第16話 治癒師

 出発準備中にクロニアが「ヘッケラーの見舞いがしたい」と言い出した。確かヘッケラーさんは俺に手を切り落とされた後、幕営地の治癒師に傷の治療をお願いしていたという話だから、要は『ここ』に居るって事だよな。


 事故とはいえ大怪我をさせてしまった罪悪感は俺にだってある。急ぐ旅ではあるが、紹介状とやらもまだ書いてる途中みたいだし、一言くらい見舞いの言葉を掛けるのも礼儀というものだろう。


 ☆


「初めまして、貴方が噂の勇者様ですね。わたくし治癒師見習いのティリティアと申します」


 簡素な教会みたいな建物を訪れると、背中まで伸ばした金髪を靡かせて物静かな雰囲気の少女が出迎えてくれた。年の頃は14、5歳でパチリとした碧眼の端正な顔立ちをしている。今は『可愛い』だが、数年したらとても『美しい』女性になる事は容易に想像出来た。


 俺の横にいたクロニアがおもむろに膝を付き、目の前の美少女ティリティアに頭を下げる。


「ティリティア様もご機嫌麗しゅう。この度は部下のヘッケラーがお世話になりました」


「やぁねぇ、頭を上げてクロニア。私はもうただの尼ですから…」


 クロニアとティリティアで話が始まる。んー? こちらの美少女様はやんごとなき身分の人なのかしら…? クロニアと反対側に立っているベルモも怪訝な顔をしている。


「お前達控えろ。こちらはガルソム侯爵のご息女ティリティア様だぞ?」


 へぇー、この娘が侯爵令嬢なのかぁ。えっと、俺も頭を下げた方が良いのかな? ベルモに目を遣ると、ベルモもどうしたら良いのか判断が付かず呆けて立ち尽くしていた。


「お二人とも構いませんよ。クロニアもどうか立ってちょうだい。わたくしはもうガルソム家の人間では無いのですから…」


 ティリティアは俺達に向けて首を振りながら清らかな笑顔を向ける。何やら込み入った事情がありそうなお嬢様だけど…?


 俺やベルモの視線の意味を感じ取ってティリティアは含みのある笑顔を見せる。


「大した話ではありません。親からの縁談を断ったら勘当されて教会送りになった出来損ないの女というだけです」


 おぉ、こちらは婚約破棄もののストーリーなのか。いや、『された』のではなく『した』方か……。

 まぁ考えてみれば貴族のお嬢様なんて政略結婚の道具でしか無いのだろうし、親が色々と根回しして取り付けた婚約話を小娘の独断で蹴ったのならば、そりゃ勘当されるくらい怒られるかも知れないなぁ。貴族も楽じゃ無さそうだ……。


 それにしても清楚で上品な金髪美少女とは、またクロニアやベルモとは違ったパターンのヒロイン候補が来てくれた。この娘はどんな声で俺に抱きついてくるのかな? 今からとても楽しみだ。


「俺もただの旅の剣士なんだ。『勇者様』なんて御大層な呼び名はやめてくれ」


 俺も気さくな好青年の振りをして握手をするべく手を差し出した。なんて自然な流れ! 我ながら役者だぜ。


「…ごめんなさい。教義で夫以外の殿方に触れるのは禁止されておりまして…」


「そうだぞ、不敬だぞ?」

 

 申し訳無さそうに断ってくるティリティアと、すかさず突っ込んでくるクロニア。おっとそう来ますか。まぁ焦らずとも何かの拍子で体に触れる機会はあるだろうさ。クロニアが『ザマァみろ』って顔でこちらを見ている気がしたのは気のせいたろうか?


 ☆

 

「クロニア隊長、ご無事で何よりです。任務にお供できずに申し訳ありませんでした。…勇者きみの事も気にしていない。任務を引き継いでくれてありがとう」


 ティリティアに連れられてヘッケラーさんの病室にやってきた。件のヘッケラーさんは意外と元気そうで、俺の事も怒ってないそうだ。少し安心したよ。


「気に病むなヘッケラー、今は体をいとえ。傷の具合はどうなのだ?」


 すっかり上司モードのクロニアとヘッケラーさんの会話で場が和む。そうそう、あのスッパリ落としてしまった手首をどれだけ治せる医療技術がこの世界にあるのか、とても興味がある。


「はい、そちらのティリティア様の奇跡の御業みわざのおかげでこの通りですよ!」


 そう言ってヘッケラーさんは俺達に右手を開閉して見せた。まだ包帯が手首に幾重にも巻かれているが、それ以外は大きな怪我をしている風には見えない。

 少なくとも切断された神経を再結合する技術があるのか、或いは……。


「あ痛たたっ…」


「ほら、まだちゃんとくっ付いていないのだから、無理すると手首からポロッと落ちちゃいますよ…?」


 ティリティアがヘッケラーさんを叱る。さっきは『奇跡の御業』って言ってたし、ティリティアみたいな年端もいかない少女に高度な外科手術が出来るとも思えない。


 これは恐らくは『魔法』だ……。


 怪我を治せる回復魔法、それをきっとこのティリティアは使えるんだ。

 切られた手首を結合させる位なら『見習い』のティリティアでも出来るのならば、本業の治癒師ってのはどこまで出来るのだろう? とても興味があるし、可能ならば保険として旅のメンバーに欲しい。


「な、なぁ、それってもしかして『魔法』で治したのか…?」


「『魔法』ではなく『法術』です。愛と慈悲の女神アイトゥーシア様のご加護で『癒やしの奇跡』は起こります。わたくしの力ではまだまだ未熟ですが、いずれ大きな怪我を、いえ死者すらも蘇生させる程の信仰心を持ちたいと思っておりますわ…」


 久しぶりに聞いたなアイトゥーシア。本当にこの世界では敬愛されているらしい。「俺、その女神様と寝た事あるよ」って言ったらティリティアは卒倒するだろうな……。


 ☆


「まぁ、そんな大冒険をなさってきたの? とても素敵ですわねぇ」


 クロニアが侯爵家へ向かう準備をする間、ティリティアが俺の話し相手になってくれていた。ベルモも「散歩してくる」と勝手に何処かへ行ってしまったので、ジュガスさんと話した幕営本部の待合所的な場所で 2人だけの状態になっている。


 とは言えしっかり距離を取られて座られており、周りには常に兵士の皆さんが忙しそうに行きつ戻りつしているので、ムード的には最悪である。せめて手の届く所に居てくれればどうとでもなるのになぁ……。


 いやこれは助平心ではなくて、旅のお供に治癒師が欲しいという純粋な気持ちだ。俺自身は無敵かも知れないが、クロニアやベルモが大怪我を負ったら俺にはどうしようも出来ない。

 触れないなら触れないで、このティリティア嬢、或いは他の治癒師の都合が付けられないかなぁ? という話なのだ。

 

 今更ながら聖剣の力を使わずに女子とどう接していいのか分からない(銀麦亭の女将さんは女子じゃない)。なんだか可愛い女の子を前にしてキモいオタクがブヒブヒ言ってるだけみたいな惨めな気持ちになってくる……。


 何のかんので俺の武勇伝を楽しそうに聞いていたティリティアだが、最初に見せた含みのある笑顔で俺をずっと見つめている。

 俺が対応に困ってまたも挙動不審になった所で、ティリティアが少し距離を詰めて俺の耳元に囁いた。


「勇者様の不思議な力、とても興味深いですわ。実はわたくしも侯爵家じっかには小用がありますの。もしよろしければ、わたくしも旅のお供に加えては頂けませんか…?」

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