第71話 接近戦

 場所は狭い通路、大人が2人並べば窮屈に感じる程の幅と、ちょっとジャンプしたら天井に頭をぶつけかねない高さしか無い。


「足音は前後から来るぞ。挟まれたっ!」


 フィンの慌てた声が洞窟内に響く。通路が狭くて大立ち回りが出来ない分、背中合わせで前と後ろさえ防御できれば、背後からの奇襲は避けられるはずだ。悪い話ではない。


「前は俺が。後ろは2人で捌いてくれ。追い返せればそれで十分だから敵が逃げても深追いはするなよ!」


 今くらいの状況なら指揮は難しい事ではない。俺はまだ混乱の覚めない2人にそれだけ言うと右手に手斧、左手に小剣を持ちゴブリンに備えた。言うまでもなく聖剣は背中に背負ったままだ。


 小剣は刃こぼれがひどく、攻撃武器としてよりも受け流し用の防具として使い、斧を振り下ろした方が役に立ちそうだ。


 構えたきっちり1秒後に、俺の前方、ローズの持つ松明たいまつの照らす明かりの影から、2匹のゴブリンが「キシャーッ!」と奇声を上げながら同時に飛びこんできた。


 聖剣を横薙ぎに出来れば一太刀で片付く敵だったが、今回はそうはいかない。こいつらゴブリンのくせにかなり訓練されている様で、突撃のタイミングがピッタリ合っていた。

 どちらかを止めても、もう片方で敵に致命傷を与えられる恐るべき戦法だ。

 

 まぁそれは一般人相手の話であり、もちろん俺には効かない。俺は受けるより前に手斧を投げて1匹に命中させる。残った1匹の突進の慣性が生きているうちに一歩踏み込んで、そいつの心臓に小剣を刺し込んだ。

 先ほど想定していた武器の使い方とは全く変わってしまったが、その辺は臨機応変だよな。


 右手の武器は投げ放して、左手の武器は今の一撃で中腹から折れてしまった。

 すかさず刺されたゴブリンの持っていた短剣を拾い、斧が致命傷にならなかったらしいゴブリンへ距離を詰め、その短剣を喉元から頭に向けて刺し込んだ。


 喉からドクドクと大量の血を流しながらゴブリンはその場で白目を剥いて絶命するが、まだ終わりじゃない。俺の眼の前にいるゴブリンの死体の真後ろから3匹めが斧を振りかぶりながら飛び込んで来る。いや、俺の足元目掛けて4匹目も滑り込んでくる。何なんだコイツら…?


 飛び掛かってきたゴブリンの攻撃を死体を盾にして受ける。ゴブリン1匹の重さは30kgくらいだ。聖剣の加護のある俺ならボールペンの重さと大差ない。

 その隙に足元に滑り込んで来たゴブリンを思い切り蹴り飛ばした。奴は来た時と同じ位のスピードで元来た場所にすっ飛んで行く。


 最後に血塗れの短剣を引き抜いて、俺の前で次の行動に移ろうと、仲間の死体に刺さった手斧を抜いたゴブリンの目玉に、間髪入れず刃の根本まで右手の短剣を刺してやった。


 後ろではまだフィン達が戦っている音がする。前方からのゴブリンの増援は多分無い… よしよし、突破されなかっただけ御の字だ。俺が行くまで待ってろよ……。


 ☆


「くっ、このぉっ!」

「あん! やん!」


 どうやら後ろから襲ってきたゴブリンは2匹、フィンとローズで1匹ずつ相手をする事で、膠着状態となっていた様だ。


 敵味方双方が決め手に欠けた状況で一進一退のやり取りを続けている様だ。

 前方の敵を片付けた俺が加勢に現れた事で、奇襲はされたものの形勢は逆転、俺は闇雲に松明を振り回しているローズの横をすり抜け突撃、1匹を倒す。

 フィンの相手のゴブリンは孤立無援を自覚したのか、瞬時に背を向けて逃走を図る。


 俺は手にした短剣を逃げたゴブリンに投げつけた。投擲には自信無いから、短剣が当たってバランスを崩して転んでくれればラッキーだと思っていたが、俺の投げた短剣はゴブリンの背中から心臓を貫くクリティカルヒットだったようで、ゴブリンはそのまま事切れて動かなくなった。


「怪我は無いか…?」


 ゴブリン撃退に成功して放心している2人に声を掛ける。2人とも『殺し合い』の現場に居合わせたのは初めてだったらしく、共にショックを隠しきれない顔をしている。


「いやぁ、かすり傷だけだ… 正直2人だけだったらヤバかったわ…」

「ね? だから戦士を入れて正解だったでしょ? 分け前減るより命の心配しなきゃ…」


 2人とも無事な様だ。敵の増援は無さそうだし、一旦ここで休憩して息を整えてから再度進発した方が良さそうだな……。

 

「かすり傷でも毒が塗られている場合があるから、傷口の消毒だけはしておけよ」


 最低限の指示だけして、俺はゴブリン達の死体を確認する。ついでにやたらポイポイ投げてしまった武器の補充もしておこう。なんとか探し当てた比較的マシな状態の手斧と小剣を身に着ける。


 さて、俺が倒したゴブリンは6匹、倒れている死体は5体だ。

 1匹足りない… 恐らく蹴り飛ばして暗闇に消えていった奴が生きていて奥に逃げたのだろう。

 

「ゴブリンとか言って舐めてかかってたよな… マジで死ぬかと思った… って何だお前はっ?!」


 フィン慌てた声に振り向くと、フィンの前に見知らぬ男が立っていた。

 全身が包帯でぐるぐるに巻かれている様な風体で、包帯の上に更に革製の防具を身に着けている。

 重度の怪我人か怪物の木乃伊ミイラ男にも見えるな……。

 

 顔もぐるぐる巻かれていて目の周りしか人相も、更には髪型も分からない。男っぽい骨格ではあるがベルモより細い。女の可能性もある。


 そんな奴が俺達の後方に音もなく現れたのだ。そいつは無言のまま、表情も分からない。確実に分かるのは奴の放つ強烈な『殺気』だ。これはヤバい……。


「逃げろ!」


 言い終える前にフィンがそいつに蹴り飛ばされた。狭い通路でフィンがローズに、そしてローズは俺にぶつかってくる。


 ローズがクッションになったのかフィンは大きなダメージを受けたようには見えない。それでも突然の奇襲で完全にノビてしまっている。


 包帯男はその場でシャドウボクシングの様な動きを見せて俺を挑発してくる。えーと、包帯男こいつは『敵』って事で良いんだよな…?

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