新生B組編

バドの大会にて

 あのな。海に水深があってそれぞれ微妙に色が違っているように、空にも深みがあって、その中で一番濃い青を切り抜いて「青葉丘」と白く染めぬいたユニフォーム。この色が好きで進学先に青葉丘高校を選んだんだ――と言ったらなぎさは笑うかな。


「ゲーム、ワンバイ鈴木、21-11」


 熱気あふれる体育館内に大歓声が響き渡った。


「うぉおおお! 鈴木ぃいいい!」


 言わずもがな本庄部長である。審判のところでサインをしてからチームメイトの元へ戻ると早速ムキムキの腕を広げて飛びついてきた。


「鈴木よくやったぁああああ!」


「ひぃっ」


 慌てて右へ避ける。試合直後でただでさえ汗だくなのに太い腕でぎゅうぎゅうに抱きしめられるなんて御免だ。


 今日は地区大会の一日目、団体戦だ。

 団体戦は第一ダブルス、第二ダブルス、第一シングル、第二シングル、第三シングルの順で行われ、先に三勝すれば勝ちというルールだ。

 わが青葉丘高校は準決勝まで勝ち進んだものの敗北。たったいま、三位決定戦で勝利して県大会に駒を進めることになった。


「鈴木しゃんお疲れ様でしゅた! これどうじょ!」


 ポプラがスポーツドリンクを持って駆け寄ってくる。


「あぁ、サンキュー」


 氷でキンキンに冷えたドリンクをぐっと飲み干す。ああ、生き返る。試合中って集中しすぎて喉が乾いていること忘れちゃうんだよな。


「ぐふ、さすが涼太様でしゅ、第三シングルできっちり決めてくだしゃるんでしゅから。涼太様の飲んだドリンク持ち帰っちゃおうっと」


 口元を押さえてぐへへ、と笑っているポプラ。

 おーい心の声が口に出てますよ~。ダダ漏れですよ~。


「り・ょ・う・ちゃーん」


 どこからか必死な声が聞こえてきた。ちらりと応援席を見ると、マスクとサングラスで変装したなぎさが大きく手を振っている。隣には月乃の姿もあり、スマホで動画をとっているようだ。二人とも応援に来てくれたのか。


「ありがとな」


 軽く手を振り返すと二人とも手をつないできゃーきゃー騒いでいる。

 大げさだな。まだ地区大会だぞ。


 でもこうして私服姿のなぎさを見上げるのも悪くない。白いドレープシャツにフリルのスカート、色はなぎさに似合う水色だ。すらっと伸びる脚の細さと顔の小ささ、スタイル抜群だ。


 あんな美少女がおれの彼女だなんて信じられない。あまりに幸運すぎて怖くなる。おれトラックに轢かれたりしないよな。



   ※



「涼ちゃん!」


 試合の反省会も終わって外に出ると二人が駆け寄ってきた。なぎさなんて首に飛びついてぐるん、と一回転するくらいの喜びようだ。


「お疲れさま! あと県大会進出おめでとう。すっごく格好良かったよ~! サーブするときの威圧するような目とかレシーブするときの身構え方とか、クリアーのシャトルの鋭い軌道、ヘアピンのギリギリ感、それにそれに! ジャンプスマッシュの速さ!! もうねもうね! ちょーしびれるぅーっ!!」


 おれがバドミントンをやっていることもあって、なぎさはとてもよく勉強している。戦術とか戦略とかが苦手なおれにアドバイスをしてくれることもあるくらいだ。コーチやマネージャーになってくれたらどれだけ心強いかと思うけど、なぎさの主戦場は競泳だ。高望みはできない。


「……ってあれ、そういえば他の部員たちは?」


 反省会を終えて一緒に体育館から出てきたはずだけど姿がない。

 後ろを見ていると月乃が割り込んできた。


「他の部員たちはポプラちゃんが引き留めてくれてるよぉ」


「マネージャーが?」


「そ。わたしが頼んだの。耳かして」


 つま先立ちしたかと思うと耳元に唇を寄せてきた。


「涼太くんのプライベート写真欲しくない? って言ったらぐへへって受けてくれたの」


 ぷ、ぷ、ブライベート写真?

