好きな女の子から「キスして」と言われてしない奴なんて…
雨はどんどん強くなる一方だ。
視界が閉ざされていくにつれて、おれとなぎさの距離は縮まっていく。
つん、と掴まれた袖が、まるで皮膚をつままれているみたいに痛くて熱い。
「涼ちゃん、一緒に傘入ろうよ。ずぶ濡れだよ」
そう言うなぎさも、いつおれが飛び込んでもいいように傘を傾けているせいで髪やスカートが濡れて色が変わっている。雨に濡れて透けたブラウスに白い肌が張りついていてびっくりするほど艶っぽい。
ああダメだ、もうこれ以上直視できない。
前々からカワイイとは思っていたけど、なぎさってこんなに色っぽかったか?
おれの心臓、頼むからもうちょっと落ち着いてくれ。
そんなに早く拍動したら、まるで、キスを急かしているみたいじゃないか。
こらえろ。
こらえるんだ鈴木涼太。
「ありがと。でも傘なくても大丈夫だから、全然気にするな。……ほら、部室行こうぜ」
目線を合わせないようにしながら、傘がわりのカバンをぎゅっと掴んで一歩二歩と進んでいく。
「……なぎさ?」
しかしなぎさがついてこない。
微動だにせず、立ち止まったままだ。
暗い表情で下を向いている。
「涼ちゃん、なんか変だよ」
「変……かなぁ」
「うん。ヘン。すごく変」
傘の向こうからおれを見つめる大きな瞳は不安そうに揺れている。
「――もしかして私のこと、嫌いになっちゃった?」
なぎさの声は震えている。
さっきとは違う意味で心臓が早鐘を打ちはじめた。
ちがう。ちがうんだ。
そんな顔が見たかったんじゃない。
これは月乃との約束で。条件で。
もしクリアできたら、今までよりもっと自由にイチャイチャできるかもしれないんだ。
――――でも。
でも、でも、でも、でもでもでもでも。
「なぎさ……っ!」
気がつくとカバンを放り出してなぎさの体を抱きしめていた。
びっくりしたなぎさが手放した傘が地面に転がり、みるみるうちに雨が溜まっていく。
「涼ちゃ……」
「ごめんな。淋しい思いさせて、本当に、ごめん」
分かっていたけど、おれは正真正銘のバカなんだ。
月乃が出した条件をクリアできれば輝かしい未来が待っていると分かっていても、いま目の前で不安そうにしているなぎさを放っておけない。
抱きしめて安心させてやりたい。
冷たくなった体を暖めてやりたい。
「……ふ、ふふふ」
胸の中でなぎさが笑い声を上げた。
「なんだよ、急に笑って」
雨粒が目の中に入るせいでよく見えないけど、おれが大好きなとびっきりの笑顔を浮かべている。
「ううん、なんでもない。涼ちゃんは私のこと大好きなんだなあって嬉しくなっただけ」
「またおれを騙したのか~?」
「騙してないもん。涼ちゃんが勝手に抱きついてきただけだもん」
とかなんとか言いながら、なぎさもおれの背中に腕を伸ばしてくる。
そうなると必然的に顔と顔が近づいて、目が合って、お互いの息遣いを感じられるようになる。雨が接着剤みたいにおれたちをくっつけて放さないのだ。
「私も涼ちゃんのこと大好きだよ。だから、キスして」
一瞬月乃の「アウト」というセリフが脳裏に浮かんだけど、太陽のような笑顔を目前にして、拒否権なんてあるはずがない。
――結局。
校舎の影になっていることを確認して、なぎさと二回目のキスをした。…………いや、白状する。二回目と三回目と四回目のキスをしました。すみません。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます