それぞれの想いと大団円

「なぜおまえがここにいるのだ、月乃」


 早速(というか恒例)佳乃が食いついた。

 月乃は周囲を気にしつつも、


「そっちこそ、ちっちゃいのにこんな後ろの席で見えるの?」


 と応戦する。

 ああ、またしてもバトルモードに入ってしまった……!!


 ここでいつものように騒いだらどうなる?


 おれは高速で思考を巡らせた。

 試合前の選手は良くも悪くもナーバスになっている。観客席でケンカなど始まれば、そちらが気になって全力を出し切れないかもしれない。今日までの努力も水の泡だ。


 なぎさをはじめ、レースに集中しようとしている人たちに迷惑をかけてしまう。


 ――それだけはダメだ!


「ストップですっ!」


 にらみ合う二人の間に思いきって割り込んだ。

 佳乃は「むっ」として、月乃は「お?」と意外そうな目をする。


「お二人とも、選手にとって試合前の時間がどれだけ大事か知っているでしょう。 ケンカするつもりなら外に行ってください!」


 佳乃の目力に負けないよう、できる限り強い目で睨んだつもりだ。

 内心はドキドキしていたけど、さすがの佳乃も場所の悪さを悟って態度を改めた。


「確かに鈴木の言うとおりだな。……では月乃、外で話そうか」


「うん、いいよ」


「鈴木も来い」


「……おれも、ですか?」


「無論だ。なぜ月乃と一緒にいたのか聞かなくてはいけない」


 自分で言い出した手前、断れない。

 なぎさの出番まであと二レース。果たして間に合うだろうか……。



 ※



 おれたち三人は会場の外、緑化公園になっているベンチのあたりまでやってきた。


 険しい顔をして先を歩いていた佳乃がくるりと振り返り、開口一番、


「前から聞きたいことがあった」


 と切り出す。


「なぜ簪家の集まりに来ない? おじいさまは月乃が来るのを心待ちにしていらっしゃるのに、いつも何かと理由をつけて断っているのは何故だ」


 月乃は気のなさそうに髪の毛をいじっている。


「あんな居心地の悪いところ死んでもごめんですぅ」


 事情を聞いている身からすると月乃に同情もする。爪はじきにされたと感じているのだから、親戚の集まりなど御免だろう。


「どうしてもと頼んでもか?」


「い・や・で・す」


 平行線だ。

 佳乃は月乃の内情を知らない。当然だ。


「カノだってわたしなんかいない方がいいでしょう? どうでもいいことで愛想笑いしたり気を回して家事をしたりするのは苦手だもん。いても邪魔でしかないと思うよ。大昔、初めて会ったときだって日本人離れしたこの顔を随分怖がっていたじゃん」


「それはちがう!……見惚れてたんだ」


 空気が一変した。

 おれも月乃もぎょっとして固まる。

 一方の佳乃は顔を真っ赤にして下を向いていた。目を合わせるのが恥ずかしいようだ。


「見惚れてた……なにそれ?」


「――ええい、もうこうなったら言ってやる! わたしはな、おまえが、月乃が羨ましくて仕方なかった。黒目で黒髪で背の低いわたしに比べると月乃は長身でスタイルも良くておまけに顔は絵本のお姫様のようだ。わたしはどんなに頑張ってもおまえにはなれない。だから、悔しくて、悲しくて……いつも、八つ当たりを」