 これだ、というように見せてくれた写真は授業中のおれを隠し撮りしたものだった。


「ど、どうやってこれを!!??」


「1組も一枚岩じゃないからね、わたしのスパイもいるのよ」


 さすが理事長の孫。こわい、こわすぎる。


「ちょっと二人きりでなに話してるの~!」


 おれたちがコソコソ話していて寂しかったらしく、なぎさが割り込んできた。

 まぁでもポプラが引き留めてくれるお陰で遠慮なくイチャイチャできるのだ。ありがたいと思わないと。


「このあとの予定は明日がダブルスで明後日がシングルだっけ? 涼ちゃんは両方でるの?」


「おれはシングルだけ。ダブルスはあんまり得意じゃないんだ。パートナーに遠慮してうまく力を発揮できなくて」


「へぇー、意外」


 ダブルスはパートナーと呼吸合わせて瞬時に動く必要がある。

 おれは小学生のころに幼なじみとのダブルスで優勝を逃して以来すっかり苦手になってしまい、団体戦でも個人戦でももっぱらシングル専門になってしまった。



 駅に向かって三人で歩いていると月乃がハッとして周囲を警戒した。


「どうしたのルナっち?」


「ううん、いま、音が――あ! わたしちょっとトイレ! 誰が来てもいないって言ってね!」


 なにかから逃げるように近くにあった公衆トイレに駆け込んだ。その直後、一台の原付がクラクションを鳴らしながらおれたちに近づいてくる。エンジンを切って停止し、ヘルメットを脱いだ下から顔を出したのは……


「鈴木、月乃を見なかったか」


「佳乃委員長!?」


 1組の委員長であり、月乃とは異母姉妹にあたる簪佳乃だ。


「委員長、いつの間に免許……」


「バカ者。わたしは4月生まれだ。入学してすぐに教習所へ通い、つい先日免許を取得したのだ。家の車で移動するのでは制限が多いからな。もちろん学校の許可も得ている。それよりも月乃を見なかったか? 茶道の稽古をサボってここへ来ていると叔母様から伺ったのだが」


「えーと……見てない……と思います」


 聞くところによると佳乃は月乃と「仲良く」なろうと様々なアプローチをしてきているらしい。月乃としては迷惑この上なく、逃げ回るのに必死だという。二人の仲直りに加担したおれとしては複雑な気持ちだ。


「そうか。入れ違いか。一体どこへ行ったのやら」


 佳乃は残念そうに項垂れた。――かと思いきや、


「ところで鈴木に確認したいことがあるのだが」


 ここでハッと気づいた。

 まずい、なぎさと思いっきり一緒にいるじゃないか。せっかく内緒で交際しているのに。


 おれたちは磁石みたいに離れた。


「あ、あの、これは、桜庭なぎささんはたまたま、本当に偶然、そこで会って」


「そ、そうなんです佳乃さん。たまたま私の散歩コースで」


 どう誤魔化せばいいのか。二人でワタワタしていると佳乃が不快そうに眉をひそめた。


「街中で偶然会うことは当然あるだろう。そうではなく、月乃は随分と鈴木のことを気にしているようだが、まさか好意など抱いていないだろうな?」


 あれ、そっち?


「おれが? ルナっちさんにですか……? いいえ、まったく」


「ならばいい。月乃は好きな男性にはぐいぐい迫るタイプなので心配していただけだ。ではわたしは引きつづき月乃を探す。邪魔したな」


 ヘルメットをつけて颯爽と去っていく。

 なんだ、佳乃はおれたちのことよりも月乃を心配していたのか。


「もうほんと参っちゃう~」


 トイレから戻ってきた月乃はうんざりしたよう溜め息をつく。


「佳乃はわたしよりも半年以上早く生まれたでしょう。だからお姉さん気取りで口うるさく言ってくるのよねぇ。こんなことなら仲直りしなければよかった」


 佳乃はあれだな、ちょっとというか大分、天上天下唯我独尊な性格なんだな。


「あの……おれが出しゃばったせいですみません、ルナっちさん」


 なんだか申し訳ない気持ちになって頭を下げると、おもむろに腕を絡めてきた。


「謝らなくていいから責任とってよ。涼太くん」


「え、責任、え?」


「さっきの聞こえたよぉ。まったく好意がないなんて悲しいこと言わないで。わたしも結構んだから」


 ぎゅっと胸を押し当ててくる。するとなぎさも顔を赤くして、


「ちょっと! 私だって負けてないよ! 胸あんまりないけどお肌はぷるぷるツヤツヤなんだから!」


 と、もう片腕を掴んで頬をスリスリしてきた。

 まさかこれは噂に聞く両手に花…………つーか、歩きにくいんだけど。



 ――この日の二人の応援が功を奏したのか、翌々日のシングルスでは優勝。無事に県大会に駒を進めることになった。

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