第52話 魔道士の人生
「うん… なんだかそんな気はしていたんだ… イクチナさんとはまた会うだろうってね…」
意外ではあったけど想定外という程でも無かった。偽名を使ってまで俺達の中に入り込んできた人だ。魔法の道具にも見識があったし、かなり深い裏があるとは思っていたが王国のための秘密警察だったとは……。
「もうご存知でしょうけど『王立冒険者支援協会のイクチナ・バリガ』というのはあの場だけの仮初めの名前。私は『コードネーム∶チャロアイト』よ。改めて宜しくね」
イクチナ… もといチャロアイトは楽しそうに口元を歪ませて微笑んだ。その蠱惑的な瞳に魅入られそうになるのは、魔法なのか彼女の天性の魅力なのか…?
「もう少し呼びやすくて親しみのある名前が良いな。本名を教えて貰えるかな…?」
「ふふっ… 残念だけど私には本名なんて無いわ。生まれた時からずっと『チャロアイト』。両親ともに組織の魔道士で、私は生まれてから一度も会った事が無い。恐らくその両親も、子作りを命じられた時の一度しか会ってないと思うわ…」
えぇ…? そんな昔のSF作品みたいな界隈が本当にあるのかよ…? それこそSFでしか見ないような非人道的な組織が存在する事に俺は驚いていた。凶悪なゴブリンとか山賊とか居るけど、もっとこう、システム的には原始的で牧歌的な世界だと思い込んでいたからだ。
「そんな… それじゃ家畜と変わらないじゃないか?! それで良いのか…?」
思わず声が出た。人権意識なんてご立派な物ではなく、眼の前の美しい女性の生い立ちがあまりにもショッキングだったからだ。
「良いも悪いも無いわ… 私達魔道士は血統の組み合わせでのみ『造られ』て生を受けるの。愛とか恋とかが入り込む余地は無いのよ」
チャロアイトはさも『当然』であるかの様に俺を睥睨して楽しそうに語っていた。
俺も「男と女が愛し合って、その愛の結晶が生まれる」なんて言うほど純粋ではないが、チャロアイトの語る世界観というか価値観には驚きを隠せない。
「そうやってアナログで血統を繋いでいくとか、まるで俺の世界の競走馬みたいだな… じゃあアンバーのチームにいた魔道士もお前と同じ『組織』とやらの人間なのか?」
チャロアイトは1秒ほど視線を中空に踊らせてから俺を見つめ直しあっけらかんと答えた。
「さぁ? 知らないし興味も無いわ… 今はっきり言えるのは
野良の魔道士とかいるのかよ? まぁチャロアイトの組織なんて一種の限界カルトみたいなもんで、組織の為に生まれた子供は組織の掟だけを学んで暗躍し、命じられれば顔も知らない相手と子供を作って、そしてその子を組織に預けてまた任務に戻る……。
中には組織の在り方に疑問を持つ奴や、せっかく生まれた子供を組織の駒にしたくない奴も出てくるだろう。そんな奴が組織を脱走して普通の家庭を持ち、その魔法の力を受け継いだ子孫がアイトゥーシア教会の意向で正業に就けずに、『魔法使い』として世捨て人や冒険者と呼ばれるゴロツキになる… 筋は通っている。
「てもそんな忍者みたいなヤバい組織は秘密保持の為に離脱者を許さないよな…? そんな簡単に抜けられるものなのか?」
そう、この世界の『魔法使い』について、俺の最も腑に落ちた解釈は『忍者』だ。任務の為に潜伏し、情報収集や破壊工作、時には暗殺を執り行う影の組織。その一門は閉鎖環境で育ち、秘密を漏らしたり里を抜けようとする者には『死』の制裁が待っている。
まんま漫画や時代小説でイメージされる『忍者』そのものだ。それは俺が今まで描いていたファンタジー作品の学者や研究者みたいなイメージの『魔法使い』とは明らかに一線を画していた。
「う〜ん、普通は無理ね。私達の情報網は国中に拡がっているから、人の治める地にいる以上必ず見つかって処分されるわ。まぁ私達とは別の流派がどこかにあって、別の掟がある可能性もあるけど、
処分って『死刑』だよなぁ多分。チャロアイトとは別の流派があるのかも恐らく知らされていないし、知る必要も無いのだろう……。
「ただ、人よりもモンスターの蔓延る、東部の『
ヴォイド… そんな《魔界》みたいな土地もあるのか。
考えてみれば、この世界の地理について殆ど何も知らないんだよな……。
ティリティアの親父さんの治める侯爵領があって、その侯爵が仕える、元冒険者の王様の統べる国があるのは知っているが、その外に関してはほとんど知識がない。
「なるほど… 『魔道士』の事は大体わかったよ。それで結局俺は何をすればいいんだ? 何をすればベルモの薬を分けてもらえる…?」
とりあえずの聞きたい事は聞けた。「魔法使いとは関わるな」というクロニアやティリティアの言葉が何となく理解できたよ。
「貴方に相応しい、やり甲斐のある仕事はたくさんあるわよ。でも安心して、働きぶりに相応しい待遇は約束するわ。求めるのは力? それとも富? 名誉?」
これは考えようによっては、
となると、やはり『ここ』で一番大事なのは「チャロアイトに裏切らせない」担保、というか、彼女との信頼関係だろう。
そう、『彼女』との……。
「そうだなぁ… それ全部欲しいけど、まずは仲間の為の薬だ。更に言うなら君と仲良くなりたいな。まずは同盟の証に…」
俺は無造作にチャロアイトに向けて右手を差し出した。
チャロアイトは一瞬不思議そうな表情を浮かべたのち、無防備にも見える仕草で俺の手を握り返して来た。
その瞬間チャロアイトの体に電流が走ったかのような軽い痙攣が起きる。そして彼女の氷の様な紫の瞳には、明らかにこれまで存在しなかった熱が籠もっているのが強く感じられた……。
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