文化祭②マッチングバッヂ

 文化祭当日。


 部活がない日はのんびり登校するおれだけど、文化祭が楽しみすぎて二時間も早く起きてしまった。二度寝しようにも目がバッチリ覚めてしまったので「準備もあるしな」ということで早めに登校することにした。もちろんサクランボのバッヂも忘れずに。


「涼ちゃん、おはよう!」


 駅の改札を出るのと同時になぎさが駆け寄ってきた。


「はよ。随分と早いな」


「涼ちゃんだって」


「お互い様か」


「うん、文化祭楽しみだね!」


 一年B組の教室に着くとすでに机はイスはすっかり片付けられ、半数近くの生徒が準備に追われていた。みんな早すぎ。


 教室の真ん中にしゃがみ込んでいたポプラと矢島がこっちに気づいて目を吊り上げる。


「涼太しゃん遅いれしゅ!」


「なにのんびりしてるんすか~」


「ごめんごめん」


 つい苦笑いしてしまった。

 遅いだって。集合時間の一時間前だっつぅのに。

 ま、それだけ楽しみなんだよな。


「ところでなに描いてたんだ」


「看板れしゅ。見てくらしゃい」


 二人の足元には巨大な和紙が広げられている。

 踏まないよう気をつけながらなぎさとともに覗き込むと、達筆な文字で「メイド喫茶」としたためてあった。ポプラの顔や手に墨汁がついているのはそのためか。


「B組の模擬店の看板れしゅ」


「へえーすげぇ」


 めちゃくちゃ上手いな。

 留めや払いはもちろんのこと、たっぷりの墨をまとった文字の圧倒的な存在感にイヤでも視線が惹きつけられる。隣のなぎさが感心したように手を叩いた。


「すごぉい! 本庄さん書道上手なんだね」


「ふへへ、一応師範代れしゅ」


 照れ臭そうに鼻をこすったせいで墨がついてしまった。

 それを見た矢島が心得たようにハンカチを取り出す。


「またついてますよ。これで何回目っすか」


「ごめんなしゃいれしゅ」


「いいからじっとしててくださいっす」


「むぅ~」


 丁寧に顔を拭いてやる矢島とくすぐったいのを我慢するポプラ。まるで母子を見ているようだ。


「なんすか、その目は」


 手際の良さに見とれていると矢島が噛みついてきた。


「いや、なんか矢島って見た目によらないよなぁと思って」


「イヤミっすか」


「ちがう。料理が上手だったり面倒見るの好きそうだったりして母性を感じさせるなーと思ったんだよ。いいお母さんになりそうだな」


「……!」


 たちまち矢島の顔が赤くなる。


「お、お、お、おまえなんかの母ちゃんには絶対なってやらないんだからー!!!」


 逃走した。

 んーおれまた何か変なこと言ったかなー?


「……ところで本庄さんお店の名前が違うよ。メイド喫茶じゃなくて和風喫茶のはずだけど」


「は! 間違えたれしゅ!」


「予備の紙はないの?」


「これが最後の一枚なのれしゅ……」


「じゃあメイドに×して直しちゃおうよ。可愛いシールとかテープで誤魔化せばそんなに目立たないよ」


「そうれしゅかねぇ」


 二人はあくまでマイペース。

 まるで近所のお姉ちゃんと子どもみたいで微笑ましい光景だ。


「りょ・う・たくーん」


 つんつん、と腕をつつかれて振り向くと浴衣姿の月乃が笑顔で立っていた。


「わたしの浴衣姿、どーう?」


 くるっとターン。

 無造作にまとめた髪にほっそりしたうなじ、牡丹の冴えた朱がなんともあでやかだ。


「あ、あぁ、似合ってるよ。すごく」


 お泊まり会の夜にも浴衣姿を見たけど朝日の下にさらされる肌の眩しいこと。

 それに胸元……ちょっと露出しすぎじゃないか。牡丹の花がアクセントになって余計に強調されて見える。


「じゃあ後夜祭の花火一緒に観てくれる?」


 腕を掴んでぎゅっと体を寄せてきた。

 そんなに密着したら……。


「は、はなびなんて、あったっけ」


 やばい、動揺して声が震えてしまう。


「知らないの? 後夜祭で打ち上げられるハート型の花火を屋上で一緒に観たカップルは将来結婚するってジンクスがあるんだよぉ?」


「へ、へぇーしし知らなかったなぁ(当たってるから)」


「だから試してみたくない? わたしと涼太君が一緒に観たら結婚するのかどうか。……ね?」


 桃色の唇が楽しそうに笑う。


「ちょっと待ってー!!」


 おれの危機を察してなぎさがぐいっと割り込んできた。


「もうルナっちは油断も隙もないんだから! 涼ちゃんは私と一緒に花火を観るの!」


「えー? でも約束していたわけじゃないんでしょう? 涼太君知らなかったみたいだし」


「これから言おうと思ってたの!」


 あの……仲良く。仲良くしてください。お願いですから。


「おはようございまーす。みなさん集まってますかー?」


 手を叩きながらなーな先生が入ってきた。


「皆さん作業お疲れさまです。そのままでいいので話を聞いてくださいね。リア充のカップルは校庭の池にでも沈んでいてくださーい」


 笑顔のままひでぇことを言いやがる。

 なぎさが怖々耳打ちしてきた。


「高菜先生どうしちゃったのかなぁ」


「あぁ。多分またフラれたんだよ。だいじょうぶ、いつも通りだから」


 フラれた翌日は授業も大荒れで、佳乃に「大人げないですよ」とたしなめられるくらいだ。今日はまだまともな状態と言える。


「予定通り十時より文化祭がはじまります。B組はクラス展示と模擬店ですね。先生も大変楽しみにしています。ケガのないよう一日頑張りましょう。えいえいおー!」


 ひとりで勝手にときの声をあげて高々を右腕を突き上げる。

 唐突すぎて誰もついていけないんですけど。


「先生、質問いいですかー?」


「はい、簪月乃さん」


「昨日配られたこのバッヂはなんの意味があるんですか? まだ説明していだたいてないですが」


「ああ、そうでしたね。これはマッチングバッヂです」


「「「マッチングバッヂ???」」」


 クラスの全員が一斉に首をひねった。

 なーな先生は深々と息を吸う。


「皆さんもご存じのとおり期の途中でクラス編成が変わったのは他クラスとの交流を深めるためです。その一環として、生徒会の企画でバッヂが作られました。全三十種類。一年生のうち六人が同じバッヂをつけています。文化祭が開催される十時から五時までの間に同じバッヂをつけた方を全員見つけて指定された場所に向かうと、後夜祭の場でとっておきのプレゼントが贈られることになっています──ふぅ、言えたぁ」


 教室内がどよめいた。


「六人も!?」

「プレゼント!?」

「なんか面白そう!」


 つまりおれたちは模擬店をしながらバッヂをチェックし、もし自分と同じイラストだったら積極的に話しかけなくてはいけないのだ。なるほど、いやでも親睦が深められるな。


「ちなみに先ほど話題にあがっていた屋上への扉は閉鎖されていますので勝手に入らないようにしてくださいね。特にリア充カップルは絶っ対に立ち入り禁止です!」


 なーな先生、私情入りすぎ……(笑)

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