第73話 一騎打ち

 洞窟の通路は広くは無かったが、身長の高くない俺がかろうじて屈まずに走れるくらいの高さはあった。通路の先からゴブリンの話し声らしき物も聞こえてくる。

 

 ゴブリン語はちゃんとした体系のある言語では無いために、聖剣の力を持ってしても完全に理解する事は困難だ。主語だの述語だのの並びや単語の名称ですら部族ごとにまちまちで、ゴブリン同士でも部族が違えばコミュニケーションが取れないのではないか? と不思議になる。


 だが今はそんな゙事にのんびり気を砕いている暇はない。少しでも安全な場所を確保して、追ってくるであろう包帯男に対処しなければならないのだ。


 ゴブリン達の話し声が近い。恐らくは先程逃げた奴が増援を連れて戻ってきたのだろう。

 通路の角を曲がった瞬間に、数本の槍が突き出されてきた。俺が来る事があらかじめ分かっていたかの様な反応。ここのゴブリンは本当に変だ。戦い慣れしすぎている。


 普通の冒険者なら、この瞬間に穴だらけの槍衾やりぶすまと化していただろうけど、ここでは俺の聖剣バリアがちゃんと仕事をしてくれた。

 ゴブリンの攻撃を防いで、ようやく松明たいまつに照らされた敵の数を把握する。数は4匹、その後ろにゴブリンのボスと思われる大柄な奴がいた。


 走っていた勢いのついたまま、俺は手前の4匹のゴブリンを無視して奥のゴブリンへ突進する。左手には松明があるので使えるのは右手だけ、しかも武器も無い。


 俺は右手を伸ばしてボスゴブリンの顔を掴み上げる。勢いに押されて倒れ込む俺とボスゴブリン。

 俺の体重を乗せたまま後ろに倒されたボスゴブリンは地面に後頭部を打ち付けられ、更にトドメとばかりにその喉笛には、体重をかけた俺の膝が撃ち降ろされた。


 昔、何かの漫画で見た暗殺拳の真似事だが、咄嗟に無意識にやった割にはクリティカルヒットしたらしく、「ゴキっ」という頸骨の粉砕された音と共に、ボスゴブリンは登場とほぼ時を同じくして死亡した。


 頼みの綱のボスを一瞬で失い動揺する雑魚ゴブリン、こいつらまで相手をしている暇はない。


 俺は素早く立ち上がると、後ろも見ずに迷わず洞窟の奥へとひた走った……。


 ☆


「よし、ここなら戦える!」


 賭けは的中、洞窟の最奥は高さ2mと少しある円形の広間になっていた。壁に数か所明かりがあり、松明が無くても戦えそうだ。

 ゴブリン達の生活の跡はあったが、現在広間には誰もいない。入口からここまでに会ったゴブリンで全てなのか、既に非戦闘員を避難させたのかは定かではない。

 

 いずれにしてもそれはもう問題ではない。「ここには聖剣を抜いて戦えるスペースがある」事のみが俺にとって意味のある事象だ。

 縦に振り下ろす高さは無いが、横に薙ぐ広さはある。少なくともさっきの様に無様な真似は晒さないだろう。


 ちょうど槍を構えた4匹のゴブリンが、俺を追って広間に入ってきた。

 ボスを殺したのに戦意を失っていないのは、奴らが特殊な訓練を受けてきたのか、或いはさっきのボスではなく、包帯男が真のボス、という事なのだろう。


「敵!」とか「殺せ!」といった意味と思われるゴブリン語を喚きながら、ゴブリンどもはそれでも隊列を崩さずに迫ってくる。


 ここからは俺のターンだ。ゴブリン達の持つ槍の射程のはるか手前、俺は素振りをする様に聖剣を横に薙いだ。

 この世界に来て初めての戦闘も相手はゴブリンで、その時も薙いだ剣が対象に触れること無く、多数のゴブリンの首を落としたものだ。


 あの時と同じ光景が眼前に広がる。4匹のゴブリンは同時に動きを止め、同時に首が床に転がり落ち、同時に首から天井に向けて多量の血液を吹き出し倒れていった。


 よし、これだ… この感覚だ……。


 俺は無敵でなきゃダメだろ? どんな強敵も一刀両断出来なきゃ、女神が嘘をついた事になる。仮にも世界の主神である『愛の女神』が嘘をつくのは良くないし、そもそもありえない。


