バド部のメンバー
……やってしまった。
またやってしまった。
土砂降りの雨の中でなぎさとのキスを交わしたおれは、部室でシャワーを浴びながらこれ以上ない後悔の念に襲われていた。
せっかく月乃からもらったチャンスを2回(いや3回?4回?)フイにしてしまった。
だって、雨に濡れたなぎさがあんまりにも可愛いから。……いや違う。おれの鍛錬が足りなかったんだ。おれの心が弱かった。もっと上手く立ち回ればなぎさを不安にさせることもなかったのに。
思えばバドミントンの試合でも後先考えずに突っ走ってミスすることが多いんだよな。
敗色濃厚になると焦りが募ってさらに凡ミスばっかり。
おれってほんと、ダメなやつだよな……。
※
「ゲーム、ワンバイ鈴木、21-9。鈴木しゃんの圧勝でしゅ!」
「ぐぉおおおお!!」
他のコートで試合をしていた部員たちが何事かと振り返る。
体育館に響き渡る雄たけびはおれが発したものではない。
おれのシングルスの対戦相手であるバドミントン部の部長が野生の熊さながらに吠えているのだ。
角刈りに眉濃い目のいかつい顔で、柔道や剣道でもやっていそうな三年生だ。
そんな見た目のくせに名前は本庄
「すずきぃいいいいい、もういっかいぃいいいい」
ネットをくぐり抜けてズンズンと迫ってくる。ノリが江〇2:50みたいだ。
「部長、真ん中くぐらないでちゃんとコートの端から出て来てくださいよ。基本でしょう」
「ちゃんとしたらもう一回対戦してくれるか?」
「いやです。もう三試合もやったじゃないですか。さすがに疲れました。他のメンバーとやってください」
「そう言わず泣きの一回、もう一回だけ!」
「さっきも同じセリフ聞きました」
「じゃあ怒りの一回!」
「なんにでも一回ってつければいいってもんじゃないでしょ!」
男子バドミントン部(略して男バド)に入部してから約一ヶ月。来るべき地区大会に向けて部内の士気は否が応でも上がっている。
というのも、おれたち一年が入るまで男バド部は三人しかいなかったのだ。
スポーツ特待生を積極的に受け入れている青葉丘高校だが、すべての部にまんべんなく特待生がいるわけではない。学校側が力を入れている陸上や競泳を除けば、バド部のように一般生徒だけで構成されている部も少なくないのだ。
「ありがたいことに今年は五人もの新入生が仲間になってくれた。全員で八人。団体戦にも出られる。しかもその内の一人は全国大会経験者の鈴木涼太。そう、おまえだ。おまえの足を引っ張らないようにオレたちも強くなりたいんだ! 分かるだろぉおおう!」
部長の暑苦しいまでの熱意はよく分かるけど、最大限のパフォーマンスをするためには休むときはちゃんと休んだ方がいい。
「いい加減にするでしゅ! 鈴木しゃんが困ってるでしょう」
顔面めがけてタオルを投げつけたのはジャージ姿の女の子だ。
一年四組の本庄
見た目は小学生かと思うくらい背が低くてあどけない顔立ちをしている。黒髪を左右に分けて花柄のシュシュが巻いてあるのも小学生っぽい。
「ね、鈴木しゃん」
にっこりと微笑みながらおれを見つめてくる。
「あ、うん……」
じつはおれ、この子がちょっと苦手だ。
というのも初めてバド部に顔を出した時――、
二か月前。
『あの、あのあのあの』
ストレッチをしていたおれに蚊の鳴くような声で話しかけてきたのがポプラだった。
『あぅ、あの、ぐふ、鈴木涼太しゃんれしゅよね?』
『そうだけど(ぐふっってなんだ)』
ぱぁあああと効果音をつけたくなるくらい顔が明るくなる。
『あ、あたし1年4組の本庄
銀杏みたいな手を差し出してくる。
あくし? あぁ、握手か。
