第28話 謎の子供

 暇だ……。


 指名手配されてしまった俺を街道に置き去りにして、クロニアとティリティアが2人でラモグの門の奥へと消えてからどれくらい経っただろう?

 携帯式機械時計の類がこの世界には無いので正確な時間は分からないが、1時間から2時間は経過している気がする。


 彼女らの任務はここから王都へ向かう途中の旅の準備と、ベルモが寄越したと思われる新メンバー『盗賊シーフ』さんとの合流だ。

 

 ちなみに『盗賊』と言うと聞こえが良くないが、冒険に於いて罠の発見や解除、施錠された扉や宝箱の解錠、敵性体の早期発見や屋外での野営に適した地形の選定等々、『悪事の担い手』ではなく一党パーティの目や耳を担当する職業クラスの事だ。

 

 細かい人は屋内や洞窟、地下牢ダンジョンでは『斥候スカウト』、屋外では『野伏レンジャー』と言い分けたりするが、パーティに何人も加入する訳では無いので『盗賊シーフ』の一括りだけで構わないだろう。


 それはともかくクロニア達が帰って来ないのは心配だ。買い物が長引いているだけならともかく、中で何かトラブルに巻き込まれていたとしたら、今の俺では力になれない。

 いやまぁ、町に乗り込んで暴れる事自体は可能だが、下手したら町丸ごと虐殺して回る羽目になりかねない。出来るけどやれない。


 かと言って町の中の状況もまるで掴めないし、いつ帰ってくるか分からないクロニア達を置いて、ぶらぶらと散歩に出る訳にもいかない。

 そういう訳で、俺は今、クロニア達と別れた町の手前から更に200mほど郊外に離れた街道沿いにポツンと1人腰掛けて、哀愁を漂わせながら佇んでいるのだった。


 一応貰った外套マントに付属していた頭巾フードを深めに被って、通行人から顔を見られない様にしてはいるが、俺の象徴アイコンは紛れもなく背中に背負った聖剣だろうから、聖剣も布を被せて覆い隠した。

 

 もしこの状態で襲撃されると、聖剣を用意するのに余計な時間を数秒掛けてしまう事になるが、背に腹は代えられないし、町の直近でそこまで喫緊の脅威が出てくるとも考えにくい。


 まぁそんな事をボーッと考えながら、道端に座ってクロニア達の帰りを待っていた俺に声を掛けてきた奴がいた。

 

「ねぇお兄さん、町の人? ラモグってこの先で良いの?」


 声の主に目を遣ると、年の頃は12、3歳の子供が1人立っていた。

 

 上半身はレインコートによく似た、フードと袖の付いた貫頭衣でサイズはダボダボ。手は完全に袖の中に隠れていて、わざとブラブラさせて遊んでいる様だ。

 パーツの多い上半身に対して下半身は膝丈のブーツにミニスカートというシンプルさ。 

 

 俺と同様にフードを被っているが、俺の方が目線が低いので顔つきはハッキリわかる。

 パチリとした紫色の瞳を持った、小動物系の可愛らしい女の子に見えた。


 俺は立ち上がって町の方を指差してやった。


「あぁ、ここから町の壁が見えるだろ? あそこが『ラモグ』だよ」


 保護者も居ない子供1人で旅をしてきたのだろうか? あるいは近くの農村の子供? いやいやそれなら町の位置を知らないはずは無いよな…?


 暇に飽かせて目の前の子供の素性を色々と推理する。ミステリアスな子ではあるが、ここで俺が関わると余計な揉め事を引き起こす可能性があるから、ここはスルー確定だよなぁ……。


「ありがとうお兄さん! 人を待たせてるんだけど寝坊しちゃってさ。急がないとなんだよね!」


 そう言ってこのファンタスティックガール(?)は、俺の横を不自然なまでに近い距離で素早くすり抜けて町へ向けて走って行った。


『人を待たせている』とか言ってたけど、だよなぁ…?


 走る子供を見送って、再び腰を降ろそうかと思った所で何か違和感を覚えた。


 何だか妙に体が軽い。いやそんなキログラム単位で感じる軽さじゃなくて、100~200グラム程の違和感。


 イヤな予感がして体中をあらためる。違和感はすぐに判明した、クロニアに渡した補給費用を除いた全財産を入れた巾着袋さいふが無くなっていたのだ。 


 何処かに落としたか? この金が無いと王都で装備を買い替える資金が無くなってしまう。それどころか当面の宿代すらも払えなくなる。


 最後に財布を取り出したのはクロニアに金を渡した時だから、落としたとしたら『今この場』しか考えられない。

 いや、この違和感はつい今しがたからの物だ。となると答えは1つ、さっきの妙なガキに財布をスられたんだ。


 ヤバいじゃん!


 さっきのガキは門から堂々と町に入っていったが、俺は今、指名手配中で町の中には入れない。

 仮に町に入るにしても、素寒貧すかんぴんの俺には入場料の15カイが払えないのだから、初めから無理な話だ。


 かと言って町の中のクロニア達にあのガキを捕まえてもらうのも、携帯電話どころか無線機も存在しない世界では、俺の状況が伝えられない以上叶うべくも無い。

 

 それにラモグの壁門はあそこだけでは無い。ざっくり東西南北に4つの門があって、そのいずれもが通行可能だ。スリガキがまた同じ門を通って出てくるとは考え難い。


 となると俺が自分自身であのガキを取り押さえて、奴の手から財布を奪回するしかない。


 さて、となると如何にしてラモグの中に入るかだが、考えられる手段は「押し通る」か「潜入するか」の2択となる。


 俺の戦闘力を以てすれば「押し通る」のは簡単だが、下手に騒ぎになるのは避けたいし、何より騒ぎを聞き付けたスリガキが潜伏して探せなくなってしまうデメリットの方が大きい。


 もう一方の「潜入する」も簡単では無い。俺には潜伏系の技能が無いから『人知れず隠れながら動く』と言う芸当が上手くない。

 ラモグを覆う壁は丸太を組んだ木製で高さ2m強、上部に沿って賊避けの鉄条網が敷かれてはいるが、俺なら飛び越す事も破壊する事も容易だろう。


 ここで壁を破壊したら前述の「押し通る」作戦と同じ結果になってしまう。ならば残る選択肢は1つ。


「どうか壁の向こうに通報するような人が居ません様に! アイトゥーシアの姉ちゃん、頼んます!」

  

 俺は門と門の中間辺りの人気ひとけの無い場所まで移動し、更に壁の向こうに人が居ない事を顔見知りの女神様に願いながら、助走を付けて一気に壁を飛び越えた。

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