 俺は無敵だ。さっきの包帯男からダメージを受けたのは何かの間違い、きっとバグの一種だろう。


 そして俺がメンタルを持ち直したタイミングを測っていたかの様に、包帯男が通路の奥からのそりと現れた。


 ☆


 包帯男やつは間違いなく俺の意図を把握してこの部屋にやって来た。足元に転がるゴブリンの死体に目もくれず、俺に向けて構えを取る。


 沈黙、そして包帯男の「すぅっ」という息を吸った音と同時に奴の影が動いた。最初に出してきた前蹴りだ。だがこの蹴りは当たる直前に軌道が変わる技なのはさっき見せてもらった。同じ技が何度も通じると思うなよ……。


 奴の蹴りが来る。だが今度はこちらも聖剣がある。拾い物のゴブリンの小剣とは比べものにならない固さと重さと手に馴染んだ安心感がある。


 俺が防御の為に構えた聖剣が奴の蹴りを受け止める。今度はしっかりと受け止めてくれて、俺の手から武器が離れる事は無かった。


 それでも聖剣ごしに先程の電気火傷に近い痛みが伝わってくる。だが深刻なダメージではない。防御貫通してくるダメージ量は決して多くは無いのだ。落ち着けば勝てない相手じゃない……。


「もう一度聞くぞ。お前は何者で何の目的があって俺達を襲う…? 答えないならそのまま斬るぞ…?」


 包帯男は構えたまま一歩下がる。


「無様に逃げ出した臆病者に語る口は無い。我が名は『ガドゥ』、『ドゥルスのつかい』よ。その名を冥府の悪鬼に語り継げ…」


 抑揚の無い、それでいて侮蔑を隠さない口調で包帯男… いや『ガドゥ』は答えた。『ドゥルスの遣い』ってのは何なのか分からないけど、ここで聞いて教えてもらえる雰囲気じゃないよな……。

 

 無様に逃げたのは事実だけど、ピンチからの起死回生を狙っての行動だ。ここでガドゥを倒せば全部チャラに出来る話だ。

 

 俺は聖剣を正眼に構えてガドゥと対峙する。これまでの攻防から、恐らく俺の技量と剣筋は既に見切られている。ガタイの大きい聖剣だんびらなら尚更だ。

 ガドゥの足元に転がるゴブリンの死体の様子から、こちらの聖剣の切れ味は理解しているはずだ。そして奴の軽装備では聖剣の攻撃を躱す事は出来ても防ぐ事は出来ない、と。


 つまり俺のミッションは『如何にしてガドゥに一撃を入れるか?』になる。奴は聖剣が本体以上の射程がある事を知らない。隙を突くならその一点になる。


 …決着は一瞬だった。


 こちらのフェイントで軽く突いた聖剣を掻い潜って、ガドゥが低い姿勢から貫手のアッパーカットを仕掛けてきた。

 すかさず俺は突き出した聖剣を下に押し込む様に下げる。ガドゥはそれを読んでいたかの様に聖剣を半身になって回避し、体を落とした俺に向けて再び貫手を振りかぶる。


 ここが俺の仕掛けどころだ。聖剣が虚しく地面を叩く。その反動で聖剣は跳ねる様に少し浮き上がった。俺は敢えて一歩踏み込みガドゥの貫手を右肩に受けた。


 ガドゥの指先が体に刺さる、クッソ痛い! だが腕が伸び切らない状態では威力は半減しているはずだ。重傷ではない。


「ぅらぁっ!!」

 

 俺は跳ねた剣をそのまま下から上に斜めに斬り上げる。ガドゥはそれを『後ろ』に跳んで回避しようとした。


 普通の剣なら外れていた。だがしかし、俺の聖剣の剣先より生じた衝撃波によって、ガドゥは左足の膝から下が見事にスッパリと切断されたのだった……。

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