待ち合わせ

 デート場所は桜庭の希望したショッピングモールになった。買い物にカラオケにゲーセンに映画にと、丸一日遊びつくせるスポットだ。


 日曜日。おれは待ち合わせ場所である東口のベンチに座り、目の前を通り過ぎていく人たちをぼんやりと眺めていた。

 東口は駅に直結しているので絶えず人の流れがある。この中に月乃や佳乃、そのスパイたちが紛れ込んでいるかも知れない。


 ちなみに桜庭には佳乃が監視していることを伝えてある。

 そうしたらなんて言ったと思う?


 『追いつめられれば追いつめられるほど興奮しちゃうね』――だってさ。

 全国レベルのスポーツ特待生は強メンタルでいいよな。


 おれなんて昨日の夜はあんまり眠れなかった。おれたちの関係に気づかれたら、もし月乃たちと出くわしたら、考えれば考えるほど不安が募って目が冴えた。つーか、なんでおれがこんなに気負わなくちゃいけないんだよと苛立って余計に睡魔が遠のいた。


「桜庭なぎさ……か」


 憎らしいくらい晴れた空を見上げながら待ち合わせ相手の名前を吐き出す。深呼吸。ちょっと緊張している。


 だって桜庭なぎさと言ったら「桜庭なぎさ」の名前だけで目の前を通り過ぎるサラリーマンもカップルも口をそろえて「知ってる!」と答えるくらいの有名人なのだ。


 特技は競泳。

 中学二年のとき100メートル自由形で中学生記録を出してテレビの取材を受けた。その際、陽気なインタビュアーの質問に無表情で淡々と答える様子が「大人顔負け」とか「クールビューティー」とか注目されて瞬く間に人気になった。

 本人は当時を振り返ってものすごく緊張していて笑顔を浮かべる余裕もなかったと言っていたけど、世間一般のイメージはわずか数分のインタビューで固定されてしまった。


 いまでも大会があるたびにマスコミが駆けつけて大騒ぎ。


 頭のいい桜庭はクールビューティーな自分を求められていることを知っているので、意向にそって淡々と答えている。勝っても負けても。


 そんな相手がおれを好きになってくれた。

 変なもんだ。


「おまたせ」


 視界にぬっと太ももが現れた。

 きた。


「いや全然待ってないよ」


 月並みな言葉を返しながら立ち上がって……息をのんだ。


「なに? どこかへん?」


 変装用のマスクを外しながら首をかしげる桜庭は淡いピンクのセーターに白いショルダーバッグ、紺のミニスカートといった出で立ちだ。耳元では林檎をモチーフにした赤いイヤリングが揺れている。


 正直に言おう。

 かわいい。

 Kawaii。

 めちゃくちゃ可愛い。

 半端なく可愛い。


 そうだよ、これはデートじゃないか。

 佳乃や月乃のことで悶々するんじゃなくて、彼女カノジョがどんなおしゃれをしてくるのか、どんな楽しいハプニングがあるのかを想像して眠れないのが正解じゃないか。


 それなのに初めてのデートの前夜を雑念で過ごしてしまった。くぅーもったいなさすぎ!


「ね、ねぇなんでそんなに見てるの? やっぱりどこか変……」


 おれが無言だったせいか桜庭は心配そうに自分の服装を確認している。

 あぁーもじもじするのも可愛い。せわしなく髪の毛をかきあげるのも可愛い。ぷりっとした薄桃色のリップも明るいオレンジのチークもなにもかもぜんぶ可愛い(語彙力)。


「すんげー可愛い!!」


 興奮して叫んでしまった。


「……はぅ!」


 桜庭はびっくりして硬直していたが、見る見るうちに顔が赤く染まっていく。


「あ、ありが、と、涼ちゃ……鈴木くんもデニムジーンズ似合ってるよ。かっこいいよ」


 消え入りそうな声だ。


「お、おう……サンキュ」


 なんだか急に恥ずかしくなってきた。お互いに顔を背けて明後日の方向を見る。


 これぞまさにデートって感じ。


 だけど神様は意地悪だ。

 たまたま視線を向けたATMの列に矢島瞳の姿が見えてしまったのだ。

 小学生が好むようなふわふわもこもこの可愛らしいウサギのリュックを背負いながらも、殺し屋みたいな目でおれを睨んでいる。瞳孔から弾丸が発射されてもおかしくないくらいの殺意に満ち満ちている。


「……桜庭、残念なお知らせだ。そのまま聞いてくれ。矢島瞳を発見した。すっげー睨んでる」


「うん、私も、レジの向こうに佳乃さんを見つけたよ。ハイヒールで身長ごまかしているけど一目瞭然」


 くそっ。おれたちは既に包囲されているということか。

 どうする。せっかく桜庭が可愛らしい服装で着てくれたのに周りが気になってデートを楽しめないじゃないか。


 悩んでいると唐突に桜庭が手を伸ばしてきた。


「ね、じゃんけんしよ」


「なんで?」


「いいから。せーの、じゃんけん」


 ぽん。

 おれはチョキ。桜庭はパーだ。


 桜庭は一瞬ニヤリとしたあと腕を組んでわざとらしく声を張り上げた。


「また負けちゃったぁ。仕方ないわね。約束どおり、手、つないであげる」


 嬉々として右手を包み込んできた。びっくりするくらいの柔らかさに抗議するのを忘れてしまう。


「……ということで。いこっか、涼ちゃん」


 口元はマスクで隠されてしまったけど目元が優しく笑ってる。


 ああ。

 またしても桜庭の策略にハマってしまったようだ。でも悪い気はしない。

 こんなに可愛い子が隣にいるんだ、いくらでも騙されてやるよ。

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