第25話 空いた1日

 ベルモの手配した盗賊シーフがラモグにやって来るのは明日の朝という事なので、俺達はクロニアの叔父さんのいる幕営地で一晩お世話になる事にした。

 

 ちょうどクロニアも叔父さんに向けて「ティリティア護衛の為に冒険者に転職します」という旨の手紙をしたためていたので、手紙だけで済ませるよりは顔を突き合わせてちゃんと報告した方が良いだろう。

 

 早めにラモグに行って待っていても良いのだが、それだと宿代や食事代の支払いが別途発生する。

 これから王都でパーティ全員分の装備を拡充したい事を考えると、今はあまり金銭的な余裕が無い。

 

 今更だが、そもそも俺は異世界に転生してからまだ一度も報酬らしい報酬を貰っていないのだ。


 クロニアから受けた馬賊退治は結局ベルモ達との同盟を引き出し、より戦略的に大きな成果を上げたものの、本来の任務である『馬賊退治』は出来ていない。何人か襲ってきた奴らを斬り殺したが、証拠の耳だの鼻だのの回収は、彼らの仲間の目の前では出来る筈も無かった。


 町への入場料だの宿代だの食事代だので、スリップダメージの様に財布の中身が減っていく冒険者に優しくないシステムはあまり精神衛生上よろしくない。

 かと言ってラモグの町の『斡旋屋』でチマチマ小銭を稼いでも、恐らくは支出の方が高い現況ではどん詰まりになるのは火を見るよりも明らかだ。


 差し当たってラモグで食料等を買い足して、王都でパーティの装備品の補修や新調もしていこうという計画で考えている。

 

 クロニアに贈った岩鎧虫ロックワームの外殻は軽くて硬く、冒険者の間では盾や鎧の素材として使用される事もあるらしい。町の兵士が着るには素材の供給が少なすぎて無理という事だった。

 例の廃坑にはまだ岩鎧虫ロックワームの死骸と共に大量の外殻が残っているのだが、如何せん鞄の空き容量の問題でほんの一部しか持ち出せなかった。


 他のファンタジー作品でよく見る『アイテムボックス』ってメチャクチャ便利なんだよな。今更ながらそういう能力も足してもらえば良かったと心から思う。


 装備に関しては俺、クロニア、ティリティアの全員が更新する必要がある。

 

 まず俺は異世界に来てからずっと一張羅の詰め襟学生服のままだ。これはこれで機能性とかを考えれば悪くは無いのだが、この世界に馴染みの無い服装でやたらに目立つ。

 今のところ身を隠す必要は無いが、下手に目立って要らぬ注目を引いても無駄に敵を増やすだけなのは、生前から痛い程に理解している。

 

 なのでこれからはこの世界の冒険者っぽく簡単な革鎧でも着ていくつもりだ。聖剣バリアがあるから、装備の防御力は大して必要ではない。動きやすくて目立たなければそれで良い。

 ただ夜の野宿は結構冷えるので、毛布代わりのマントは買いたいと思っている。

 

 次にクロニアだが、現在兵士の革鎧を着ているが、これらは官給品の為に幕舎に返す必要があるそうで、クロニアの装備は一から再調達せねばならない。

 今後はティリティアの護りに専念して貰う事を考えたら、ある程度機動性を犠牲にしても今より防御力を上げたい。とりあえず急所である頭の兜と心臓周りの装甲を金属製に出来たら良いと思う。

 例の甲殻もそのまま取っ手を付ければ、すぐに盾として使えるという物ではない。縁を鉄で覆うとか、きちんと加工が必要だろう。


 ティリティアも廃坑でビリビリに破かれて急遽繕った神官服は侯爵の館でこっそり新品と差し替えた。ティリティアが酷い目に遭ったって事を公表しても誰も幸せにならないから、その件は俺達4人だけの秘密にした。

 

 ティリティアは後ろに控えて回復や援護をしてもらう訳だが、最低限の防御は固めていてもらいたい。神官服の下に鎖帷子チェーンメイル輪帷子リングメイルを仕込んでおけば良いだろう。


 ☆


「…ふむ、大体の事情は了解したが、ティリティア様が冒険者になるというのは、侯爵閣下は承知しておられるのか?」


 この幕営地の隊長であるクロニアのジュガス叔父さんは、クロニアの転職については割とあっさり許してくれた。

 ここには元々ティリティアも居たので、ジュガスさんはティリティアの冒険者志向も知っていた。

 ただ仮にも貴族令嬢のティリティアが、まさかその志向を実行するとは夢にも思っていなかった様だ。まぁ気持ちは分かる。


「あら、ジュガス隊長はわたくしが戯れで『冒険者になりたい』と言っていたとお思いでしたの? それに父からは『勝手にしろ』とお墨付きを頂いてますわ」


 いかにも『心外だ』とばかりに口を尖らせるティリティアだが、ジュガスさんが「それは『お墨付き』とは言いません!」と即答する様はなかなか微笑ましくて楽しかった。


 結局俺とクロニアの2人に「侯爵家にはまだティリティア様の兄君と弟君がおられるが、万が一の事態も無い話では無い。勘当されたとはいえ侯爵家の令嬢だ。しっかり守ってくれ」と釘を差してきたジュガスさんだった。


 ☆

 

 幕営地で訓練している兵士達に混ざって昼飯をご馳走になる。兵士らの噂話に小耳を立てていると、やはりうちの女達の話題が聞こえてくる。いわく、


「クロニア隊長、ずいぶん柔らかい表情をする様になったよな」

「ティリティア様はしばらく見ないうちに何だか色気が出てきたんじゃないか?」

「クロニア隊長は物腰が女性らしくなったというか何と言うか…」

「ティリティア嬢は逆に以前の儚さが消えてる気がする…」


 等々、俺と出会う以前の彼女達から現在までの変わり様を不審視する声が少なくなかった。彼らの意見を集約すると「彼女らの側にいるが絡んでいるに違いない」となる。

 

 まぁ間違っていない。クロニアやティリティアに性のよろこびを教えたのは確かに俺だからな。

 クロニアなど最初は男に負けまいと必死で『女隊長』している様に見えたし、ティリティアは『物語と現実の区別も怪しいお嬢様』だった。

 どちらも外の世界に対して壁を作っていた感じであったが、俺との関係を通じて『自然に自分らしく』なれたのであれば、それは結果的に好い事だったのではないかと思っている。


 ☆


 その日は食後に兵士達の訓練に付き合ったり、前から気になっていた『湯屋』に皆で行って汗を流したりして充実した時間を過ごした。久し振りに風呂に浸かれてリラックス出来たよ。


 以前にクロニアが言っていた湯屋でのエッチなサービスは受けなかった。だってそんな事をしたら夕飯の後に2人の相手をする余力が無くなっちゃうからね。

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