罠にかかったのは…

 さて、まずはどこへ行こうか。

 月乃や佳乃の追跡を受けながら二人きりで楽しめる方法は……。


「涼ちゃんプリクラ撮ろう、プリクラ」


 ぐっと腕を引かれてプリクラの白いカーテンの中に連れ込まれた。

 ここなら分厚いカーテンで隔たれた密室だ。赤や黄色のライトがびかびかと光ってまぶしいけど、チョイスとしては悪くない。


 桜庭は慣れた様子で画面を操作しはじめた。


「おれプリクラ初めてだ。よく来るのか?」


「うん。いろいろなポーズ指定があって面白いんだよ。ほら撮影はじまる!」


 二歩下がっておれの右隣に戻ってくる。

 機械から『じゃあ始めるよ~』とアナウンスが流れた。


『まずは基本のき。ハートのポーズ!』


 ハートのポーズとはなんぞや。

 戸惑っていると桜庭が「みて」と肘で小突いてきた。両手の親指と人差し指でハートの形をつくることらしい。なるほど。

 早速やってみた。


 カウントがはじまる。


『はい笑顔。さん、に、いち、』


 カシャッと光る。

 画面にいま撮影したばかりの写真が表示された。情けないことに、おれは自分の指先に集中するあまりカメラに目線が向いていない。一方の桜庭はきれいなハート型を作り、カメラ目線で満面の笑顔だ。


「意外と難しいな~」

「慣れだよ慣れ。私も何回か目つぶっちゃったことあるもん」


『つぎは虫歯ポーズいくよー』


 虫歯ポーズ……!? なにそれおいしいの。


「涼ちゃん、こうやって片手を顎に当てて同じ方の目を閉じてウインクするの。痛い~って顔でね」


 お、おう。

 とりあえず左手を頬に当てて、同じく左目を閉じてみ。ウインク……く、慣れない。


「いいよ、そんな感じ」


 言いながら桜庭は自分の左肩をおれの肩に押しつけてきた。首を傾けて軽くもたれかかってきて、さらりと髪の毛が触れた。


 どきん。


 な、なんだよ、不意打ちでくっつくなんズルいだろ。


『はい笑顔。さん、に、いち、』


 パシャ。


『次は仲良しこよしの背中合わせポーズだよ。しっかり密着してね』


 背中合わせだと?

 ちょっと待て、おまえ、プリクラ、さては桜庭の差し金か!


「涼ちゃんはやくはやくー♥」


 したたかな桜庭は嬉々として背中を向けてくる。肩ら肩甲骨にかけての白い肌が露わになっていた。

 なんということだ。

 桜庭のセーター、前は鎖骨が少し見える程度の控えめなものだったが、背中側がぱっくり開いている。セーターの下に薄手のインナーを着ているので完全にオープンというわけではないが、競泳で鍛えたしなやかで美しい背中が剥き出しになっている。


 そうか。やっと分かった。

 月乃や佳乃たちを欺くつもりだったのに、じつは罠にはめられたのはおれの方だったのだ……!


「ほら涼ちゃん時間ないよ。急いで」


 硬直しているおれの腕をとり、自分の武器とも言える背中をぎゅっと押しつけてきた。骨の形がじかに感じられ、心なしか暖かい気がする。


『はい笑顔。さん、に、いち、』


  パシャ。


『次は床に寝転んでポーズをとってみよう!』


「床だって。ふふ」


 うつ伏せになって寝転ぶ桜庭は。おれもそれに倣った。もうどうにでもなれという思いだったが、桜庭が高々と片足をあげたときには「ふひぃっ」と変な声が漏れそうになった。


 ほぼ垂直にすらりと伸びる白い脚。

 肉厚な太もも。きゅっと締まった足首。

 しかもミニスカートだろおい……。


「自由形のポーズ! いいでしょ」


 水をかくようなポーズをとってみせるがおれはもうなんというか心臓ばくばくでものすごく破廉恥なことをしているような気がして頭の中ぐちゃぐちゃであぁもう……語彙喪失……。


『はい笑顔。さん、に、いち、』


 パシャ。


「おもしろーい」


 桜庭は何事もなかったように立ち上がってスカートをぱんぱんと叩いている。

 この策士め。


『最後だよ。見つめ合ってあつぅーいキスをしてみよう』


 き、ききききききすすすすす!!??


「キスだって。涼ちゃんこっち向いて」


「断る!」


「そんな意地悪いわないで」


 ものすっごく優しい声でたしなめられる。

 壊れたオモチャみたいにギギギと首をひねると、頬を赤く染めた桜庭がすぐ目の前に迫っていた。

 なんでそんな目で見るんだ。瞳がきらきらと潤んで見える。


「涼ちゃん。はいどうぞ」


 無言のまま目蓋を閉じる。


 「はいどうぞ」じゃねぇよ、マジでキスしろっていうのか?

 ムリ!……ムリだって!!


『いくよー。さん、に、いち、』


 パシャ。

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