キス 済みか未遂か
(※混乱した涼太の独り言がしばし続きます…)
前略。おかあさん。お元気ですか。
おれは元気じゃないです。
というのも、入学式で出会った女の子と仮に(←ここ大事!)付き合うことになり、じゃんけんで勝った(←ここも大事!)のになぜかデートに行くことになり、彼女に
おれはどうすればよかったのでしょう。もう何も考えられません。なんだかひどく疲れました。
「お待たせ。そろそろ起きられる?」
フードコートの机に突っ伏していたおれの頬をつついたのは桜庭だ。
「たこ焼き買ってきたの、一緒にたべよ」
テーブルの上にたこ焼きの皿が置かれた。まんべんなくかけられたソースと湯気で踊る鰹節を眺めていたら思い出したように腹が鳴った。
時刻は十一時。
昼飯にはまだ早いけど疲れきった脳は炭水化物を求めている。
「サンキュー。いただきます」
「ハイどうぞ」
早速爪楊枝を刺して口元に運ぶ。
濃厚なソースに青のりと紅ショウガのアクセントがきいてる。大ぶりのタコが口の中でぷりぷりと踊った。程よく弾力があって噛めば噛むほど味が出てくる。
「おいしい?」
「うん。めちゃくちゃうまい!」
「良かった」
斜め向かいの席に腰を下ろした桜庭は嬉しそうに笑う。
「それにしても随分と長く死んでたね」
「面目ない……」
じつはプリクラの撮影が終わるなり逃げるようにフードコートにやってきて、それから小一時間近く突っ伏していたのだ。
「ごめんな」
自分の恋愛経験のなさが情けない。せっかく桜庭がデートに誘ってくれたのに。
「いいよ。ちょっと性急すぎたかなって反省していたの。私も食べよっと」
爪楊枝を伸ばして美味しそうに頬張る桜庭。本当にいい奴だ。彼氏がみっともない姿見せたら少しくらい怒ってもよさそうなもんなのに、おれが突っ伏していた間ずっと側にいてくれた。
「なぁ……、さっきのプリクラだけど」
「ん? なぁに?」
もぐもぐしている。リスみたいで可愛い。
「おれ最後パニックになって逃げだしちゃっただろ。撮影後のデコレーション? 落書き? できなかったし、あと、キスしたのかどうかもあんまり覚えてなくて……」
キス。済みか未遂か。
自分でも知らないうちに桜庭の口元を見つめていた。たこ焼きもびっくりのぷるぷる艶々のキレイな唇だ。
「そう、なんだね……」
ふいに桜庭の目が細くなった。
「知りたい? 私のファーストキッスを奪ったのかどうか」
腰を上げ、首を傾けながら顔を近づけてくる。頬を流れていく黒髪をほっそりした指先で撫でると香水の匂いがした。
こういうときの桜庭は妙に色っぽくて有無を言わせないところがある。
「いいよ、確認してみても。涼ちゃんとなら一回でも二回でも、何万回でもキスしたいから」
髪をかき上げた手でおれの頬に触れてくる。近い。
ちょっと待て、ここはフードコート。お子さまもおかあさまもおじいさまもおばあさまもいるのにぃ~!
「目、とじて。おねがい」
公衆の面前でなんてことを……という理性とは裏腹にきっちり目を閉じている自分がいる。桜庭の言葉はまるで魔法みたいだ。
「涼ちゃん」
あたたかな吐息が近づいてくる。
おれの口に、ちょこん、とやわらかいものが触れた。
「――って辛ぁっ!」
マグマか!ってくらい毒々しい赤のソースに染まったたこ焼きが視界に飛びこんできた。
「激辛たこ焼きおいしい? 追加で買っておいたんだ。五辛だって」
桜庭は満面の笑みだ。
いまになって唇が痛くなってきた。ほんのちょっと触れただけでヒリヒリする。
「ほんと涼ちゃんはいい反応するよねー」
おれの口に押しつけた激辛たこ焼きを美味しそうに頬張っている。すげぇ。尊敬する。……って間接キスじゃんそれ。
もしいま桜庭にキスしたら辛いのかな。
……はっ! なにを考えてるんだおれの煩悩は!!
「どうしたの涼ちゃん。ひとりで百面相して」
激辛を食べた桜庭の口はさっきよりずっと赤い。熟れた果実みたいに。
「な、なんでもない、本当になんでもないって!」
「慌てちゃって、変なの」
ぺろり、と舌先で舐めた。
あぁもうほんと心臓に悪い。わざとやってるんじゃないだろうな。やってそう、桜庭なら。
想像以上に腹が減っていたらしく、あっという間にたこ焼きを食べ終えてしまった。ついでに昼飯を済ませようということになり、フードコート内にあるマックでそれぞれ好きなものを注文した。
おれも桜庭も運動するから人並み以上に食べる。メインのハンバーガーの他にポテトやチキンを二人前ずつ頼んだ。
「ところで来週から部活動の体験入部がはじまるんだよな」
一瞬、桜庭の動きが止まる。
「そうだったね。忘れてた」
1組と2組はスポーツ特待生が振り分けられる。クラス委員長である桜庭はその中でもトップクラスの
見学なんてしなくてもとっくに活動しているはずだ。
「涼ちゃんはどこか見に行くの?」
おれは。
苦笑いするしかない。
「バド部。それしかないから」
「だよねぇ。スポーツ特待生だと選択肢なんてあってないようなものだし」
おれの両親はともにバドミントンの選手だ。
小さいころから徹底的に技術を叩き込まれたお陰で地方大会までは無敗で勝ちぬけられるようになったけど、全国大会の舞台では二回戦敗退が関の山。
両親が言うにはジャンプ力はピカ一だけど背中が弱いらしい。バドミントンでは致命的だ。
「桜庭はもちろん水泳部だろ。おれ、自由形もいいけどバタフライのダイナミックな泳ぎ方も好きなんだ」
「こういう感じ?」
長い手足を伸ばして宙をかくようなポーズをとってくれる。
「そうそう。大会日程がかぶらなければ応援に行くよ。絶対に、約束する」
「ありがと。……でも、私」
急に下を向いてしまう。
どうしたんだろう。
「腹でも痛いのか?」
心配になって身を乗り出すと、
「あーん♪」
口の中にポテトを押し込まれた。
「おいしい?」
「うまいけど不意打ちはやめろよぉ」
「だって涼ちゃんがカワイイんだもん」
にこにこしている桜庭を睨みながらポテトを咀嚼する。うん、塩がきいてて旨い。
「おかわりいる? それとも私を味見してみる?」
いたずらっぽく舌を出したので丁重にお断りさせていただいた。かしこ。
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