『いつも応援ありがとう』
軽く触れる程度に手を握る。しっとりとやわらかい感触だ。
ポプラは瞬きを忘れて硬直していたが、手を離してからもずっと固まっている。
『もしもし? おーい』
心配になって声をかけると我に返ってぱちぱちと高速瞬きを繰り出した。
『はぅ、あう、あ、あああああくし……涼太様とあくし……この手に涼太様の汗が、細胞が、菌が、あああ』
ぶっ壊れた。
『きさまー! オレの大事な妹になにをした!!??』
――ということがあったからだ。
ファンだと言われて悪い気はしないけど、練習中におれが打ったシャトルを恐ろしく速いフットワークで拾ったり、ラケットのガットを張り直すときに頬ずりしていたり、汗をふいたタオルをくんくんと嗅いでいたりと、いろいろヤバイ。怖い。いろんな意味で。
今もそうだ。
「あ、汗が出てましゅね。あたしが拭いてあげましゅ」
子どもみたいな笑顔でタオルを構えている。
「いや汗くらい自分で拭……」
「きさまー! オレの妹の言うことが聞けないのかー!!??」
コートの向こうに戻った部長が吠えてる。
ピンク色のネットに遮られているせいで檻の中にいる野獣みたいだ。
「じゃあ……頼む」
「はい。れは早速!」
背の低いポプラはつま先立ちしながら必死に汗を拭いてくれる。
「ど、どうも」
なんだこのシチュエーション。気のせいかもしれないけどポプラのタオル吸収力が半端なくて汗だけじゃなくて皮脂まで持っていかれそうなんだけど。
「ぐふふ、涼太様の汗採取でしゅ……」
こわい。怖すぎる。
おれ、こんな部活でこれからやっていけるのかなぁ。
噂では水泳部のなぎさはどんどん記録を伸ばしているっていう話だ。彼氏のおれが不甲斐ない成績だったら釣り合わないよなぁ。
「……はぁ」
不安になっているとポプラがキリッと眉毛を吊り上げた。
「鈴木しゃん!」
最近分かってきたけどポプラは心の声が全部口に出てしまうタイプらしい。おれのことを「涼太様」って呼んでいるときは大体心の声(ただしダダ漏れ)だ。
「今日もしゅっごく格好良かったれしゅ! さすが全国大会の常連でしゅ」
「いやいや、常連と言っても二回戦負けばっかりで……」
「なに言ってるんでしゅか。お兄ちゃんなんて五大会連続県大会一回戦負けれしゅよ! 鈴木しゃんが前を向いてみんなを引っ張っていってくれるから、あたしたちも頑張れるんでしゅ。あたしには分かりましゅ。鈴木しゃんはもっと強くなる。男バドももっともっと強くなる。それがすっごく楽しみなんれしゅ!」
にぱっ、と向日葵みたいな笑顔が咲く。
なんだかちょっと、なぎさに似ている。
あぁそうだ、なぎさも言ってくれたじゃないか。
――「釣り合うとか釣り合わないとかじゃないよ」
――「私が鈴木くんとデートしたいと思ったの。私自身の心が決めたの」
そうだ。
なぎさの彼氏として胸を張れるように、もっともっと鍛えないと。強くならないと。
そのためには――。
おれはぐっと前を向いた。
「部長、試合やりましょう!」
「おお! やる気になったか!」
「はい、あと十試合!」
「お……おぉ。みんなで順番にやろうな」
そうさ。
心や精神力を鍛えるにはスポーツが一番じゃないか。
めまぐるしいテンポで展開していくバドミントンという競技は瞬時の判断を下すには最適だ。おれだってスポーツ特待生として入学しているんだ。
もっと鍛えて、もっと強くなるんだ。
いつか、誰の目もはばからず、堂々と、なぎさの隣を歩くために。
いまは一歩ずつ。
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