第84話 勝鬨

 屍人ゾンビを生み出す『謎の石』は破壊した物の、俺達の被害も甚大だった。

 前衛組約30名のうち、ほぼ全員がゴリゾンビの腕の一振りを食らって負傷しており、うち半数が骨折等の大怪我を負った。


 そして残念な事に全身骨折や脳挫傷等で、4名の命が失われた……。

 

 この世界には『蘇生魔法』は無いらしく、死んだ人間は二度と蘇る事はない。怪我の治療にしても即座にダメージが回復する物ではなく、自然治癒の速度を数十倍に上げる形の物だ。


 ティリティアと初めて会った時にヘッケラーさんの切断された腕を治していたけど、「まだちゃんとくっついてない」って言ってたもんな。


 とにかく「ヒール!!」でボワワ〜ンと魔法が掛かって、ポンと傷を治せるお気楽な世界では無いんだよな。だから初めから致命傷を受けるとそのまま助からない、なんてのも珍しくないみたいだ。


 倒したゾンビの総数は不明だが、俺だけでも200は軽く斬っている。これはダントツにトップスコアのはずで、他のメンツの戦果を合計しても俺と同じ、或いは少し超えるくらいだろう。

 仮に戦果の総数が500として、死者4名、重傷者12名で勝てたのならば『大勝利』と言って差し支えないと思う。


 やがてこの地を覆っていた瘴気に満ちた霧は徐々に晴れ、元の美しい大地を取り戻す事が出来た。


「俺達の勝利だ! 皆、声を上げろーっ!!」


 ゴルツさんの怒号とも思える大きな声が轟く。それに続いて作戦に参加した全員が、男も女も関係なく思い思いの歓声を上げた。


 それと同時にゴルツさんが膝をついてうずくまり動かなくなってしまった。え? 大丈夫か…?


 慌てた様子でライク大司教や聖女ホムラ、更にティリティアら神官達がゴルツさんを取り囲み治癒を試みる。

 そう言えばゴルツさんの受けたダメージもかなり重篤な物だったはずだ。


 先程も言ったが、この世界の回復魔法は即効性ではない。つまりゴルツさんは傷や骨折が殆ど治って居ない状態で戦斧を振り回して暴れていたって事になる。

 

 恐らくは精神力だけで戦っていたのだろう。その緊張の糸が切れれば、立っている事すら不可能な疲労に襲われるのは必定、ホント武人の鑑みたいな人だな……。


「お疲れ様でした。お怪我はありませんか…?」


 ゴルツさんの方は聖女らに任せる事にしたのか、ティリティアが俺の下に駆け寄って来た。戦いで疲れ果てた所に美少女の笑顔は、疲労回復の特効性能があるな。


「俺は全然平気。ティリティアが何か加護を掛けてくれただろ? 多分アレのおかげ」


 俺の答えにティリティアは「良かった」と微笑み、俺を軽く抱擁する。

 俺も抱き返そうと腕を回した所でティリティアは即座に体を離して大司教らの元に戻ってしまった。


 一見薄情な様だが、俺とティリティアは気持ちの面ではともかく、法的にはまだ結婚どころか婚約すらしていない。その状況で独身の男女が抱き合うのは、アイトゥーシア教会の教義的によろしくない、という事なのだろう。もどかしいぜ。


 今回の戦いで、俺も貴族であるティリティアに相応しい地位に上がれただろうか? 彼女に釣り合う男になれただろうか…?



「魔剣の男はいるか…?」


 奥から弱々しい男の声がした。全身包帯で巻かれた巨体の男が担架に寝そべっている。恐らくは治療の為に鎧を外されたゴルツさんだろう。


 周囲の視線が俺に集まる。今回の遠征隊に『魔剣の男』と呼ばれる様な奴は俺以外に居ない。満場一致で呼ばれたのは俺だな。


「何でしょう…?」


 ゴルツさんは俺の事を『邪神の手先』と疑っている最先鋒の人だと聞いている。現に先程の戦闘では俺を真っ先に飛び込ませて、そのまま捨て石にしようとした疑いもある。あまり柔らかい態度は取りにくいな……。


「今回の働き、見事だった… お前を世に仇なす『魔剣使い』と見て接していた過去の非礼を謝罪したい…」


 兜を脱いだゴルツさんは、禿げ上がった頭にヒゲ面、額に5cmほどの立派な角を携えた、ある意味予想通りな強面のオジサンだった。


 王様の昔の冒険仲間、そして現在はよく分からんけど、王様の側で武器や鎧をガチャガチャさせても許される身分の人。親衛隊とか警察とかなのかな? とにかく王様直属の武官なのは間違い無い。


 出陣の際に会った、やはり王様の昔の冒険仲間ディギールさんによれば、「ゴルツあいつは疑うのが仕事」とか言っていたから、俺みたいな素性の怪しい男は警戒度Maxだったのは十分に理解できる。


 そのオッサンから「謝罪したい」と言われたという事は、俺の疑いは晴れたのだろうか? 分かって貰えたのだろうか?


「いえ、立場が逆なら俺も同じ事をしたと思います。どうか気にせず体をいたわって下さい…」


 俺もあまり気の利いた事を言えなかった。だがゴルツさんはそんな俺を笑い飛ばした。


「ガッハッハ! 小僧のくせに気を遣って言葉を選ぶな! お前の働き、必ずや国王陛下に報告しておく。いずれまた別の戦場で共に戦おうぞ!」


 そこまで言って「あ痛たた…」と顔を歪める。ホントに大丈夫か…?


「まったく… 息をするだけでも体中痛いくせに無理をして… 貴方が怪我して国王カーノに怒られるのは私なんですからね…」


 ライク大司教が話に入ってくる。長い付き合いの仲間の絆的な物を窺わせるやり取りだ。


「うっせぇよ生臭なまぐさ坊主! 今意識を失ったら魔剣の小僧と話せないだろうが!」


 そこまでゴルツさんが言った所で、ライクさんは笑顔のまま手にしていた鎚鉾メイスみたいなゴツい錫杖でゴルツさんの頭を殴りつけた。

 

 ゴンっという鈍い音を発してゴルツさんが昏倒する。おいこれはさすがにヤバくないか? なにげにゴルツさん今日イチのデカダメージじゃない…?


「とりあえずお疲れ様でした。一番石頭の鬼族オーガを説得出来たなら、君の疑いはほぼ晴れたと見ても良いでしょう。さぁ、王都に凱旋しましょう!」


 ライク大司教の声に皆が一斉に「おぉーっ!」と勝鬨かちどきを上げた。

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