第7話 初仕事

 いやぁ、高級なはずの宿屋に風呂が無いとは想定外だった……。


「風呂に入りたかったら川沿いに湯屋があるからそこに行くんだね」


 宿の女将さんに言われて脱力してしまった。風呂に入る為にまた何キロも歩くのは御免だし、どの道もう外は真っ暗で湯屋とやらも営業はしていないだろう。


 半ネグレクト人生の俺だったが、生前も風呂は普通に入れてもらえていた。『臭くなるから』という理由付きだが、まぁ今となってはどうでもいい。


 酒場の2階、寝室として通された部屋もランタン1つの全体的に薄暗くて簡素なベッドと申し訳程度のクローゼットだけの部屋。たとえ朝食付きでもこれで30000円はボッタクリと言われても仕方がないと思う。


 いっその事、あの女将さんに触ってみたら「宿賃は一生タダで良いわよ!」と言ってもらえるかも知れない。だがその一方であのビヤ樽みたいな体型をした女将さんに体の関係を迫られるという、ちょっと考えたくない可能性を考えると軽率には動けないなぁ、まぁどうにも金が無くなった場合の最終手段だよな……。


 ☆


 翌朝、差し込んできた朝日に目を覚ました俺は身支度を終えて、びっくりするほど硬いパンと塩っ気だけで具のないスープを朝食に採って、一旦外出する事にした。


「仕事を探しているなら広場の反対側にある『斡旋所』に行ってみな。その剣が飾りじゃないならそれなりの仕事があると思うよ?」


 なんだかんだで世話を焼いてくれる女将さん。金にはガメつそうだけど、根は良い人なのかも知れない。


 言われた通りに広場の反対側に回ると、シンプルに『斡旋所』とだけ書かれた建物があった。大きさは銀麦亭と同じくらい。ここでも1階は軽く食事ができるみたいだ。中は結構混雑していて、20人を少し超えるくらいの俺と同じ年代から親くらいの年代まで様々な男(女性も3、4人いるみたいだ)が、大きめのカウンターに詰め掛けて『今日の仕事』を貰いに来ていた。


 カウンター横の掲示板みたいな場所に10枚ほどの張り紙がしてあって、そこに募集している仕事の内容が書かれている。漫画やアニメでよく見る『冒険者ギルド』そのままの光景だ。

 しばらく観察していると、カウンターで客の対応をしているのは、如何にも荒くれ者の棟梁といった感じの髭をはやした禿げ頭の屈強なオッサンだった。巨乳の美人受付嬢では無かった事に少しガッカリしたが、まぁそれは言うまい。


 どうやら直接カウンターに聞いている奴は、字が読めない連中の様で、貼られた仕事の内容を問い合わせているらしい。

 その横で字の読み書きが出来る奴は自分で掲示板から張り紙に自分の名前を記入する。

 その後、双方の希望者を集めて即席のパーティを組み依頼主の所へ受諾の挨拶に向かう、というシステムの様だ。

 ただ肝心の仕事内容だが、防壁の補修、畑の雑草抜き、荷物運び、町の巡回警備等々、本当に普通の職業斡旋所みたいだった。

 

 その中でも掲示板の端っこの方にひっそりと貼られていた紙に目が向いた。『ゴブリン狩り。2匹毎に報奨、証拠として右耳を持参する事』とある。

 あらら、昨日のゴブリンとか耳を切り落としてくれば10匹分くらいあったのになぁ。惜しい事をしたなぁ。


 モンスター討伐系の依頼はそれだけで、他は冒険心に刺さるような物は無かった。焦って今働く必要も無いし、午後にでもまた来てみようかな…?


