第81話 無双

 前回訪れた観測所から5kmほど手前に俺達は陣を張る。基本的にヨタヨタ歩きで進みの遅い屍人ゾンビだが、この数日でゆっくりと、だが確実に粘菌が繁殖する様に拡がっていったらしい。

 

 以前奴らと戦った際に周りに充満していた瘴気の様な霧も健在だ。あの霧が直接ゾンビ化の原因なのかどうかは結局分からず終いだったが、どう考えても健康に良いはずが無いからな、吸わない様に用心に越した事は無い。


「さて、のんびりしている時間は無ぇ! 説明した通り、前衛は突っ込んでとにかく数を減らせ! 後衛は渡した団扇うちわで霧を追い払え!」


 人の身長程の長さを持つ戦斧を背負った鎧の巨漢、鬼族オーガのゴルツさんが号令を飛ばす。あらかじめ決められた組分けプランにのっとって、100人程の冒険者達はいくつかのグループに分けられていた。


 まず『前衛』と呼ばれた熟練者組。ゾンビ程度なら物ともせずに無双出来るレベルの強さの奴を集めた主力部隊だ。ゴルツさんを始め、俺やクロニアやショウ、アンバーさんや彼の一党パーティの面子等、約30名ほどが居た。


 次に『後衛』と呼ばれた実力の劣る新米冒険者や、熟練冒険者でも前線で戦わない盗賊シーフ等が配置されている。うちではモンモンがここにいる。

 その仕事は扇の部分だけで1m以上もある巨大な団扇を使って、ゾンビと共に発生している謎の霧を吹き飛ばす事だ。

 

 数十人が巨大な団扇を抱えて一生懸命に風を起こしているのは、絵面的にはバカっぽくもあるが、大事な戦術だ。味方からゾンビを生み出していては本末転倒でしかないからな。


 最後にゴルツさんは言及していなかったが、更に後方に回復や支援の為のアイトゥーシア教会の神官達が詰めている。各一党パーティのプリーストは皆ここに配属された。

 うちのティリティアとチャロアイトはここにいる。ショウの相方の神官や聖女ホムラも同様だ。

 

 ちなみにチャロアイトは魔道士だとバレると問題があるので、神官の格好をしている。回復技などは使えるはずもないが、『蛇』戦で見せたように魔法で風を起こせるので、仕事的にはこっそりと団扇軍団のサポートになるだろう。


 前衛と後衛で分かれて、いざ突撃の号令を待つ段になって例のゴルツさんが俺の隣にやって来る。


「よぉ、魔剣使い。お前つえぇんだろ? 王も今回お前の働きにはえらく期待しているからな。栄誉の一番槍を任せてやるぜ」


 鎧兜の奥の表情は分からない。その声は今まで豪快なキャラだったゴルツさんにしては抑揚が効いていて、言葉から思考を読み取る事も無理だった。ただ感じたのは僅かな殺気……。


 王も俺の遠征を知っているとなれば、俺の『使い』としての行動も見張られているという事だろう。

 その上で俺に「最初に飛び込め」という事は、俺の行動を試している、と考えた方が良さそうだな。

 俺が本当に国や民に悪意を抱いていない事を、この大量に溢れたゾンビを刈り取る事で証明してみせろ、という意味に間違いない。


 もし俺が国や民に二心を抱いてゾンビ側に寝返ろう物なら、ゴルツさんのクソデカ戦斧で背後から俺の首を狩る算段って事だな。


 あくまで俺の印象からの予想だが、あながち的外れでも無いんだろう。良いよ、やってやんよ。ここで無双して文句無しの戦果を挙げれば、無駄な疑いからも解放されるし、功績も上げて成り上がりの第一歩にも出来るという物だ。悪い話じゃない。


「ええ、望むところです。やってやりますよ…」


 俺は聖け… 魔剣を構えてゾンビの群れに駆け込んだ。


 ☆


 俺を筆頭にゴルツさんやショウといった重装備の戦士達がゾンビの群れに突っ込む。広い所で周りに遮蔽物が無いので、俺が一度ひとたび剣を横薙ぎすれば10体以上のゾンビが瞬時に両断される。

 俺が列の先頭なので俺の前には生者は誰も居ない。前方を気にせず剣を振り回せるのは、無双感があって実に心地よい。


 後衛組の風起こしも順調な様で、俺の後ろの人達は霧に巻かれずに済んでいる様だ。俺には最初から霧の効果は無いのでどうでもいい。


 俺が魔剣を左右に振るだけで、面白い様にゾンビが刈られていく。この状況なら最早『戦闘』ではなく『作業』と言って過言では無いだろう。


 ただそれはあくまでも『俺』だけの話だ。ゴルツさんを始め他の面々は俺ほどの射程と攻撃力を持っていない。一度に相手できるのはせいぜい2体から3体、それでもゴルツさん他何人かは懸命に得物を振り、ゾンビを片付けていたが、やはり多勢に無勢、俺達は各々暴れ回っているうちに孤立させられて包囲され始めた。


 特に突出していた俺は周囲360度をゾンビに囲まれて、味方の冒険者もゾンビの壁で誰がどこに居るのか全く掴めない。下手に剣を振って味方に当てるわけにもいかないので、俺も不本意ながら攻撃の手を緩めざるを得ない。


「光よ!」


 俺の後ろで誰かが叫ぶ。同時に強い光が発生、周囲を強く照らし、声に反応して振り向いていた俺も一瞬だが視界を奪われた。

 見ればショウが聖剣を高く掲げている。光は奴の持つ『聖剣』から発しており、その光に照らされたゾンビは瞬く間に消滅する。


 ショウの作った光の輪が安全地帯となった為か、散り散りに散開して居場所も掴めなかった味方の戦士達が、ショウの元に集まり彼の周りで戦い始めた。

 これでゾンビに囲まれて味方の位置が分からずに同士討ちする様な事にはならないだろう。ホッと一安心だ。


 ていうか、今更だがそんな便利な技が有るなら最初から使って欲しかったよね。


 俺は味方を無視して前へ前へと突き進んでいく。俺の剣の範囲攻撃は単独の方が使いやすいし、ゾンビの攻撃は俺には届かない。この無敵感、最高の気分だ。


 ゾンビを薙ぎ払いながら霧の濃い方へ濃い方へと進路を取る。もう俺だけで200は軽く討伐したはずだが、ゾンビの総数は一向に減る気配が無い。

 この霧がゾンビ発生、或いは強化の効果を持つのは疑いが無いのだ。ならばこの霧の発生源を絶ってしまいさえすれば、事態が収束させられると判断した。


 もうどれだけ進んでどれだけ倒してきたかも分からない。やがて俺は霧の発生源に到達した。自動販売機くらいの大きさの赤黒い石から、絶え間なく霧の元となるガスが噴出され、仕組みはさっぱり分からないがその石からポンポンと、工業製品の様にゾンビが虚空から生み出されていたのだ。


 恐らく今戦っているゾンビは観測所の兵士が変化した物よりも、この謎の石から生み出された〈骨の魔人形ボーンゴーレム〉と言った方が近い存在なのだろう。

 そしてこの霧、というかガスを吸入した人間もゾンビの仲間に変えてしまう厄介な敵だった、というのが真相だな。


 この石を砕いて欠片を持ち帰ったら、チャロアイトとか大喜びしそうだが、もちろん石の周りは数十の生み出されたばかりのゾンビがひしめいて守っている。


 だが所詮ゾンビはゾンビ。俺の障害にはなり得ないだろう。俺は魔剣を大上段に構えて謎の石めがけて突撃した。 

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