B組のクラス委員長

「え……と、今日からB組の担任を務めます高菜です。みなさん、お手柔らかに」


 なーな先生の控えめな挨拶の下、B組の一日が始まった(といっても2時間目だが)。


「すでに説明を受けていると思いますが、先日2組と5組の生徒が校外においてケンカをし、お店や地域住民の方に多大なるご迷惑をおかけしました。理事長以下職員はこの件を重く受け止め、1組および2組に対するある種の特別扱いを改めることとしました。また、クラス間の交流や相互理解を深めるために臨時的なクラス替えを実施した次第です。この扱いは一学期のみとし、二学期――つまり夏休み明けからは元のクラス編成に戻る予定ですが、延長される可能性もあります。なお授業の進み具合はほぼ同じなので安心してください。慣れない環境とは思いますが、他クラスの方々と仲良くして、一日でも早く元のクラスに戻れるよう頑張りましょうね……ふぅ、言えたぁ」


 A4用紙を片手に長文を読み上げたなーな先生は最後の最後でボロを出してしまった。

 1組の生徒たちなら我が子を見守るような生温かい眼差しを向けるところだが、B組の教室内はしーんと静まり返っている。


 正直、みんなそれどころではないのだ。

 同じ学年とは言っても、部活や委員会などのつながりがなければ、せいぜい顔を知っている程度の他人同士。クラスの雰囲気や自分の立ち位置が明確でない以上、騒がず静かにしているのが得策だ。


 おれも大人しくしていよう……と思ったら、右横からツンツンと腕をつつかれた。


「あの先生1組の担任だよね? なんだか可愛いね」


 隣の席は――そう、なぎさだ。

 この教室に入ったときすでに座席は決まっていて、おれとなぎさはまるで運命のように隣同士だったってわけ。もちろん心の中で盛大にガッツポーズしましたとも。


「だろ? なーな先生って呼ばれてるんだぜ」


「へぇ、私もそう呼んじゃおっかな」


 目があるとにっこりと微笑んでくれる。

 あぁ、うそだろ。おれはいまなぎさと肩を並べて授業を受けているのだ。おお神よ。これは夢ですか? 夢なら醒めないでほしい。


「……鈴木、姐さんに色目使うんじゃねぇっす」


「ひぃっ」


 背筋がぞわぞわっとするような視線を感じた。


 この席の問題点。右隣は天国のようななぎさの笑顔が咲き誇っている一方で、左隣に首を巡らせれば、地獄の炎を吐きだしそうな野獣・矢島がうなっているのだ。

 神様はやはり試練を課すのだ。右と左の温度差がありすぎて風邪引きそう。


「どうどう、ひとみん落ち着いて」


 おれの前の席は月乃だ。

 美少女を後ろから眺めるというのも不思議なもので、うなじにかかる髪のサラサラ感やピンと伸びた背筋につい目が向く。


「あらぁ、なんだか後ろから熱心な眼差しを感じるなぁ」


 手鏡を取り出して鏡越しに視線を送ってくる。青灰色の目はさも楽しそうに輝いていた。

 あんまり凝視するのも考えものだな。


「ぐふふふ、ここなら涼太様を隠し撮りし放題でしゅ……」


 おれの後ろはポプラ。だから心の声がダダ洩れだっつーの。


 右になぎさ、左に矢島、前に月乃、後ろはポプラ。

 前後左右を女性陣に囲まれたおれは居心地がいいような悪いような、とても微妙な気持ちだ。


 佳乃委員長はというと……おれたちがいる教室の真ん中とは遠く離れた廊下側の最前列におとなしく座っている。


 教壇でなーな先生がぱんぱんと手を叩いた。


「えーと、夏休みまでの仮クラスではありますが、文化祭もあることですしクラス委員長を決めたいと思います。だれか、立候補や推薦はありますか?」


「はい! 鈴木涼太しゃんがいいと思いましゅ!」


 まっさきに手を挙げたのはポプラだ。

 しまった、こいつ思い立ったら猪突猛進ガールだった。


 なーな先生は黒板におれの名前を書き記す。


「鈴木涼太さんですね、他には?」


「あ、はい! 鈴木涼太くんが委員長なら私が副やります!」


 つづけて挙手したのはなぎさだ。

 いや、おれが委員長するとは決まってないから!


「姐さんが副ならあたしが委員長やるっす!」


 と、矢島も勇んで手を挙げる。


「えーと、涼太くんが委員長ならわたし副に立候補しようかなぁ」


 月乃だ。すかさずなぎさが立ち上がった。


「ルナっち、副は私だってば!」


「あら? でもまだ決まってないでしょう?」


 なんだか混沌としてきた。

 おれたちの他にも続々と手を挙げて好き放題に喋っている。これじゃあ収拾がつかない。こんなときは佳乃委員長が一喝してくれるんだけど……。


 静かだ。微動だにしない。あの佳乃が。

 なんだか変だ。


「カノちゃんはね、ちょっぴり責任感じてるのよ」


 すすーっとイスを引いて近づいてきたのは月乃だ。


「なんの責任ですか? ケンカやクラス替えは佳乃委員長には関係ないですよね」


「そ。しかもケンカを仕掛けてきたのは5組側でウチの2組の生徒は被害者。でも職員の誰かがそもそも1組と2組の対立をあおっているのはカノちゃんだ、とか言ったらしくて責任を感じているのよ。クラスの人間全員を管理・支配できるわけないんだからもっとテキトウでいいのにね。ヤになっちゃう」


 口ぶりは辛らつだけど義理の姉に対する哀れみが垣間見える。


 ようやく合点がいった。

 昨日「解散」と言ったのもここ数日の思いつめた表情も責任感の強さゆえだったのか。


 ならば。


「あのぅ……先生、ちょっといいですか」


「はい、鈴木君、どうぞ」


 指名されて立ち上がると教室内が静かになった。


「推薦はありがたいんですけど、おれは大会を控えているので委員長はできません。2組の前委員長である桜庭なぎささんも同じくです。クラスをまとめるのであれば1組の前委員長・簪佳乃さんが適任だと思います」


「ふぇ!!??」


 素っ頓狂な声が返ってきた。

 立ち上がった佳乃は戸惑いを隠さない。


「だ、だが……」


「いいんじゃない。カノちゃんならしっかりクラスをまとめてくれると思うなぁ」


 と月乃も援護射撃してくれる。

 これにはなーな先生もほっとした表情を浮かべた。


「では簪佳乃さんに委員長をお願いしてもいいですか? 異議はありませんね、では決定~!」


 ぱらぱらと拍手が聞こえる。

 恥ずかしそうにしていた佳乃はおれの方を見て「余計なことを」とばかりに目を吊り上げたけど、ピッと姿勢を正し、


「簪佳乃です。クラス委員長の職、謹んでお受けします。よろしくお願いいたします」


 みんなに向かって深々を頭を下げた。

 拍手がさらに大きくなる。うん、B組はいいクラスになりそうだ。


 などと安心していたのがいなかった。

 頭を上げた佳乃は油断していたおれをピッと指し示して一言。


「ちなみに副委員長はおまえだからな、鈴木」


「ええー!!」


「委員長指名だ。自分ばかりが責任を逃げられると思うなよ。断ることは許さん」


 前言撤回。先行き不安……。

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