第91話 政略

「はぁ… はぁ…」


 とりあえず一戦終わって、一糸まとわぬ姿のまま荒く息をつく王女様。満足そうに目を閉じたまま、時折り腰の辺りが痙攣する様な動きを見せていた。


「お可哀想なミア姉様…」


 ティリティアの慈悲の憐憫のこもった視線が俺の心も暗くする。

 何も知らない王女様を『淫奔』の力で半ば無理矢理従わせて、自分らの計画の為に利用するというのは、それが最善の策だと分かっていても、あまり人に誇れるやり方ではない。それは俺も理解している。


「貴女は変わってしまったわね、ティア…」


 王女様も心ここに在らずみたいな感じだったが、話はちゃんと聞こえていたらしい。どう転んでも騒ぎの中心に成らざるを得ない人だから、不安定な精神状態にはしたくないんだよね……。


 ☆


「まず前提条件としてわたくしには許嫁いいなずけがおり、来年にはシュバルツ王子を婿に迎える予定です。それはティアもご存知でしょう?」


「隣国クライナー王国の第2王子ですわね… 更に隣国のウルカイザー大公国はクライナー王国の同盟国、そしてウルカイザー大公国はバルジオン王国との間に長年国境紛争を抱えていて…」


 他国の情報とか初めて聞いたな。『虚無ヴォイド』でのゾンビ大発生の時に、ゴルツさんがバルジオンだけでなく4カ国の合同軍事作戦って言っていたから、周りの国も当然在るのだな、とは思っていたが……。


「しかもウルカイザーは此度こたびの『虚無ヴォイド』での騒動を、バルジオンわがくにの仕業であると悪質な喧伝をしていましたね…」


 ゾンビ騒動をバルジオンのせいにしている国がいたのは聞いているが、ウルカイザーって所の奴らなのか。


「ええ、そしてわたくしがクライナーの王子と結婚すれば、クライナーを介してバルジオンとウルカイザーとの関係改善も進められるでしょう…」


 立場や年齢的に王女様に許嫁がいても不思議は無かったが、3つの国を跨がったここまで大きな政治問題だとは知らなかった。


「…『虚無ヴォイド』への対処、国や民の安寧、それだけ重い責任がわたくしにはあります。なのでティア、ここからどうやって貴女の提案を通すおつもりなのかしら…?」


「破棄してしまいなさいな、そんな結婚」


 王女様の言葉をぶった斬る様に自説をねじ込むティリティア。かなり無礼なんじゃないのか? 俺たち後で処されたりしない?


「私も以前は『領民や領地』がどうとか、『家の都合』がどうとか、ひたすらそれだけを気にする人生を送ってきました… 今は僧籍に入り名もなき一介の冒険者に身を置いておりますが、何も知らなかった頃よりも何倍も充実しています… ミア姉様もご自分の人生をご自分で切り拓くべきではごさいませんこと…?」


 ティリティアの言葉はともすると、王女様の決意を侮辱する行為とも受け取られかねない。はたから見ていてヒヤヒヤものなんだが……。

 

「私と貴女では身分も立場も違います。そしてその機転や行動力も私には真似できません… ティア、私は貴女にはなれません。何より兄弟あとつぎの居る貴女のお家と違い、バルジオンには私しかおりません。私が頼りない所を見せたら、いつまた内乱が起きるやも知れません…」


 女同士の政治バトルってのも大変だよな。この世界でも俺の世界で言う男女平等的な思想は冒険者界隈では割と浸透している。『男女』という括りでの仕事分けがほとんど無いからね。

 だがしかし、貴族社会では他家や他国との外交手段として、旧態依然の女性を政治の道具とする政略結婚も普通に行われる。


 ティリティアも本来ガルソム侯爵令嬢として『向こう側』の人間だったのだが、見知らぬ歳下の貴族のボンボンに嫁入りするのが嫌で、勘当同然の身で神職に就いていたという経歴持ちだ。


 貴族としては開明的すぎるティリティアと守旧派の王女様とでは価値観が違いすぎて話にならないのではないだろうか…?

 ティリティアからの又聞きだが、王女様の母親である前王も隣国との婚約を破棄して、今のカーノ王と結婚している。それからの前王の苦労と、その後の不幸を考えたら、王女様が二の足を踏むのも理解出来る。


「前の大乱から、父が20年掛けてせっかく立ち直したこの国の政情を、私のわがままで再び乱す事は許されません。ティア… 分かってちょうだい…」


 王女様の意見はいちいちもっともだ。俺と王女様が結ばれるメリットとデメリットを比較してみれば… いや、比べるまでもなく圧倒的にデメリットが多いのは、『策謀』の力を借りずとも十分に推測可能だ。


 王女様の固い意思表示で拒絶されてしまったティリティアだが、その表情に変わりはなく、いつもの優しさと寂しさを混ぜ合わせた様な、年齢不相応な落ち着いた笑顔を浮かべたままだ。


 やがてティリティアは「ふぅ…」という短い溜め息をついて、新たに素直な雰囲気の笑顔を作り直す。


「苦しめてしまって本当にごめんなさいミア姉様。私も少し事を急ぎ過ぎたかも知れませんね…」


 しおらしいセリフと共に、ティリティアはおもむろにふところから棒状の品物を取り出して卓に置いた。

 何かと思ってよく見てみると、男性器の形によく似ている。っていうか物凄く馴染みのある形をしている。

 

 あれって以前うちの女どもが話していた俺の一物の張形じゃないのか? もう完成していたのかよ……。


「ちょっとティア…」


「では今宵は失礼いたしますわ。またいつでもお茶会に呼んで下さいまし、ミア姉様…」


 慌てる王女様を尻目にティリティアは恭しく礼をし、俺を引き連れて早々に城から出てしまった。おいおい、良いのかこれで…?


 ☆


「…昔ミア姉様と2人で話したのですよ。『政略結婚なんてしたくない!』と… 今の姉様の目はあの頃と変わっていません。もう少し状況を整えて時が進めば、必ず良い方向に進みますわ…」


 王城の裏道、俺達が来た道を帰る途中でティリティアが独り言の様に話している。

 俺としてももっと効率的な『策謀』ネタはあるのだが、それには少なからぬ人員的な犠牲が必要になる。ちょっと言い出せない。


「なぁるほど、なんか2人でコソコソしていると思ったら楽しそうな事をしていたのね…」


 通路の先、差し込む月明かりに長身女性のシルエットが浮かび上がる。

 俺とティリティアの『策謀』が、王国の平和と安寧を守護し暗躍している『幻夢兵団』のチャロアイトに露見してしまったのだった……。

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