 ☆

  

「傾聴ーっ!」


 ちょうど外に出たタイミングで広場の中心で何やら大声を出している女の人がいた。

 黒い髪を肩口で切り揃えた目筋鼻筋の通った美人さんで、とても理知的に見える。肌の色は少し浅黒くてイメッタさんみたいな透き通る様な白い肌とは対照的だった。

 

 上等な革製の鎧を着て剣を穿いた気の強そうな人だ。門衛のオジサンよりも良い装備をしている所を見るに、正規の軍隊とか騎士団とか少しハイクラスの人みたいだ。

 その女の人の両脇に、部下と思われる同様の装備を付けた男達が1人ずつ立っていた。


「昨今この近辺に馬を使った盗賊団が暴れているとの通報があり、領主であるガルソム侯爵閣下により討伐隊が編成された。ついては義勇兵をこの場で募集したく思う! 待遇は朝夕2食付きで1日10カイ、期限は7日で馬賊の首を穫った者には更に賞与で1人につき10カイずつ提供しよう!」


 ほぉ、食事付きで日当が出るなら結構美味しい仕事なんじゃないかな? とは思ったんだけど、聴衆の誰も手を上げようとしない。


「どうした?! 我こそはという豪の者はいないのか?!!」


  女隊長さんの声が虚しく響き渡る。そっか、普通の町民とかなら日当10000円で命の遣り取りする仕事なんかしたくないよなぁ……。


「あの…」


 その中でおずおずと手を挙げる者がいる。俺だ。


「俺、その仕事やってみたいんですけど良いですか…?」


 女隊長さんとその部下、更に周りのみんなの視線が俺に集まる。

 俺と隊長さんは一瞬嬉しそうな顔をしたが、俺を見てすぐに不機嫌そうな顔に戻ってしまった。


「貴様、旅の者か? 背負っている物は立派だが、そのダラけた体型で戦えるのか?」


 物凄く不審者を見る顔で俺を見ている。うん、まぁ分かるけどさ、ちょっと悲しいよね……。


「…良かろう、試験はしてやる。従いて来い」


 俺は女隊長さん以下3名と共に、一旦街の外に出る事になった。


 ☆


「では模造刀を使って模擬戦をしてもらう。刃は潰してあるが互いに怪我をさせないようにな。ではヘッケラー、腕を見てやれ」

 

「はっ!!」


 一度門を出て数十m歩いた所で女隊長さんはのお付きの1人が模造刀を抜いて俺と対峙する。

 俺も聖剣を鞘に収めたまま、模造刀を構えて相手に向かい合う。ちなみにここで不合格になって町に戻る事になっても、入場料その他の費用は出してもらえる話だ。


 この手にあるのは絶大な魔力を持つ聖剣ではなくて刃を潰した模造刀だ。果たしてこの状態での俺の戦闘力は如何ほどなのだろう?

 聖剣ではない武器を使った場合、俺はまともに戦えるのだろうか? 剣道すらまともに習った事も無いんだが、ボコボコにされて打ち捨てられるのは勘弁して欲しいんだけど……。


「始めっ!」


 女隊長さんの掛け声でヘッケラーさんが俺との間合いを詰めてくる。

 俺も聖剣のおかげか体の動かし方は身に付いている。ヘッケラーさんの打ち込みに合わせて相手の剣を叩き落とせば良いかな? みたいな感じで軽く剣を狙って振り下ろした。

 次の瞬間、狙いがズレて剣を握っていたヘッケラーさんの右手を直撃、手首からスッパリ切断してしまった。


「ぐぁぁぁっ!!」


 ヘッケラーさんの苦悶の叫び声が響く。

 あわわわ、やっちまった。わざとじゃないんです事故なんですゴメンナサイっ! って言うか、聖剣じゃなくて刃を潰したなまくらでもこれだけの攻撃力が出せるのか……。


「貴っ様ーっ!!」


 女隊長さんが物凄い剣幕で俺に掴みかかって来た。もう1人のお付きは俺を睨んで剣の柄に手を掛けている。


 女隊長さんは竦んで立ち尽くす俺の襟首を左手で掴んで右の拳を思い切り振りかぶる。


 殴られる! しかも篭手で攻撃力をアップさせたパンチが来る!

 覚悟を決めて目を閉じたが、一向にパンチは飛んでこなかった。

 恐る恐る目を開いて女隊長さんを見ると、彼女は戸惑った顔をして次にはにかみだした。


「も… もうっ! 冗談が過ぎるぞお前はっ! 『怪我はさせるな』って言っただろ…? 本当にもう…」


 彼女は左手は俺の襟首を掴んだまま、右手は人差し指で俺の胸に『の』の字を書き続けていた。

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