ひみつの関係
「もーぅ、涼ちゃんじゃんけん強すぎー」
ぷうっと頬を膨らませた桜庭は足をバタバタさせながらも嬉しそうだ。
昼休み。
めったに人が通らない外用の非常用階段で昼飯を食べていた。おれは購買のパン、なぎさは手作りの弁当だ。ふたりで会うときは人目につかないここに来ることにしていた。
「桜庭は分かりやすすぎるんだよ。顔に出てる」
「顔に? なんて書いてあったの?」
そりゃあ……おれのことが好きすぎるって。だから力の抜けたパーしか出さない。こちらはチョキを出せばほぼ勝てるって寸法だ。
『負けた? 私が……?』
あのあと、茫然と立ちすくむ桜庭を尻目に、佳乃率いる1組の生徒たちは高笑いしながら廊下を進んでいった。月乃たちに慰められていた桜庭の後ろ姿を見て非常に申し訳ない気持ちになったのだが、目の前にいる当の本人はまったく気にしていないようだ。
心なしか頬が緩んでいるようにも見える。
「なに? なになになに?」
ぐぐぐっと顔を近づけてくる。近い。近すぎて鼻息吹きかけそうだ。
「いやーそれにしてもあの時は怒られたよな」
「ちょっと、なんで急に話題変えるの?」
視線をそらすと肩の上に顎を乗せてきた。だから近いって。
「ほら猫を助けに行こうとした桜庭が土手をすべり落ちてケガしてさ、おれが焦って騒いでいるところを近所の人が気づいてくれたんだよな」
「ケガって言っても手と足を擦りむいただけだよ? もうすっかり治ってる」
スカートの下から伸びるきれいな足を見せびらかせてくる。太股の裏側の白さがまぶしくてパッと目線をそらした。ああ心臓に悪い。
「猫は消防の人が助けてくれたんだよね。飼い主さんのところに戻れて良かった」
「おれたちは親や消防、警察からたっぷりお叱りを受けたけどな」
「あの時はごめんね、涼ちゃん」
肩にもたれながら腕を絡めてきた。
吹き上げてくる風にふわりと揺れた前髪から甘い匂いがしてどきんっ、と心臓が鳴る。
「でもあれはきっと”運命”だったんだよ」
「ただの偶然だろ」
「うん、一度目は偶然。でも二度目は運命。私たちは出会うべくして出会ったんだよ」
あの一件は自分たちの想像以上の騒ぎになってしまい、両親や近所の人たちが駆けつける中でお互いの名前も連絡先も聞けないま別れることになってしまった。
同じ学校なのは分かっていたから「また会えたらいいな」くらいに思っていたら、入学式に向かう駅の出口でばったり再会したのだ。
で、第一声が「もうこれは運命でしょ。好きです、付き合ってください」――だったわけ。
思い返せば、おれは自転車のカゴから桜庭が同じ学校の生徒だと気づいていたけど、本人は知らなかったのだ。
再会したおれたちは晴れて同じ学校の生徒になったわけだけど、知ってのとおり犬猿の1組と2組に分かれてしまった。しかも桜庭は入学してすぐに月乃から委員長指名されるほどの人気ぶり、一方のおれは地味で目立たないモブだ。
これのどこが運命なんだろう。
「ところでそろそろちゃんと呼んでくれないかなー?」
ぎくっ。
「な、なんのことかな」
「な・ま・え。いつも桜庭桜庭って名字ばっかり。私はなぎさって呼んでほしいの」
じつはおれたちはまだ”正式”には付き合っていない。
だって会って二回目に突然告白されたんだぞ。相手のことを全然知らないし、女の子と付き合った経験がないからどんな態度でいればいいのかも分からなかったんだ。
だから一旦は保留――もとい、友達以上恋人未満の関係でいる。
「そ、そのうちにな。おれは桜庭と違って器用じゃないから普段から名前呼びしているとみんなの前でポロっと口走っちゃいそうで怖いんだよ」
「むぅ~」
桜庭のことは嫌いじゃない。特別な女の子だと思っている。
でも1組と2組は犬猿の仲で、桜庭は月乃からの信頼も厚い。
長いものに巻かれろってわけじゃないけど、クラスの雰囲気を壊してまで桜庭とイチャイチャする勇気がまだおれにはない。
もっと自信をつけて、いつか、「なぎさ」って呼んでやりたいけど。
「分かった。いまはまだ我慢する。いまは、ね」
しおらしく引き下がるかと思いきや、一転して笑顔になった。
なにかを企んでいる目だ。
「でも私、待っているよりガンガン攻めたいタイプなんだ」
「どういう意味だよ?」
「ふふふ、楽しみだね。で・ぇ・と」
頬に手を当てて幸せそうな笑顔を浮かべる。
「あ……! まさかわざと負けたのか?」
ようやく気がついた。桜庭の目的に。
「うぷぷぷ、だって涼ちゃん人目を気にして全然デートしてくれないんだもん。だから一か八かの勝負にでたんだ。みんなの前で宣言したから休みの日に一緒に歩いてても不思議じゃないでしょう?」
なんてことだ。
じゃんけんには負けたけど勝負自体には勝っていたのか。
恐ろしいヤツ。
「ねぇどこに行こうか? 私行きたいところたーっくさんリストアップしてあるんだ。遊園地、水族館、カラオケ、ゲームセンター……あ、映画もいいね!」
意気揚々とスマホをいじっていると非常口のドアノブがガチャンと音を立てた。
まずい、だれか来る!
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