テスト勉強とお泊まり会

 ――日曜日。


 勉強を教えてやる、という佳乃の誘いに乗って家を訪れたおれは。


「……でっか」


 巨大な門構えに圧倒されていた。

 どこかの美術館や博物館を思わせる白壁がどこまでも続き、先が見えない。「簪」の名札があるのでここで間違いないはずだが中は見通せない。インターフォンらしきものも見当たらず、佳乃の連絡先も知らないおれは立ち尽くすしかない。


 はてどうしたものか。

 困り果てていると後ろから声をかけられた。


「おはよう。早いんだね、鈴木涼太くん」


 なぎさだ。月乃も一緒にいる。


「あぁおはよ。桜庭なぎささん、ルナっちさん」


 笑顔で二人を出迎えると月乃がにやにやと笑みを浮かべた。


「お互いフルネーム呼びなんていじらしいわね。わたしに遠慮しないでいつもみたいに『涼ちゃ~ん』『なぎさ』って呼び合ってもいいのにぃ」


「もう、やめてよルナっち。他にだれが聞いているのかも分からないんだから」


「大好きな彼氏に見てもらいたくて一所懸命服選びしたのに今更なに照れてるの」


「ルナっち~! それは言わない約束でしょう~!?」


 なぎさは顔を真っ赤にしているが、私服姿を見るのはこれで三度目(水着を除く)だ。


 フリルが愛らしい袖無しの白いブラウスに紺のショートパンツ。うん、すばらしい。眼福眼福。


「めちゃめちゃ可愛い。なぎさは何を着ても似合うよな」


「あ、ありがと……」


 照れて小さくなるなぎさも可愛い。ぎゅっと抱きしめたくなるくらいだ(公衆の面前ではやらないけど)。


「なーに話してるんすか」

「おはようごじゃいます」


 反対方向から矢島とポプラが並んでやってきた。珍しい取り合わせだ。


「姐さん月乃さんおはようっす。あと鈴木もついでに」


 ついでじゃなくておれが呼ばれたんだけどな。相変わらず手厳しい。

 でもなんか慣れてきた。


「揃ったようだな」


 どこからか声がして、目の前の巨大な門がギギギと音を立てて開き始めた。腕を組んで待ちかまえていたのは佳乃だ。


「暑いところ良くきたな。歓迎するぞ」


 私服姿を見るのは初めてだけど、シンプルな青いワンピースだ。


「ここはわたしの私邸だ。なにも遠慮しなくていいから。な、藤堂」


「はい、お嬢さま」


 佳乃の後ろに控えていた着物姿の女性がにこやかに微笑む。この人が藤堂さんか、お手伝いさんみたいなものかな。


「皆さまお疲れでございましょう、中で冷たい飲み物をご用意しております。ささ、どうぞ。……月乃さまもご遠慮なく」


 そうだ。月乃と佳乃は軋轢があるんだ。

 大丈夫なのかな。

 チラッと月乃を盗み見ると、伏せ目がちに髪の毛を払いのけて「お構いなく」とだけ答えた。


 藤堂さんに案内されて長い廊下を進んでいく。広いな。いくつ角を曲がったのか、どこをどう通ったのかサッパリだ。


「ここ、迷路みたいで面白いでしょう」


 月乃が話しかけてきた。

 おれとなぎさは顔を見合わせる。


「ルナっち、ここ知ってるの?」


「知ってるもなにも、お母さんが死ぬまではここに住んでたからねぇ。でも広すぎて手入れが大変だから今は1LDKの気ままな一人暮らしを満喫してるよぉ」


 ケロッとしているからこそ、それ以上なにも言えなくなってしまった。


「こちらでございます」


 ようやく目的の部屋に着いた。

 中は温泉旅館を思わせる和室で、開け放った窓からは広大な庭が見える。


 冷たい麦茶と茶菓子を振る舞われ、ほっとひと息ついたところで佳乃が本題に入る。


「テスト勉強を始める前に確認しておく。先の中間テストの順位を発表せよ。なお、わたしは学年3位だ。自慢できる結果ではないがな」


「1位はあたしれしゅ!」


 元気良く手を挙げたポプラ。一位とか三位とかどこの世界の話だよ。

 残ったおれたちはお互いに顔を見合わせて、まずなぎさがおずおずと手を挙げた。


