第38話 難易度5

「遅いよ! 2人でどっかの暗がりでイチャイチャしてたのかと思ったよ!」


 冒険者匠合ギルドに戻るやいなやモンモンに噛みつかれた。確かに帰り道でアイトゥーシア教会の事を色々とティリティアから教えてもらいながら歩いていたが、さすがに天下の往来でいかがわしい事はしない。まぁ普段よりは遅い到着になってしまったのは間違いないが。


「10枚ほど依頼書はあったのだが、あらかた他の冒険者達に持っていかれてしまったよ。まさかとは思っていたが、本当に争奪戦なんだな…」


 やつれたクロニアが話に入ってきた。多分争奪戦とやらに破れたのだろう。

 掲示板に残っていた依頼書はあと3枚。『ゴブリン退治』『外壁補修工事』そして『山賊団の壊滅』だった。


 ゴブリンと外壁は常に置かれている様な物なので(誰かが受注してもすぐ同様の依頼が貼られる)気にしなくても良いが、最後の山賊団というのは少し気になる。なぜなら……。


「あら、山賊退治なんてゴブリンと大差ない仕事と思いましたがこれは…」


「ええ、この依頼の難易度は『5』、先の翼竜ワイバーン退治でも難易度は『3』でした…」


「めちゃくちゃ強い山賊が出てくるって事なのかなぁ…?」


 掲示板を前に各々が所見を述べる。確かにこれが難易度『2』とかなら、何の疑問も抱かず普通に山賊退治という雰囲気なのだろうが、さすがに最高難易度『5』は不穏すぎる。


「依頼主の話によれば、その依頼は魔道士絡みなのだそうです。なので高い難易度と相まって皆さん遠慮されてますね…」


 受付のお姉さんに話を聞くと『そういう事』らしい。それ以上の情報は『依頼を受けた上で依頼主に直接聞いてくれ』だそうだ。


「明らかに怪しいな。どちらにしてもまともな依頼ではないぞ?」


「そうですわね… 魔法使いには関わらない方が得策ですわ…」


 クロニアとティリティアから意見が出る。そして彼女らの視線が俺に集中した。俺に何らかの『決断』を求めているのだ。


 まずクロニアの言う『怪しい』だが、依頼書だけでは情報量が少なすぎて何とも判断がつかない。

 魔道士絡みと言っても、魔道士が山賊を率いているのか、魔道士が集団で山賊化しているのかでは状況がまるで変わってくる。

 更に依頼を出す側としても、リスキーな情報は伏せておきたいだろうに、なぜわざわざ『山賊退治』と銘打って依頼を出したのか? 魔道士が敵ならば『魔道士退治』となるのが自然だし、難易度や報酬が高いのも頷ける。


 何かの人を引き込むための罠の可能性は? いやいやそれならもっとシンプルで効果的な集め方がいくらでもある。


 そもそもティリティアの言う様に「魔道士とは関わるな」が一般常識となっている世界で、それを掲げて依頼書を出してくるのは、よほど切羽詰まっているのか、よほど裏があるかだろう。


 確かにこんな所でわざわざ火中の栗を拾いに行く必要など……。


「でも装備でお金使っちゃったから生活費が苦しいんじゃないの? それに魔法使いなら特別な『お宝』を持っている可能性もあるよ! それはちょっと見てみたいかな…?」


 …モンモンの指摘ももっともだ。パーティの強化に繋がる魔法のアイテムとかがあれば、今後の活動において有用なのは間違いない。

 クロニア達の視線は俺に集中したままだ。視線から感じる感情はクロニアが「中立」、ティリティアが「消極的反対」、モンモンが「賛成」だな。

 

 もし仮に魔法使いと敵対するにしても、今後ずっと避けて通れるほど甘い世界でも無いだろうし、『魔法使いは何が出来て何ができないのか?』は早いうちに見極めておきたい。


 あとは『難易度5』という点だ。クロニアの言う様に、前回のワイバーン退治の難易度は『3』だった。あれでもそれなりに苦戦したのだから、更に2段階上の任務の危険度は如何ほどの物か想像もつかない。

 仮に俺が聖剣の力で無双できたとしても、周りのメンバーに累が及ぶようでは困る。今回はゴブリン戦と同様の集団相手だし、俺の手が回らない所で、まだ装備の更新が済んでいないクロニアにティリティアとモンモンの2人を守れというのも酷な話だろう……。


 それにモンモンではないが、今は何よりふところ具合が乏しい、という喫緊の問題も残っている。現状の所持金では明日いっぱいの宿泊まりで底をつく計算になる。

 また明日の分の依頼書を頼りにしても良いのだが、明日確実に割よく稼げる依頼書が貼り出される保証は無い……。


 さて、どうしたものかな…?


「ねぇ、迷うようならいっそコインで決めたら?」


 考え込む俺を面白がる様にモンモンが10モア(1カイ=100モア)貨を投げてきた。

 飛んできたコインを受け取りしばし考える。無駄に悩むくらいなら運を天に任せるのもアリかも知れない。


「そうするか。では表なら『受ける』、裏なら『見送り』で…」


 俺は預かったコインを指で弾いた。


 ☆


「初めまして。わたくしは『王立冒険者支援協会』のイクチナ・バリガと申します」


 依頼主の所へ詳しい話を聞きに行くと、年の頃はクロニアより少し上くらいの、腰まで伸ばした綺麗な銀髪でガラス細工の様に線の細い、儚げながらもとても美しい女性が出迎えてくれた。

 依頼主はまさかの冒険者匠合ギルドそのものだった訳だが、このイクチナさんという荒事に無縁そうなお姉さんも『ただの事務員』という雰囲気ではない。ギルドの責任者、或いは幹部といった立場なのだろう。


 まぁうちにも勘当されたとはいえ侯爵令嬢のティリティア様がおられる訳だから、冒険者と一言で言っても色んな人がいるのは確かだよな……。


「依頼の詳細を教えてくださいませ」


 ティリティアが先頭に立ち質問をする。イクチナさんと俺との間を塞ぐように位置をずらしたのは、俺とイクチナさんを接触させないようにする為だろうか?


「かしこまりました。実は…」


 それからの状況説明ブリーフィングは比較的簡単に終わった。

 ざっくり言うと『輸送中の魔法の宝具が山賊に奪われてしまったので、それを取り返したい』との事だ。


「ただ、くだんの宝具は一般の人達から見て『売って換金しよう』といった芸術的に価値を認める物ではありません。にも関わらず持ち去られたのは理由があるはずです。例えば相手方に魔道士がいるとか…」


 イクチナさんは低血圧っぽい喋り方で淡々と説明をしてくる。


「宝具を見極めて見つけられるのは私だけなので、現場には私も同行します。私は殴り合いの戦闘は出来ませんので、私の護衛も同時にお願いします」


 なるほどね。臨時とはいえ美人の加入でまたパーティが賑やかになるな。クロニアとティリティアは何だか渋い顔をしているけど、まぁ気にしなくても良いよな?

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