いつもの非常口階段で+α

「涼ちゃん、はい、あーん」


「あーん」


 口の中で噛み締めた卵焼きはふんわりと柔らかく、噛むと甘いダシが口内いっぱいに広がる絶品だった。


「んま! なぎさ天才じゃないか?」


「ふふ、天才は言い過ぎだよ。私は涼ちゃんに食べてもらいたくて頑張っただけ」


「ありがとな。もう一口食べてもいいか?」


「もちろん。はい、あーん❤️」


 いつもの非常口階段で、おれたちは束の間の逢瀬を楽しんでいる。


 あれから1組と2組の関係がどうなったかと言うと、じつは、特に変わってない。

 佳乃は相変わらずのけんか腰。月乃も笑いながら毒舌を吐くというなんら変わらないやり取りが繰り広げられている。


 ちょっとは期待したんだけどな。


「涼ちゃん、ルナっちから聞いたよ。イチャイチャ禁止令のこと」


 声のトーンを落としたなぎさは申し訳なさそうにうつむいた。


「私、なんにも知らずにイチャイチャしてごめんなさい」


「なんで謝るんだよ!? ルナっちさんと約束したのはおれだ。おれが勝手に決めて、勝手にやって、なぎさは何も悪くない」


「うん……、でも」


 うなだれるなぎさの肩を強く掴んだ。


「結果として1組と2組の関係は変わってないけど、おれは、やって良かったと思ってる。自分の中にあるなぎさへの気持ちを改めて実感できたし、今後なにがあっても揺らがないことも確認できた。それが分かっただけでも価値はあったと思うから」


 そうだ。

 イチャイチャを我慢すればするほどなぎさへの思いは募り、強くなった。

 決して無駄じゃなかった。


「涼ちゃん……。ありがと。大好き」


 瞳を潤ませていたなぎさが、何かの合図のように目を閉じた。キスのおねだりだ。


 目蓋を閉じているなぎさは、あまりにも無防備で、目覚めの口づけを待っている眠り姫のようだと思うことがある。


 眠り姫に口づけた王子様は、一体どんな気持ちでキスをしたんだろう。初対面のはずの美しい姫の口に、どんな願いを託してキスをしたんだ。


 もしおれなら……。


 眠り姫に早く目覚めて欲しいと思う。

 声を聞きたい。

 話をしたい。

 手をとって外の世界を見せてやりたい。

 一緒に笑って、一緒に泣いて、ともに生きていきたい。


 なぎさと。


「……なぎさ」


 顔を傾けて桃色の唇に触れようとした、そのとき──。


 ガチャ。

 非常口のドアが開いた。


 刹那、おれたちは磁石みたいに離れる。


「あら、お取り込み中だった?」


 ひょこっと顔を出したのは月乃だ。

 

「ルナっち! どうして?」


 なぎさは顔を真っ赤にしている。


「お邪魔しま~す」


 月乃は悪びれた様子もなくおれの隣に腰掛ける。


「あのぅルナっちさん、どうしてそこに?」


「いいからいいから」


 階段の上で、おれはなぎさと月乃に挟まれる形になってしまった。窮屈だ。


「いつもは屋上で食べるんだけどねぇ、逃げてきたの。から」


 そう言って下を指し示した。


「月乃~! どこだ~!」


 お弁当箱を抱えた佳乃が走り回っている。

 どういうことだ。


「カノちゃんね~、あの日以来わたしと一緒にお弁当食べようと毎日探し回ってるのよ。同じ釜の飯っていうの? 一緒に食事しながら親睦を深めようとしているみたい。いい迷惑なんだけどなぁ」


 口では文句を言いながらも佳乃を見つめる眼差しは穏やかだ。


 佳乃は佳乃なりに距離を縮めようと努力し、月乃も満更ではない様子。


 でも、だったらどうして廊下でのにらみ合いがやまないんだろう?


「じゃあルナっち、佳乃さんと相変わらず仲悪いのはなんで?」


 なぎさも同じことを思ったらしい。

 それはねぇ、と月乃は困り顔。


「わたしたちずっといがみ合ってたじゃない? お互い気恥ずかしくて今更仲良くなんて、どうしたらいいのか分からないのよ」


「「ええ~!?」」


「……ということだから責任とってよね、鈴木くん。わたしたちが仲良くしないと困るんでしょう」


 つん、と頬をつつかれた。

 なんだか距離が近い。心なしか顔も赤いような……。


「──! 涼ちゃんはわたしの!」


 突然なぎさに腕を引かれた。

 すると月乃はおれの膝に手を置いてくる。


「別にちょうだいなんて言ってないよ、たま~に貸してほしいだけ。友だちでしょう?」


「涼ちゃんは貸し出ししてません!」


 ちょ、ちょっと待て。

 なんでこんなことになってるんだ?

 二人の美少女から求められてる。

 これってもしかして……。


「月乃! そこにいるのか!?」


 佳乃の声が響いた瞬間、三人揃って体を伏せた。否が応でも顔が近づき、密着度が増す。


「ルナっち、絶対に涼ちゃんは渡さないからね」


「分かってる分かってる。責任とってもらうだけだから」


「むむ~。負けないからね」


「世の中には正攻法だけじゃない色んな恋があるのよ、なっちゃん」


 なんだか火花バチバチだけど、おれとなぎさが堂々とイチャイチャするにはもう少しかかりそうだ。


 高校生活はまだ始まったばかり。

 なぎさとのイチャイチャ恋人生活もまだ道半ばだ。

 楽しんでいこう。



▶NEXT Coming Soon…

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