「私は87位だったよ、数学が苦手で。ルナっちは?」


「わたしは111位。ぞろめ狙ったんだ」


 残るはおれと矢島。

 目を合わせたものの互いに牽制しあっているのが分かった。


「鈴木は? どうだったんすか」

「おれは……自慢じゃないけど勉強は苦手で……144位」


 途端に矢島が目を輝かせて立ち上がった。


「ぎゃははは! 勝った! あたし141位!」

「大して変わらないじゃねぇか」

「負け犬のなんとかは見苦しいっすよ」

「そっちこそ、どんぐりの何とかって言うんだよ」

「あたしはどんぐりじゃないっす!」

「おれだって犬じゃねぇし!」


 腕を突き合わせてにらみ合っていると「やめんか!」と佳乃が割り込んできた。


「どうどう、ひとみん」


 月乃が矢島をホールドするのと同時になぎさがおれの手に触れてくる。


「鈴木涼太くんも落ち着いて。ね、仲良く勉強しよ?」


 なぎさに言われちゃ仕方ない。

 今更だけどおれはなぎさに弱いのた。


「分かったよ。矢島、ムキになってごめんな」


「だってよ。ひとみん」


「む~」


 矢島は不服そうだ。ま、いつも通りなので気にしない。


 気になるとしたら佳乃だ。

 深くうなだれたまま肩を震わせている。

 どうした?


「……よぉく分かった」


 ゆらりと立ち上がる。

 燃えている。著しく燃えている。


「二人と同じB組になったのも何かの運命。この簪佳乃が徹底的に勉強を教えてやる! 覚悟しろ!」


 使命感(あるいは殺意)を帯びた目でおれたちを捉える。


「「ひぃいいい!!」」


 まるで蛇ににらまれた蛙。

 おれと矢島は身の危険すら感じていた。


 ――雷鳴が近づいてくる。



   ※



「雨、全然やみそうにないね」


 ぽつりと呟いたのはなぎさだ。


 勉強を始めてから約七時間。昼休憩を挟んだので正味五時間近く勉強していることになる。


 もうすぐ五時だ。

 鬼教官(と言わせてもらう)の佳乃は藤堂さんとともに外の様子を見に行っている。いろんな数式や単語が頭の中をぐるぐると回って死にそうだ。


「ほんとねぇ。逆にどんどん強くなってなぁい?……あら、警報出てる。雷に注意だって」


「雷! 怖いれしゅ……」


 ポプラは不安そうに身をすくませる。いつもの脳天気さはすっかりなりを潜めていた。


「大丈夫だって、マネージャー。雷なんて奇跡みたいな確率でしか直撃しないんだろ? こんな音、本庄部長の雄叫びと思っとけ」


「涼太しゃん……」


 ほっとしたように笑顔を浮かべると、おもむろにおれの腕にすがりついてくる。


「そうでしゅね、何かあっても涼太しゃんが守ってくれましゅよね」


「おお。任せとけ!」


 さすがに雷相手には太刀打ちできないけど虚勢を張って胸をたたいて見せた。


 それを見ていたなぎさも畳の上を滑ってくる。


「わ、私もちょっぴり怖いかも。濁流とか」


 数少ないイチャイチャ・チャンスと思ったのかどうか。おれの二の腕にピタッと寄り添ってくる。


「あ、わたしもわたしも~。ほらひとみんも」


「あたしは別に雷なんて……!」


 ピカッと空が光った。

 ややあってドン!と雷鳴が響く。


「ぎゃああああ!!!!」


 真っ先におれの胸元に飛び込んできたのは矢島だ。小動物みたいにぶるぶる震えている。


「おへそとられちゃうおへそとられちゃう……!」


 前屈みになって必死に腹を守っている。へそってなんだ? と首を傾げているとなぎさが耳打ちしてくれた。


「雷さまがおへそを取っちゃうって逸話があるんだよ。瞳ちゃんはおばあちゃん子だから昔から言われてたのかもしれないね」


「へぇ~知らなかった。……つーか、やっぱり怖いんじゃん矢島」


「う、うるさいっす! 鈴木もへそ取られたくなかったら隠すっす」


「おれは別に雷なんて怖くない──」


 ──ドォォォンッッッ!!!!


