デートかデッドか

「なっちゃんいる~?」


 ドアの向こうから姿を現したのは2組の月乃とその取り巻きたちだった。


「ル、ルナっち、ど、どうしたの突然。びっくりした」


 桜庭は声を裏返しながらも笑顔で応じる。

 ほんの一瞬早く下の階へ飛び降りていたおれは、物陰に身を潜めて月乃たちの様子を窺うことにした。


「あれひとり? なんか話し声した気がするけどぉ」


「ななななに言ってるの! なんにもないよ!」


 月乃が身を乗り出そうとするので桜庭があわてて立ちふさがる。危ない、もしちょっとでも顔を出したら階下のおれに気づいてしまうところだった。ナイスプレイだ。


「メントレだよ。メンタルトレーニング。ほら、さっきのじゃんけんで負けて運気下がった気がしたから松●修造語録を口ずさんで自分を励ましていたの」


「そか。メントレなら仕方ないよねぇ」


 納得されてる。

 さすが(?)スポーツ特待生。


「姐さん!」


 苦笑いしていた桜庭にツインテの女子がにじり寄った。

 2組のヤンキー、矢島 瞳だ。スカート丈は極限まで短く、学校指定のブレザーじゃなくてカーディガンをだらっと着て、髪の毛は金髪に染めている。口調も目つきも悪いが桜庭を姉のように慕っているのだ。


「姐さん、さっきの約束はマジっすか!? あんなよくわからない男とマジでデェトする気っすか!?」


 だれかれ構わすガンを飛ばしているところしか見たことのない矢島が、まるで子どもみたいだ。ぷるぷると震えて涙目になっている。人にはいろんな顔があるもんだな。


 桜庭は聖母のような微笑みを浮かべて矢島の頬を包み込む。


「もちろん。約束は約束だから。勝負に負けたからってさっきのナシとは言えないでしょう。そんなことしたら相手に失礼だよ」


「姐さぁああん!! なんで、なんであんな約束したんすか、なんでぇー」


 号泣しているところ悪いが、策を弄したのは目の前にいる桜庭おんなだぞ。

 気づけ。


「でもなっちゃんデートっていうからには二人きりでしょう? だいじょうぶ~?」


「大丈夫だよルナっち。なにも心配いらないよ」


 1組相手には辛辣な態度をとる月乃も桜庭の前では友だちを心配するごく普通の女子生徒だ。


「それに涼ちゃ――鈴木くんはあんまり目立たないけど本当はとても優しくて男らしくて強い……と、思うんだ」


 どきっとした。


「なんで~?」


「な、なんとなく。あはは」


 桜庭はおれに対して言ってるんだ。

 おれが立ち聞きしているの承知でわざと言っている。


 大好きだよって。


 おれも思っているよ。

 桜庭はクールビューティーを装っているけど本当は感情豊かでお喋りが大好きで、どんなときもすごく可愛いって心から思ってる。


「ん~でもやっぱり心配で~……」


 月乃たちが会話に夢中になっている隙に下の階の扉から廊下へ戻った。

 なるべく音を立てないよう細心の注意を払いながら扉を閉めようとした瞬間、桜庭の「え~」という叫び声が聞こえてくる。


 なんだろう、なにを驚いてたんだろう。気になる。

 でももう一回扉を開けて月乃たちに気づかれたら厄介だ。


 あとで聞いてみようか。


 逡巡していると後ろから声を掛けられた。


「おお、探したぞ鈴木」


 こちらは佳乃とその他一同だ。

 おれは扉の方に注意が向かないよう立ちふさがり「どうしました?」と精いっぱいの笑顔を浮かべる。


「うむ。先ほどは見事なチョキだったな。礼を言う。ありがとう」


「いやそれほどのことでも……」


「あんなに悔しそうな月乃を見たのは久しぶりだ。愉快愉快、はっはっは」


 言えない。

 じゃんけんの裏側で桜庭がデートを画策していたなんて言えない。


「――ところで、するのか?」


 ぐりん、と体をひねって下から覗き込んでくる。

 ぎょろっとした大きな目がなんだか怖い。尋問されているみたいだ。


「するのか? デート」


「ええ、まぁ、はい。そういう条件でしたから」


 言えない。

 なりゆきとは言え堂々とデートできるのがほんの少し……いや、かなり楽しみだなんて口が裂けても言えない。


「勝負に真剣なのは結構だが、少しばかり心配なことがある」


「心配? なにをですか?」


「鈴木がたぶらかされないか、だ。考えてもみろ、桜庭なぎさは高校一年生にしてあのスタイルの良さと絶妙のプロポーション、スポーツ雑誌で特集を組まれるほどの美少女だぞ。二人きりのときに色仕掛けしてきたらどうする」


 色仕掛け……。


 ――『涼ちゃん。すき❤』


 はっ。

 薄暗い映画館で桜庭がキスを迫ってくるシーンを想像してしまった。


「それみろ、妄想が止まらないではないか」


 人の心を読むな。エスパーか。


「と・に・か・く。鈴木は我がクラスの大事な一員だ。おめおめと月乃陣営に引き渡すつもりはない」


 なにが我がクラスの大事な一員だ。

 ついさっきまで名前すら曖昧だったくせに。


「そこでだ、桜庭なぎさとのデートの際、我らが遠くから見張ってやることにした」


「え」


「なにがあっても大丈夫だ。危険があれば止めに入る」


「危険……」


「安心するといい。ではさらば」


 言うだけ言って早々に立ち去ってしまう。


「ちょっと、え、ちょっと……!」


 おれと桜庭のデートを佳乃たちが監視するだって? とんでもない。ゆっくりデートできないじゃないか。


 断るなら今だ。

 床を蹴って走り出した刹那、スマホが鳴った。こんなときにと相手を確認すると桜庭だ。学校内で連絡してくるなんて珍しい。


 急いでメッセージを開いたおれは息を呑んだ。


『涼ちゃんごめん。今度のデートにルナっちたちがついてくるっていうの。遠くで見守るだけっていうんだけど断りきれなくて……ごめんね(´;ω;`)』


 佳乃と月乃。

 もし鉢合わせしたら……大変なことになる。


 もはやデートじゃなくてデッドだ。

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