 じわじわと目に涙が溜まっていく。


 ああそうか。二人ともないものねだりをしていただけなのか。


 月乃は佳乃のおばあさん譲りの容姿が。

 佳乃は月乃の日本人離れした容姿が。

 お母さんの死や再婚や連れ子とか、簪家の中の事情なんて二人にはどうでも良かったんだ。


 なぁんだ。簡単なことだな。

 おれはなぜか笑ってしまった。


「ふたりはやっぱり姉妹ですね。考え方がそっくりじゃないですか」


 二人そろってこっちを振り向く。

 顔も体つきも身長も違うけど反応は同じ。


「そうなのか? 月乃」


「え?……まぁ、わたしもカノの髪とかいいなぁと思っていたけど」


「わたしだって……」


「ほら、そっくりでしょう。自分になくて相手にあるものを羨みつつも、本当は、認め合っていたんですよ」


 そう告げると、あんなに反発しあっていた二人は急によそよそしくなる。まるで初対面で「あそぼ」と言い出せない子どもみたいだ。


 あともう少し。


「もう何年もずっとケンカしてきたんでしょう そろそろ仲直りしてもいいんじゃないですか?」


「……」

「……」


 二人とも腕を組んでお互いの様子を窺っている。

 長年いがみ合ってきたんだからそう簡単にはいかないか。でも、確実に何かが変わった気がする。


「――じゃあ、おれは行きますからあとは二人でどうぞ」


 そう言い置いて、さっとその場を立ち去った。

 もし二人がまた言い合いをしていたらどうしようと思って振り返ったけど、ぽつりぽつりと何事か話し合っている。いい感じだ。




 ――ワァアアアアアア。


 会場に入ると、大歓声が響き渡っていた。

 ゴールしたばかりのなぎさがこちらに向かって手を振っている。しまった、レースに間に合わなかった……!


 記録は。

 52秒79……高校生記録タイだ。



   ※



「涼ちゃん!!」


 全レースを終えたなぎさがハイテンションで駆け寄ってきた。

 おれたちが落ち合ったのは会場の裏口だ。


 なぎさはすでに制服に着替えているが、まだ毛先がほんのり湿っている。


「見てた見てた? 自由形見てたー!!??」


 人目もはばからず飛びついてきたかと思うと、イチャイチャできなかった時間を埋めるように胸に顔をうずめる。


「う、うん、見てた、よ」


 本当はゴールの時しか見ていなかった。

 でもこんなに喜んでいるなぎさをがっかりさせたくない。


「最後の追い込みすごかったでしょう? あれね、心の中で涼ちゃーんって叫びながら頑張ったんだよ。もう息できないかと思った。でも良かった~」


 ぴょんぴょんと嬉しそうに飛び上がる。かわいい。

 素直に祝福できない自分がいる。


 どうしよう。


 テキトウに相槌を打って誤魔化すこともできるけど、これまで頑張ってきたなぎさに嘘はつけない。


 おれは覚悟を決めてなぎさの肩を抱いた。


「――――ごめん、なぎさ! じつはレース見ていなかったんだ」


「え?」


 表情が固まる。

 そりゃそうだよな、大事なレースを彼氏が見ていてくれなかったなんてショックに違いない。


「本当にごめん。月乃さんたちとちょっと話してて……」


 心臓がバクバクしてきた。


 なぎさの瞳が潤んでる。


 やばい、怒られるかもしれない。

 もしくは嫌われるかも。


「涼ちゃん」


「ん、ごめん」


「ううん。正直に言ってくれてありがとう」


「へ?」


 素っ頓狂な声が漏れてしまった。

 なぎさは目をきらきらさせて見つめてくる。


「じつは私、レース前にちらっと観客席見たんだ。ちょうど涼ちゃんがルナっちと佳乃さんをなだめながら出て行くところだったよ。なにか事情があるのかなってすぐに分かった、だからこそ私も頑張らなくちゃと思ったんだ。涼ちゃんがびっりするような記録絶対に打ち立ててやるって胸が熱くなった」


「知ってた? え、でも、分かってたらなんでレースの話したんだよ?」


「それはね」


 ぺろっと舌を出してウインクしてくる。


「涼ちゃんがウソつきかどうか試してみたの」


 なんだ、また例によってなぎさにからかわれたのか。


 良かった~。

 脱力感とともに安堵の息が出てしまった。


「ごめんね涼ちゃん、怒った?」


 心配そうに上目遣いになるのを見て、ぷっと噴き出してしまう。

 レースにはめっぽう強いなぎさもおれには弱いんだな。


「なぎさ、おめでとう。約束どおりいーっぱい褒めてやる」


「ほんと?」


「うん。その前に行きたいところがあるんだけど」


「どこ?」


「ただのカラオケ。あの日行けなかっただろ」


 冷たいなぎさの手を引いてゆっくりと歩き出した。

 まばゆい夕陽に照らされてたなぎさは天使みたいにキレイだ。目が合うとにっこりと微笑んでくれる。


 おれの大切な彼女、桜庭なぎさ。


 聞かせたい歌がある。あの日からずっと練習してきた歌が。

 ちゃんと歌えるかわからないけど、聞いてほしい。おれの『Wherever you are』を。



(次回、最終話です!)

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