第86話 密会

 ティリティアに連れられて向かった先は、宴会場よりもワンフロア上にある城外のテラスだった。


 そこには小綺麗なテーブルとティーセットの様に見える食器類だけがあり、人は誰も見当たらない。


「すぐにいらっしゃると思うので、酔い覚ましがてら星でも眺めてましょう」


 誰が来るのか皆目見当もつかないが、確かに夜の冷えた空気と晴れた星空で、頭のもやが少しずつ晴れていくのを感じる。

 

 そう言えば、この世界にも普通に星空がある。俺は星座には詳しくなかったから、俺達の世界とこの世界で星の配置がどう違うのかの説明が出来ない。

 それにこの世界での星が、俺達の世界と同様に広い宇宙の遥か遠い恒星なのかどうかも分からない。


「なぁティリティア、この世界での『星』って何なんだ?」

 

 ティリティアに訊いてみたが、ティリティアは俺の質問そのものが理解出来なかったらしく、小首を傾げている。


「はて…? 星は星ですわ。夜空の星は旅人を導くアイトゥーシア様の加護に他なりません」


 うっとりとした顔で答えてきた辺り、この世界での一般常識は「星は神の光」なのだろう。まぁそれならそれでこれ以上ツッコむ気は無いし、ツッコめる知識も元から無い。


 チャロアイト辺りに聞けばまた別の答えが返ってくるだろうけど、現状そこまでして星の謎に迫る気概は無い。


 ティリティアと2人でしばらくボーっとしていたら、何者かの足音が聞こえてきた。音が2つで1つは軽い、恐らくは若い女と、恐らくはその護衛、武装した人物… こちも女性だろう……。


「ご無沙汰しておりますわ、ミア姉様!」

 

「まぁティアも息災そうで嬉しいわ。そちらが…?」


「はい! わたくしの勇者様です!」


 現れたのはティリティアと同い歳くらいに見える、上品そうな若い女だった。


「ごきげんよう。わたくしがバルジオン王国第一王女、ミア・マルギッタ・バルジオンです。本日はよしなに…」


 え? うっそ王女様…? 一気に酔いが覚めたわ……。


 ☆


 現在のバルジオン王国のカーノ王は今は亡き女王ガーリャと結婚して、彼女の死の際に王位を禅譲されたと聞いている。

 そしてその2人の間に生まれた子が俺の目の前に居るミア王女だ。王に他に子は居ない為に、名実ともに王位継承第一位のやんごとなき御方という訳だな。


 以前王様と会った時は、王城に遊びに来ていた幼いティリティアと意気投合しヤンチャの限りを尽くした、みたいな話は聞かせてもらった。


 ミア王女はティリティア同様に、現在は淑女レディとしての嗜みを身に着けたらしく、その武勇伝の片鱗すら窺えない。

 

 ティリティアからも以前「美しくて優しい人」という話を聞いていたが、俺の見る限り裏表の無さそうな純朴なお嬢様、といった印象だ。

 だがティリティアの第一印象も似たような感じだったから、この王女様も見かけによらず腹に一物隠し持っている可能性は十分にある。


「たまにティアからふみを頂く事があって、そこによく貴方の事が書かれておりました。ティアがあんなに褒めちぎる人がどの様な方なのか、わたくしもこの目で見てみたくなったのです」

 

 いつの間にそんな事を…? 横のティリティアに目を遣ると、とても満足そうに満面の笑顔を浮かべていた。 

 ミア王女は楽しそうに語っている。何か裏のある会合ではなくて、本気で俺という『珍獣』を見に来た、という感じだ。


「それに聞けば此度こたびの遠征で目覚ましい戦果を挙げられたとの事。あの偏屈なゴルツおじさまがあんなに楽しそうに話をする所なんて何年ぶりに見たかしら…?」


 王女は喋りながらも手慣れた手つきで据えられていたティーセットでお茶をれ始めた。

 護衛の人はテラスの入り口で微動だにせず、じっと俺を監視している。


「ミア姉様の淹れてくださるお茶は格別ですよ」


 ティリティアが俺に耳打ちしてくる。どうにも状況が呑み込めなくてまだ少し混乱しているが、警戒度を下げてもう少し肩の力を抜いても許されそうな雰囲気かな…?


