第74話 無力感

「………………」


 左足を切断されたガドゥだが、そのまま空中で一回転して片脚で綺麗に着地した。見た感じ痛がっている様子は無い。めちゃめちゃ痩せ我慢している可能性はあるし、そうであって欲しいけど……。


 ガドゥの左足の切断面からの出血が急速に絞られる。恐らくはあの全身に巻いた包帯が自発的に動いて止血をしようとしているのだろう。便利だな、ちょっと欲しいぞ。


「せいっ!」


 俺は一歩踏み込んで再度聖剣を横に薙ぎ払う。丹田、奴のヘソの下の高さだ。片足では屈むのも飛び上がるのも困難な高さだぞ? さぁどうする…?


 ガドゥは大きく上体を反らして下方に回避、更にそのまま倒れそうになる体を一本足で思い切り後方に蹴って、俺との距離を大きく取る。これで仕切り直し……。


「解せぬな…」


 ガドゥの呟きが、広間に小さく木霊する。


魔剣アドモンゲルンの持ち主がなぜ我に敵対するのか…? まぁ良い、この場は勝ちを譲ろう。次は必ず殺す…」


 そう言うとガドゥの姿は現れた時と同じ様に、通路の影に隠れる様に薄まって、やがて気配ごと消失した。結局終始言いたい事だけ話して会話が成立しなかった奴だが、最後の言葉は俺の気持ちを更に重くした。

 

 またしても俺の聖剣を『魔剣』と呼ぶ奴が出てきた。単に呼び名の問題なのであまり気にする事では無いのかも知れないが、女神アイトゥーシアはどういうつもりで俺にこの剣を預けたのか、その真意を今一度確かめてみたくはある。また会えるものならな……。


 ガドゥの気配が消え、俺はゴブリンの巣の中心であったであろう広間に1人佇んでいた。

 安堵から大きく息を吸って吐くと、ゴブリンどもの耐え難い生活臭が鼻腔から肺を駆け抜け、急激な吐き気に襲われた。


「うぷっ… げぇぇっ!」


 ………………。


 一頻ひとしきり吐いた事で少し気持ちも落ち着いた。今回はマジでヤバかった… パニックを起こして逃げ出したのもマズかったが、逃げ出した先に今の様な広間が無かったら本当に終わっていた。

 

 最強の聖剣を賜った俺が、こんな場末のゴブリンの巣で死ぬ羽目になる。そんな茶番は御免こうむるぜ……。

 俺もゴブリン相手と舐めた態度だったが、冗談抜きでガドゥは強かった。あいつは一体何者なんだ? ゴブリン達と関係があるのか? そういえばここのゴブリンは専門的に訓練されていたかの様に連携を取って、攻撃に隙が無かった。


 分からない事だらけで放り出されて、収穫らしい収穫も無し。せめてガドゥの置き土産である片足でも持って帰るか。チャロアイトに調べてもらえば『包帯』の秘密が何か分かるかもしれないしな……。


 そうだ忘れていた! フィンとローズを置き去りにしてきてしまっていたんだった。パニクっていたとは言え彼らは『仲間』だ。生きているなら助けてやりたいし、死んでいるなら冒険者IDであるプレートを持ち帰らなければならない。


 まだ隠れているかも知れないガドゥやゴブリンの残党を注意しつつ、俺は来た道を引き返した……。


 ☆


 俺達がガドゥに襲われた地点でフィンとローズの2人は変わらず倒れていた。

 ローズの体は既に冷たくなっており、その瞳孔も開いたままだ。俺は静かにローズの目を閉じ、百の感謝と共に冥福を祈る。聖剣の呪縛ではあるのだろうけど、その身を呈して俺を守ってくれた人には変わりない。ローズの動きが無かったら、胸に大穴を開けて死んでいたのは俺だっただろう。


「うぅ…」


 男のうめき声がかすかに聞こえた。フィンは生きているのか…?


「おい、しっかりしろ! 街まで連れて行くから死ぬんじゃ無いぞ!」


 フィンに声を掛ける。俺には回復の手段も医学の心得も無い。フィンの容態もまるで判断がつかない。とにかく早く街に連れて行かないと……。


「お…」


 フィンが苦しそうに何かを告げようと口を開く。俺はフィンを話しやすい様に、壁にもたれかけさせようと彼を抱き上げたのだが、そこでフィンの胸が異様に薄くなっているのに気がついた。腕も肩の関節が外されてでもいるかの様にダラリと垂れ下がっている。


 いやこれは胸骨が全て粉砕されているんだ… だから胸の厚みも無いし、腕を支える骨格そのものが無くなっているんだ。外傷らしい外傷は無いのにどうやって…? それにこの状態ではもう長くは……。


「お前のせいで、ローズは、死んだ… 俺と… 俺と結婚する約束だったのに…! なぜ…?!」


 フィンの文字通り『必死な』糾弾に答える言葉を持たない。今聖剣の『魅了』の話をしてもフィンは納得しないだろうし、興奮させては逆に死期を早めるだけだ。


「お前は、俺達を見捨てて逃げ出した… 絶対に、許さない! 呪ってやる! 呪って貴様を…」


「おいもう喋るな! 恨み言は後で聞くから… 謝るから…」


 俺の言葉もそこで切れた。フィンは力を使い果たしたかの様にガクリと顔を落とし、鬼の形相でそのまま息絶えた。


 結局俺だけが生き残ってしまった……。


 冒険慣れしていない新人を手伝って、サクッとゴブリンを退治して、勝利の凱旋と宴会をやって、頼れる先輩仕草に軽く尊敬されたりして、新たな冒険者の誕生を祝福する… それだけのつもりだったのに……。


 蓋を開けたら新人どころか俺までもが死にかけて、一党パーティが全滅する所だった。しかもガドゥを始め敵側の情報はほとんど入手できず、新人2人をむざむざ死なせに行った様な物だった。


 だが俺が生き残った事で、『何か良くない事』が起きているのは察知できた。俺を入れずにフィンとローズの2人だけだったら、ガドゥどころか訓練されたゴブリンに迎撃されて、そのまま何も掴めずに2人とも死んでいただろう。


 フィンは今際いまわの際に俺を「呪う」と言った。フィンに呪詛が扱えるのか? またそれが実効的な意味を持つかどうかは分からない。分からないが俺は今『人から恨みを買う』事がどれだけ気持ちが悪いかを実感している。


 一から十まで全て俺が悪い訳では無いのにさ、最期の力を振り絞ってまで呪わなくても良いじゃん? とか思ってしまう。


 だからと言って彼らをこのままにもしておけない。俺は2人の遺体を洞窟から運び出し、川岸に並べて埋葬してやった。せめて『あの世』では仲良く結ばれて欲しいと切に願うよ……。

 

 俺は彼らの冒険者証を回収し、この上ない無力感にさいなまれながら、ゴブリンの巣を後にした……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る