第19話 廃坑

 ゴブリンが棲み着いたとされる村は、侯爵の館から街道沿いに馬で丸一日程の場所にあるらしい。

 途中野宿を一泊挟んだが、ティリティアは幕営地での夜戦訓練の経験者らしく、貴族令嬢として危惧された不平不満も漏らすことなく、クロニアよりも慣れた手付きで料理などもしてみせた。本人が希望していた冒険者的な生活の学習と予行演習は既に済ませているみたいだった。


 ☆

 

 くだんの村に到着、当初村人はオーガのベルモに対して警戒心を抱いていたが、クロニアやティリティアの必死の説明で表面上は普通に接してくれるようになった… と思う(実は俺も余所かつ人相風体が怪しくて警戒対象だった)。


 村人達が言うにはこのところ農産物や家畜の盗難が相次いでいるそうだ。

 事件現場で確認された足跡からゴブリンの仕業と判明したが、それが同時期で複数場所に至る事からその数が10匹を超えるのではないかと予想された訳だ。

 

 村の狩人も何度か森の中でゴブリンの集団を見かけたそうで、聞き込みの結果ゴブリンの巣と思われる場所の目星が付いた。村の近くにある廃坑が奴らの巣である可能性が高いらしい。


 ☆

 

「大体情報は集まったと思うが、何か策はあるのか?」


 出発準備の時にクロニアが話しかけてきた。策と言われても今の俺達の構成はゲーム的に言うと『戦士』『戦士』『戦士』『僧侶』だ。あまり手段の選択肢は多くない。


「んー、普通に力押しで行けるんじゃないかな? 本当なら探索系技能の使い手が欲しいところだけど今更の話だしなぁ…」


「乗った。アタイもややこしい『戦術』とかは好きじゃないから、正面切って暴れる方が好みだね」


 俺の作戦(?)にベルモが乗ってきた。ティリティアは『作戦? 何それ?』といった雰囲気で、この作戦会議モドキが新鮮で楽しいのか、終始ニコニコとしている。


「まぁ、数が多いとはいえ所詮はゴブリンだからな、我々も連携の取れていないうちから慣れない作戦を色々とこねるよりも拙速の方がマシか…」


 クロニアの言葉にも『さっさとミッションを終わらせて帰りたい』感が溢れている。そう、俺達は全員が相手がゴブリンだと思ってナメていた。これは後に大きな後悔を生む事になる……。


 ☆


「廃坑というだけあって通路が狭いですわね。中も真っ暗…」


 ゴブリンの巣と思われる廃坑に着いた。入り口付近の通路はまだ広く造られていたが、ティリティアの言う通り奥に進むに連れて通路は細くなっていく様に見えた。

 松明たいまつをかざして奥を確認しようとしたが、弱々しい炎の揺らめきでは十数メートル照らすのが精一杯だった。


「しかし妙だな。ここに来るまで全くゴブリンを見かけなかった。見張り役すら居なかったのは少し怪しいな…」


 クロニアが不安げに意見を述べる。確かにここまで無防備なのは少し気に掛かる……。


「はっ、大方盗んだ家畜を肴に宴でもやって全員で寝転けてるんじゃないのかい? アタイが見てきてやるよ」


 言ってるそばからベルモが武器の斧を抜いて廃坑へと入っていく。確かに『力押しで良い』とは言ったが灯りも無しに飛び込んで良い場所じゃない。

 

 はやるベルモを抑えて作戦を練る。とりあえず一列に並ぶしか通路を通れなさそうなので隊列を決めた。まず先頭に俺、次にベルモ、3番手にティリティア、最後尾に灯りの松明を持ったクロニアだ。


 戦闘が起きたら俺とベルモで突進し、クロニアは後方からの指示出しとティリティアの護衛、ティリティアは坑内の地図作りと適宜魔法による回復や支援をする、という流れだ。


 クロニアは最初に会った時と変わらず革鎧に長剣を持ち、背中に直径40cm程の円盾を背負っている。これは今左手には松明を持っている為だが、最後尾にクロニアを配置した意味も兼ねて後方からの不意打ちにも対応している。


 ベルモのバトルスタイルは鎖帷子くさりかたびらに片手斧の二刀流、オーガのパワーで重量のある斧を叩き込まれたら、人の首なんて簡単に切り飛ばせそうだ。


 ティリティアは教会の神官服、武装はしていない。地図係マッパーを頼んだのでA4サイズ大の紙束を10枚ほど抱えている。

 この世界には高いレベルの製紙技術があり、和紙に近い紙が比較的安価で手に入るらしい。鉛筆とクレヨンの中間みたいな筆記具で文字や絵を描くそうだ。


 ☆


 松明の明かりが細い通路を照らしていく。響くのは俺達の足音だけ。ゴブリンはおろかネズミの気配すら無い。ここはハズレで完全に無人の可能性も出てきた。

 ただ、鋭く鼻を突く腐敗物や糞尿の匂いは、大型或いは大量の肉食獣がつい最近までこの近辺にいた事を教えてくれている。『何か』が居る(居た)のは間違いない。

 

 道は巾1mで高さ2mくらい、これじゃ聖剣を振るうスペースも無いじゃないか。まぁ俺なら素手でもゴブリンの頭くらいなら潰せるとは思うけどね……。


 奥に進むと不意に開けた場所に出た。直径15mほどのゆるいすり鉢状になっている部屋で、高い所にまるで観客席の陽に仕切り板が全周に張り巡らされていた。

 見ように依っては『闘技場』の様な形をしている。


「グギャーッ!!」


 俺達全員が部屋に入ったタイミングで獣の様な叫び声と共に正面上部の仕切り板の影からゴブリンが1匹顔を出してきた。

 そいつは頭に頭巾を巻いて捻じくれた棒を掲げていた。まるでゴブリンの妖術師シャーマンだな……。


 俺達が武器を構えると同時に、そのゴブリンの手に持つ棒に纏わりついた水状の物が俺達に向けて1発飛んで来た。

 見た感じはただの水だ。仮にあれが当たっても石よりも大きなダメージが与えられるとは思えない。まぁ所詮はゴブリンの魔法なんてこんな物だ。無視してそのまま斬り伏せてやろうと体重を前に傾けた時だった。


 『ジュッ』という小さな音を発して俺達は暗闇に囚われた。真の暗闇が訪れる一瞬前に、俺達を囲っている仕切り板の奥から何匹ものゴブリンが弓矢を構えて現れ、一斉に弦を弾く様子が見て取れた。


 暗くて視界がゼロの中撃ち込まれる無数の矢。

 ゴブリンの魔法によって放たれた水はダメージの為ではなく松明の火を消す為、広間まで誘い込んで全方位から矢を撃ち込む作戦だった。俺達はゴブリンの知能を過小評価し、まんまと敵の罠に嵌ってしまった訳だ。


 俺自身には聖剣の加護によるバリアがあるが、他の3人はそうではない。ベルモやクロニアが被弾したのか苦悶の声が上がる。

 更には床が中心からパカリと2つに割れて、俺達はそろって落とし穴の下へと突き落とされた……。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る