 ☆


 王女からは俺の素性探りから始まって、王都に来てからの生活なども含め、色々と質問された。


 俺の口調だと粗相があってはいけないので、基本的に受け答えはティリティアが行い、俺はその言葉に追従して頷くか、「あぁ」とか「はい」とかを適当に答えるだけだったが。

 

 俺の素性に関しては、チャロアイトから王様へ報告が上がっているはずだが、王女はその辺の事情をまるで知らない様だった。


 王様から王女への情報は遮断されている。つまり彼女は不穏な情報から隔絶された『本物の箱入り娘』という事なのだろう。


 確かティリティアより1歳年上と言っていたが、まだ娘らしさを必死に外に出すまいと抑えている感じで、実際はティリティアの方が落ち着いていて年上の様に見える。

 

 まぁ初めて会った時のティリティアは、もっと年相応に御侠おきゃんな雰囲気があったが、初冒険から今日まで事があったからなぁ… ティリティアも精神的な成長、悪く言えば世慣れしてれてしまった部分も大きい。そしてその責任の大部分は俺にある……。


「それにしてもティアが教会に入ったのは聞いていましたが、冒険者になったのは意外すぎて心底驚きました。怖い思いはしてないの…?」


 俺の事で王女様と話せるネタなぞ限られている。すぐに王女様とティリティアとでの思い出話へと移行し、俺は無言で茶を飲むだけのBOTとしての存在感しか無くなった。


 王女様の質問に、ティリティアは笑顔を保ったまま一瞬だけ目元を引き攣らせる。ティリティアは初冒険のゴブリンの時に、俺の慢心が原因で十二分に怖い思いと痛い思いをしている。

 

 俺がもっとしっかりしていれば、あの時ティリティアに訪れた不幸の数々は未然に防げたはずだ。こればかりは悔やんでも悔やみきれない。

 

「それはもちろん、たくさん怖い思いをしてきましたわ。それでも勇者様はいつもわたくしを守って下さいました。今わたくしが存命であるのは勇者様のおかげですから…」


 誇らしげに答えるティリティアが眩しい。そこまで言ってもらえたら男冥利に尽きるよね。やはりティリティアをメインヒロインに決めて正解だったな……。


「ティア… 幸せそうですね。貴女が少し羨ましいです…」


 王女様が見せた笑顔は、とても儚く弱く見えた。


 ☆


「ありがとうティア、とても楽しい夜でした。王都にいるのならまた会いに来てちょうだい」


 俺達と王女様との密会は恙無つつがなく終了した。結局俺と王女様を会わせて「何かしたい」という訳でもなく、単にティリティアの要望を満たしただけの話になりそうだ。


「『黒の剣士』様、ティアはわたくしにとっても妹同然の宝物です。どうぞ幸せにしてあげて下さい…」


 最後に王女様が俺と面と向かい、別れの挨拶をしてくれた。


「あ、はははハイ… 頑張ります…」


 緊張してキョドった答えしか返せなくて情け無い。だがその不自然な自然さが逆に王女に受けたらしく、王女様は「ふふふ」と笑顔になってくれた。


 緊張はしたけどまぁこれでミッションクリアだな、と安心しかけた所で違和感を覚える。

 俺と王女様とが相対していて、ティリティアは何故か王女様の背後に立っていた。


 そして何の前触れも無しにティリティアは、王女様を背中から両手で突き飛ばす様に押し出したのだ。


 急に背中から押されバランスを崩した王女様は、当然ながら前にいる俺に倒れ掛かる。俺としても王女様を見捨てる訳にはいかないから、反射的に両手で抱き止めるよな。


「あ…」


 俺に触れて見る見る顔が紅潮していく王女様を前にして、俺は状況が全く理解できずに頭の中がグルグル回っていた……。

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