魔王と呼ばれた勇者、或いは勇者と呼ばれた魔王 〜最強の魔剣で自由に生きる! 金も女も、国さえも思いのまま!! …でも何かが違うみたいです

ちありや

第1話 女神

『目覚めて下さい… 勇者よ… 私は女神… 女神アィ… どうか闇の魔………る前に…』


 ☆

 

 夢の中で少ししわがれた女の声を聞いた。夢で見た光景は真っ暗で、手を伸ばしてもその手の先すら暗くて分からない。全面がそんな闇の中だった。

 

 真っ暗… 本当に俺の人生そのものの様な言葉だ。今まで生きてきて嬉しかった事などほとんど無かった。

 親からは疎まれてクラスメイトからは集団で虐められる。やれ『お前の目つきが気に入らない』『キモいブサイク顔』『生意気な口を利くな』『寄るなデブ』『鈍臭い』『邪魔くさい』『普通に臭い』等々……。


 学校でも教科書や上履き、体操着はほぼ毎日と言っていいほど紛失するか汚される。酷い時には焼却炉の中から燃えカスで発見される。


 親や教師に相談しても「どうせお前が悪いのだろう」と軽くいなされる。

 俺が「虐められるから学校に行きたくない」と親や教師に訴えても「甘えるな」とまるで聞く耳を持ってもらえなかった。

 

 今日も教師らの目の届かない所でクラスの何人かに男子トイレに連れ込まれる。


「おいブタ、便所掃除しろよ」


 唐突に虐めのリーダー格に命令された。逆らうとまた腹を殴られたり持ち物を隠される。

 仕方なく掃除ロッカーからモップを取り出した俺を見て、リーダー格の奴はいきなり俺の背中に蹴りを入れてきた。

 蹴りの衝撃でバランスを崩した俺は、そのまま個室の洋式便座に顔から突っ込みそうになった。

 いくら俺でも便器とキスをするのは御免被りたい。俺は倒れそうになりながらも体を捻って崩れかけた体勢を矯正しようとしたのだが、それがいけなかった……。


 バランスを崩したまま体を半回転させる俺。1秒後に俺は後頭部を先鋒に、便器の角に向けて倒れ込んでいた。

 頭の中に『ガン!』という大きな音と衝撃、痛みを感じるよりも早く『あ、これ死ぬわ』と理解できた。

 正面から突っ込んで額で受けていた方が逆にダメージは抑えられていただろう。だが今それを言っても何の解決にもならない。


 視界が外枠から暗くなって行くのが分かる。イジメっ子連中も予想外の出来事に浮足立っているのが目に映る。

 だが誰も教師に連絡しようとか、救急車を呼ぼうとか言う動きを見せない。


 俺の体はもう全然動かないし、奴らが何か相談している様だが既に耳も聞こえなくなっている。目玉すらも動かせず、音の無い定点カメラの映像が淡々と流れているだけ。その映像も徐々に暗さが増していく。


 やがて1人、2人と慌てるようにトイレから出ていくイジメっ子連中。

 そして最後の1人がトイレから退出しようと視界から消えた時点で、俺の視界も完全にブラックアウトしてしまった……。


 ☆


「あら、気が付きましたぁ? ご気分はいかが?」


 目が覚めると、何やら草原に寝かされていた。はて? 俺は学校の男子トイレで頭を打って気を失っていたはずでは…?

 鼻をくすぐる風は学校の様な屋内では無い。地面に生えている雑草は紛れもなく本物の草で、少し掴んで手に取ると微かに青臭い匂いが立ちのぼった。


「俺は、一体…?」


 上半身を起こして状況を確認する。まず俺自身は怪我等も無く元気そうに思える。激しくぶつけたはずの後頭部にはこぶも無く痛みもない。


 今座っている草原は草以外に何も無い。見渡す限りの大草原が広がっており、家屋も無ければ動物の気配すらも無い。


 そして目の前の女だ。座っている俺の顔を、前かがみで膝に手を付き興味深そうに覗き込みながら笑顔を浮かべている。知らない顔だ。

 年齢は20歳前後だろうか? 日本人では無さそうだが、かと言って外国人かというと判別し難い顔、綺麗と可愛いの中間を狙った様な顔だ。

 美人は美人なのだが、どうにも言葉に出来ない違和感を感じる。そんな感じの女だ。


 そしてその女の顔よりも服装の大胆さの方がどうにも目について仕方がなかった。

 女は昔のギリシャ彫刻の様な、白くて長い布をゆったりと体に巻き付けた服装をしており、一抱えもありそうな大きな胸が俺の目の高さに揺れている。


 ゆったりとした衣服のせいで胸がまろび出てきそうな態勢であり、視線をそこから外せない。


「うふふ、どうやら『元気』みたいね。良かったぁ」


 俺の下半身の一部を見つめて再び笑顔を見せる女。反射的に照れ隠しで股間の盛り上がりを手で隠してしまう。


「あ、アンタ何者だよ? それにここは何処なんだよ!?」


 気まずさを紛らわせようと俺も声が大きくなる。何よりずっと全ての女子に虐められ避けられてきた俺に初めてフレンドリーに接してくれた女、俺はその女に『嬉しさ』よりも『不信感』が先に出てしまっていた。


 俺の質問に女は含みのある笑顔を見せて、立ち上がり俺と少し距離を取った。そしてそのまま振り返りニッコリと笑顔を見せ口を開いた。


「あたしは『愛』の女神アイトゥーシア、ここは『世界の狭間』、色々な世界と世界を繋ぐ通路みたいな物かな? で、薄々気がついていると思うけど、貴方は事故で死んでしまったの。貴方の生き様ががあまりにも不憫だったから、新しい世界でやり直して貰おうかなぁ、って思ってここに呼んだんだ…」

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