたのもわたし。――なんでわざわざ事実を歪めたと思う?」
「そりゃあ1組と2組は仲が悪いからですよね」
「そ。なっちゃんは2組のムードメーカー的存在だからクラス内の雰囲気を悪くしたくないの。もうひとつ、うちのクラスの担任だれだったか覚えてる?」
「数学講師の尾崎先生ですよね──あ、水泳部の顧問です。なぎさのとこの」
「そう。尾崎先生は水泳部をとても大切にしてる。正確には記録という名の実績作りをね。だから競泳のエースであるなっちゃんが隣のクラスの男子生徒に入れ込んでいると知ったら、クラスも水泳部もどうなるか分からない。出来るだけ内密にしておきたいって事情があるの」
なるほどねぇ。
だからなぎさがおれに接触するのは恋愛感情じゃないってことにしたいのか。想像以上に面倒くさいことになってるんだな。
でも、おれとの交際がバレてなぎさが矢面に立たされるのは本意じゃない。
なぎさにはいつも笑っててほしいんだ。
――ふと、疑問が湧く。
どうしてわざわざおれに内情を教えてくれるんだ?
「簪……ルナさんはどうしておれにそんな話をするんですか? 敵なのに」
そう尋ねると、形の良い唇が上がった。
「きみが根っからのバカじゃなくて良かった。わたしは事情があって1組やカノと敵対しているけど、友人としてはなっちゃんの恋を応援してあげたいの。でもまだきみのことをよく知らないし、いまいち信じきれない。だから試させてもらいたいんだ、二人の愛が本物なのかを」
「……どうすればいいんですか?」
思わせぶりに目を細めた。
なんだかいやな予感がする。
「そうねぇ、たとえば――――なんてどう?」
提案された条件は、驚くべきものだった。
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