第39話 イクチナの影
山賊の野営地は王都から馬で半日ほど移動した山間にあるそうだ。
なんでも冒険者ギルドの別働隊が偵察してくれているとの事で、情報はイクチナさんの装着している片眼鏡によく似た装置に逐一報告されてくるらしい。
なにげに俺の聖剣以外に
☆
イクチナさんの情報のおかげで山賊の野営地は簡単に見つかった。男ばかり12人で女は居ない。つまりここは本営ではなく移動途中での仮キャンプ地なのだろう。懸案されていた『敵の魔法使い』だが、あくまで外見のみからだがそれと判断できる人物は見当たらなかった。
ここが本営で無く単なる中継地なら、イクチナさんの求める探しているお宝は無い可能性もあるが…?
「いえ、大丈夫。私には分かります。宝具はあの場所の何処かに隠されています」
イクチナさんにだけ分かる反応があるのだろうか? そうと分かればサクッと終わらせてしまおう……。
「ねぇ、あの人達って殺しちゃうの…?」
おもむろにモンモンの上げた声で俺も動きが止まってしまった。
俺はかつて正当防衛とはいえモンモンの仲間を数人殺している。あの時はその状況に加えて聖剣の力もあって、命の危険(まぁ『俺の命』よりも『モンモンの仲間達の命』なのだが)から脱する事が出来た。
モンモンも背景的に山賊達に対して少なからぬ同情心を抱いている様にも見受けられる。
「ね、ボクならこっそり忍び込んでお宝を盗んでくる事も出来るよ?」
だがモンモンの平和的な提案に対してイクチナさんは静かに首を振った。
「いえ、
せっかく穏便な(?)提案をしてくれたモンモンだったが、イクチナさんからは却下されてしまった。まぁそういう事なら仕方無いかな…?
「じゃあ俺が1人で突っ込んで、奴らのアジトを掃除してくるから、皆は後方で待っててくれ」
また全員でぞろぞろ行って罠にでも掛かったら目も当てられないからな。それに仲間を外に残しておけば、万が一俺が何らかの罠に囚われた際の保険にもなる。
「いえ、私も中に同行します。寸暇も惜しい状況ですし、
イクチナさんは静かな微笑みを崩さずにそう言った。その表情から本気なのか冗談なのかも俺には判別出来なかった。
「イクチナ様、お言葉ですが物見遊山に来ているのではありませんことよ?」
ティリティアが少しムッとした顔でイクチナさんに詰め寄る。初冒険に浮かれて観光気分でゴブリンの巣穴に赴き、一生物の傷を心に負ったティリティアの言葉は俺にも響いた。彼女を『守れなかった』後悔は今でも俺の心の片隅から消える事は無い。
「駄目ですか…? ならばせめて見晴らしの良い所から剣士様の闘いを観覧させて下さいませ。
静かで弱々しい口調だが有無を言わせぬ迫力がある。単なる
あれ? そう言えば「ワイバーンの首を一刀で切り落とした」なんて話は、俺達はギルドでもしていなかったと思ったが、イクチナさんは何で知っているのかな? きっとどこかでモンモンあたりがペラペラと喋ったんだろうな……。
☆
「やぁやぁ遠からん者は音に聞け! 近くば寄って目にも見よ!」
結局イクチナさんの意向を組んで野営地に正面から単身乗り込み、山賊相手にこんな大時代的な名乗りを上げる羽目になった。
イクチナさんとクロニア達は、俺の後ろで山道の繁みに隠れながら、この三文芝居を笑いを堪えながら見ているはずだ。
山賊側の返答は無言で放たれた3本の矢だった。そのまま受けてもバリアでノーダメージだったろうが、イクチナさん宛てのサービスで聖剣を使い、一振りで全ての矢を払い落として見せた。
俺の剣捌きが見たいとのリクエストだったから、カッコいい所を見せれば更に報酬アップの可能性もあるし、この後イクチナさんとムフフな展開になる可能性も無くはないのだから、少しでも印象を良くしておきたいよね。
「ナニモンだてめぇ?!」
見慣れたチンピラムーブで10人の山賊達がワラワラと現れ、俺を取り囲もうとしてくる。残り2人はボスなのか、後方でふんぞり返っていた。
一応飛んできた矢の対処で俺の事を『只者じゃない』と思ってくれたみたいで、彼らの動きにはやや迷いというか
もしかして、このまま大声出して凄めば逃げ出してくれないかな? そうすれば平和的(?)に依頼を達成できるんだけど……。
でもここで彼らを解放しちゃうと、また集まって山賊を始めそうだしなぁ……。
「なんとか言えやゴラァ!」
無言のまま持ち時間を使い切ってしまったみたいで、山賊達が武器を構えて一斉に襲いかかってきた。
やれやれ、こちらは穏便に済まそうと思っていたけど、制限時間が早すぎるよ。
向こうはヤル気だし、下手にお喋りして情が湧いたりしたら仕事に差し支える。まぁしょうがないよね……。
俺を囲んで襲いかかってきた山賊達は、初戦のゴブリンの様に俺の回転斬りで5人が胸の辺りを横一線に両断され、残りの5人も返す刀で同様の目に遭った。
驚いたのは後ろに控えていたボス達だろう。何せ僅か2秒程の時間で手勢が全滅してしまったのだから。
ボスの1人はそれでも剣を抜いて、聞き取り不能の雄叫びを上げながら俺の方へと駆け寄ってくる。
俺はそいつに向けて聖剣の切っ先を向ける、と同時に剣から光が伸びてボス1の胸に突き刺さった。
そのまま血を吐いて動きを止めるボス1。ボス2の方は完全に戦意を喪失したらしく、怯えた顔で腰を抜かして座り込んでいる。
「助けて… 殺さないで…」
俺に向けて手を合わせて命乞いを始めた。うわ、めちゃくちゃやりにくい。さすがに命乞いをしている『人間』を無慈悲に殺す真似は未経験だし躊躇われるぞ…?
「この場は見逃してあげます。その代わり、王都の冒険者
いつの間にか俺の後ろに来ていたイクチナさんが、ボス2へ向けて温情発言(?)をする。ボス2は「は、はいっ!」と脱兎のごとく逃げ出していった。
「お見事ですわ剣士様。次はもっと大きな仕事を依頼させてもらうかも知れませんわね…」
イクチナさんは俺に向けて、表現しがたい妖しい笑みを浮かべていた……。
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