解散?…新しいクラス?

 翌日、はやる気持ちを抑えて登校したおれだったが、正面玄関前の掲示板には既に人だかりができていた。


「なんだこれ」

「なんで?」

「どういうこと?」


 集まっている生徒たちはみんな一年生だ。1組の生徒だけじゃない、1~6組までの一年生全員がなんらかの当事者らしく、戸惑いの表情を浮かべてチラチラと掲示板の方を見ている。


 一体なんだろう。なにが起きているんだろう。


「おはようございましゅ涼太しゃん!」


「うわっ!」


 突然背中を叩かれて飛び上がりそうになった。実際ちょっと跳んだ。

 相手は男バドのマネージャー、ポプラだ。


「なんだマネージャーか、驚かせるなよ~」


「そんなにびっくりしたんでしゅか?」


「もちろん。三メートルくらい跳びそうになった」


「わぁ! しゅごい鋭角スマッシュ決められましゅね!」


 おっと、こんなことしている場合じゃない。掲示板を見なければ。

 とは言えアイドルの握手会並みにごった返していてなかなか前に進めない。


「なぁマネージャー、あの掲示板なにか分かる?」


 ポプラは1年4組だ。無関係ではない。


「ん? 涼太しゃん掲示板まだ見てないんれしゅか?」


「逆にマネージャーは見れたのか? こんなに人がいるのに」


「はい。さっきお兄ちゃんに肩車してもらいましゅた。目はいいんでしゅ、両目とも2.0」


 色々突っ込みたいところはあるけどここは我慢。


「単刀直入に聞く。なにが書いてあったんだ?」


 ポプラは目をぱちぱちさせてからコキンと首を傾げた。



「なにって――クラス発表れしゅよ?」



 クラス発表?

 なんの?


「聞いていましぇんか? 今日からクラス替えれしゅよ?」


「ぜんっぜん何も! 昨日委員長が1組解散って言って…………え、まじクラス替え……え、なんで?」


 自分でもなにを言っているのか分からない。

 青葉丘では卒業までクラス替えはないと聞いている。入学説明の資料にもそう書いてあったはずだ。


 


 やむを得ない事態が発生した場合はこの限りではない。


「まさか……!」


 なぎさが言っていた2組と5組の生徒がケンカした件、これを重くみた学校側が強硬手段に打って出たのではないか。


「掲示板にあったのは『一年生は本日2時限目より定められた教室に移動し、クラス担任の指示の下、授業を受けなさい。詳細は朝のホームルームにおいて伝える』――ってことでしゅ。その下にクラス名簿が貼ってあったでしゅ」


 クラス名簿!


 おれは居ても立っても居られずに人ごみに突進した。


「すみません通ります、すみません、通してください!」


 もしかしたら、もしかしたら、もしかしたら……!!


 人ごみをかき分けて最前列に飛び出したおれの前に巨大な紙がででん、と姿を見せた。


 数字ではなくA~F組に名前が振り分けられている。


 鈴木涼太、鈴木涼太、鈴木涼太……おれはどこのクラスだ。

 名前を探している間中、指先がぶるぶる震えていた。まるで合格発表だ。


 鈴木圭太、鈴木陽介、鈴木仁志……おい鈴木姓多すぎだろ!


 落ち着け落ち着け。

 名前で探すんだ。


 山本良太、小田亮太、田中諒太……リョウタ多すぎ!!


 あーダメだ。緊張しすぎて自分の名前を見つけられない。


「鈴木涼太、鈴木涼太、鈴木涼太、どこにあるの」

「そうだよ鈴木涼太はどこに……え?」


 パッと横を見ると隣でおれの名前を連呼していたのはなぎさだった。

 目が合うと「まずいところを見られた」とばかりに赤面して固まる。


「あ……おはよう、桜庭なぎささん」

「う、うん、おはよう、鈴木涼太くん」


 おれたちが付き合っていることは内緒。だから学校内で会うときはフルネームで呼び合っている。親密さを隠すために態度もぎこちなくなるのだ。


「なんかびっくりだよね。クラス替えなんて」


 なぎさはおれとクラス名簿を交互に見ながらためらいがちに声をかけてきた。


「……あの、名前はあった? 何組だった?」


「それがまだ見つけられないんだ。おかしいよな、200人くらいしか載ってないのに自分の名前が分からないんだ」


「私も。自分の名前見つけるのに5分もかかっちゃって」


「見つけた? 何組だったんだ?」


「B組。教室は2組のところだから移動しなくていいみたい」


「そっか、良かったな」


 なぎさはB組か。もしおれが他組だったら今までとなにも変わらない。


 確率から考えれば他組でもおかしくない。

 だから一緒に探そうとも言えずに、今一度名簿を見上げた。

 たしかにB組の上から4番目に「桜庭なぎさ」の名前がある。どうやら男女別のあいうえお順のようだ。ということは「さ行」のおれは男子の列を上から見ていけばいい。


 鈴木涼太、鈴木涼太。


「鈴木…………あっ」


 桜庭なぎさの隣に名前がある。鈴木涼太。うん、間違いない。同じ学年に同姓同名はいない。


 クラスは――――









 うそだろ――――









 ――――B組だ。

 なぎさと同じクラス。



「「……!」」


 おれとなぎさは顔を見合わせた。

 向こうもほぼ同時に見つけたらしい。唇がぷるぷると震えて瞳が涙でにじんでいく。


 昨日言っていた「同じクラス」がこんなに早く叶うなんて。


「鈴木涼太くん……」

「桜庭なぎささん……」


 もしここが校内でなければ抱き合って喜びあいたい。

 それくらい感激していた――のだが。


「鈴木もBぃ!? なんでっすか!!」


 背後で大声が上がった。

 まさかと思って振り向くと、つま先立ちしていた矢島瞳がおれをにらんでいた。


「ぐるるるるる……」


 うなってる。威嚇している。怖い。

 ちらっと横目で確認すると矢島瞳もB組だった。


「どうどう、ひとみん落ち着いて」


 小柄な矢島を後ろから包み込んだのは月乃だ。

 身長差があるので矢島の頭に彼女が胸が乗る形になる。なんか色々すごいな。


「おはよう涼太君。今日からクラスメイトだよぉ、よろしくね~」


 まさかの月乃もB組!?


「涼太しゃん、あたしもBでしゅ、よろしくお願いしましゅ」


 いつの間にか隣にやってきたポプラが礼儀正しく頭を下げる。


「ぐふふ、涼太様のプライベート写真いっぱい撮っちゃうでしゅよ~」


 だから心の声ダダ漏れ!


 もしや、と思ってB組の名簿をあらためると「簪 佳乃」の名前もある。


 あぁ、なんでこうなるんだ。

 なぎさと同じクラスになったことを純粋に喜びたいのに、喜べない。


「……なんか分からないけど、負けられない闘いが始まる気がしてきた」


 慌てふためくおれの隣でなぎさの目に闘志の火がつくのが見えた。

 新クラス、不安しかない。

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