 轟音とともに地面が揺れた。

 バチッと電気が消える。


「ぎゃあああ」

「わあああ」

「ひゃあああ」



 しばらくして電気がつき、襖を開けて困り顔の佳乃と藤堂さんが現れた。


「さて、どうしたものか──ん、どうした? おしくらまんじゅうでもしていたのか?」


「あ、いや、はは……」


 恥ずかしながらおれたちは一カ所に身を寄せ合ってぶるぶる震えていた。だって怖かったんだもん。


「悪いニュースだ。裏手の川が氾濫して駅までの道が塞がれてしまった。雷雲もしばらくこの地域に留まるようだ」


「帰れないってことですか?」


「すまない。こんなことになるとは」


 うなだれる佳乃の後ろで藤堂さんがにこにこしている。


「でしたらお嬢さま。皆様に泊まっていただいたらいかがですか?」


「む?」


「明日は祝日ですし、朝になれば道も復旧するでしょう。危険の多い夜道をお帰りいただくよりいいと思いますが。部屋もたくさんありますし」


「むぅ、確かにそうだが……。皆はどうだろうか」


 決めかねた様子でおれたちに伺いを立ててくる。満更でもない顔だ。


「いいんじゃない? わたしはどうせ一人だし構わないよ」


 真っ先に賛同したのは月乃。意外だ。


「おれも大丈夫です。家には連絡しておくし」

「私も。なんだか楽しそう」

「お泊まり会楽しそうでしゅ!」


 みんな乗り気だ。


「でもウチはばあちゃんが一人だから……」


 気がかりがある様子の矢島だったが、なぎさや月乃とともに電話をかけに行くと、すっきりした顔で戻ってきた。


 決まりだ。お泊まり会決行。

 なりゆきとは言え、ちょっとワクワクしている自分がいる。


 いつの間にか雷鳴は聞こえなくなっていた。



   ※



 夜九時。


「ふぅ~いい湯だった。源泉かけ流しなんて贅沢だよな」


 借り物の浴衣を着て廊下に出た。


 この屋敷は元々旅館として営業していたらしく、男湯と女湯が分かれ、浴衣まで用意してあるのだ。最高。


「鈴木さま、お冷やです」


 待ちかまえていた藤堂さんからキンキンに冷えた水をもらう。くー! うまい。


「女湯の皆さまはもう上がられましたよ。とても賑やかでいらして」


「でしょうね。声聞こえましたもん」


 胸が~とか太ももが~とか、恥ずかしくて聞いてられなかった。


「皆さまとても愛らしくていらっしゃって……。鈴木さまはどなたが本命ですか?」


 あやうく噴き出しそうになる。


「ちょっ! 変なこと言わないでくださいよ~」


「ふふ、失礼しました。皆さまそれぞれ寛いでらっしゃいますよ。どうぞごゆっくり」


 含み笑いを残して去っていく。まったく、心臓に悪い。


 雨の気配はすっかり遠のいて虫の音が聞こえてくる。寝るにはまだ早い。


 さて、どうするか────。


【突然の分岐ルート出現!】


 ▶仕方ない。和室に戻って勉強するか →  https://kakuyomu.jp/works/16816452221335942998/episodes/16816927859894512018


 ▶せっかくだし屋敷内を散策してみようかな → https://kakuyomu.jp/works/16816452221335942998/episodes/16816927859895826739


 ▶暑いから縁側でのんびり夕涼みしたいな → https://kakuyomu.jp/works/16816452221335942998/episodes/16816927859896461906


※本筋には影響ありませんので好きな所をご覧ください。

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