第14話 宴
「本当にあの怪物を仕留めたのかい?!」
斬り落とした熊の手を苦労して引きずりながら盗賊団の野営地に持ち帰った俺は大歓声を受けて帰還した。
森の中に行けば、身長10mの背開きされた熊の巨大立像がある訳だが、さすがにそれをお持ち帰りするのは無理だったよ。
「こいつぁ凄いね! 今度からアンタの事は『勇者様』って呼ばせてもらおうかねぇ」
長年に渡って苦汁をなめさせられてきた『森の主』が討伐された事で、ベルモ以下盗賊団の連中は大喜びだ。早速ベルモの指示で宴の準備が始まった。
「これで
そう言った俺に、ベルモはまだ険しい顔をしたままだった。
「うーん、それはどうかねぇ? ほとんど男所帯で飢えずにいられるほどの森の恵みがあるかどうかは微妙だし、何より
ベルモは楽しそうに宴会の準備に勤しむ面々を振り返りながら訥々と語る。
「それにアタイらは家族だから、そんな荒くれでも追い出すわけにはいかない。何よりここの皆は大なり小なり迫害されて、獣や怪物の徘徊する森に追いやられてきた連中でね、町に恨みを持つ奴も少なくないのさ…」
なるほど、まぁここに留まるつもりの無い俺としては、『じゃあ後はご自由に』とぶん投げても構わない案件なんだが、ベルモが粗暴なだけじゃなく面倒見のいい姉御肌な事や、寝床では意外に可愛らしい一面もある事を知ってしまった以上、このまま見捨てるのも後味が悪い。
「そこはほら、前に思い付きで言った事だけど、本当に『傭兵団』になっちゃうのも手だと思うよ? クロニアの所のナントカ侯爵に頼んで森を侯爵の名義で開拓しつつも、有時には戦力を提供する存在、とか…?」
俺は脇に立つクロニアに目を遣る。彼女はこの場所の居心地が良くないらしく早く町に帰りたそうな顔をしている。ベルモ達の行末にも興味は無いみたいだ。
「…何だ? 私に相談されても何も確約出来ないぞ? 第一、彼らの盗賊行為が不問となるかどうかも、いち小隊長の私には全く判断がつかん。何にせよ早急に侯爵閣下の御裁可が必要だ。ヘッケラーの怪我の具合も気になるし、早いところ帰りたいんだが…?」
確かに俺はもちろんの事、クロニアも何かを判断できる偉い立場には無い。クロニアの言う通り偉い人をどうにか説得してベルモ達の窮状を理解して貰うしかない。
今更な疑問だが、クロニアもベルモも何ていうか話してて凄く『普通』なんだよなぁ…?
もっとこう期待していた甘々でデレデレな雰囲気と違うんだよね。何度も体を重ねた関係で、俺の背中に爪痕が残るくらいに抱きしめられたと言うのに、ベッド以外では、何か『普通』。
これで良いのかどうなのか俺自身の恋愛経験値が低くて分からない。まぁ世の恋人や夫婦もずっとベタベタしている訳じゃ無いんだろうから、『そういうもの』なのかも知れないが……。
「ならアンタらだけじゃ心配だから、アタイも一緒に行くよ。偉い人にもアタイの言葉じゃないと届かない部分もあるだろうさ」
唐突にベルモがパーティ参入宣言をした。えぇ…? それって色々と問題ありそうなんだけど良いのかな? クロニアなんか露骨に嫌そうな顔してるよ…?
「そんな嫌そうな顔すんなよ。アタイらはもう同じ棒を咥えた『姉妹』だろ? 仲良くしようぜ…」
ベルモはそう言って強引にクロニアの肩を抱いてみせた。逆にクロニアはこの世の終わりみたいな絶望感を表していた……。
☆
ベルモのいない間は、森の植物を採取したり動物を狩ったりして生活していく事が決まった。野営地の備蓄は決して多くは無いものの、俺の武勇とベルモの交渉の前途を祝して、今彼らの出来る精一杯の宴を開いてくれたようだ。
「よぉ勇者さんよぉ、どうにもお前さんのそのブヨブヨに弛んだ筋肉で、あの『森の主』が倒せたとは信じられねぇ。一発俺らにその強さを伝授しちゃあくれねぇか?」
酒が入って気を良くしたと思われる数人の盗賊が、食事中の俺に話しかけてくる。一見まともに頼んでいる様に見えるかも知れないが、俺にはとても見覚えのあるシーンだった。
「よぉデブチン、ちょっと小遣い恵んでくんね?」
こんな感じで俺を虐めてきた奴ら。顔には明らかに軽蔑の色を浮かべて、俺を同じ人間として見ていなかった。今眼の前にいる奴らはあの時の奴らと同じ目をしている。
昨日までの俺だったら、大人数に囲まれて凄まれた時点で怯えて竦んでしまっただろう。
でも今の俺は違う。ベルモ達が何度も敗北してきた『森の主』をたった1人で倒したのだ。あれだけ規格外の強さのモンスターを1人でだ、そりゃ自信も付いたさ。
「良いよ。1人ずつやるかい? まとめてやるかい?」
俺の返答は相手には「そのケンカ買った」と受け取られたのだろう。奴らは答える間もなく俺を取り囲む、その数8人。
「ザガン達の仇だ、やっちまえ!」
なるほど、俺達を襲って返り討ちにあった馬賊の仇討ちって訳か。
正当防衛とは言え、確かに俺は奴らの仲間を4人殺した。だから『4発』までは黙って殴られてやろうと思ったんだ。
結果俺は1発も殴られなかった。俺を囲んだ奴らのパンチは何か柔らかい物に包まれた様な感じで止められ、俺に届く前に完全に勢いを殺されてしまっていた。
これが俺の『バリア』、聖剣の守りの力なんだろう。クロニアやベルモに手伝ってもらうつもりだった防御力の検証が、思わぬ形で実現した。
攻撃が全く届かずに不思議そうな顔をする盗賊達に、俺は律儀に1発ずつパンチを返してやった。再起不能にならない程度にね。
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