第10話 森

「しかし一太刀で4頭の馬の脚を全て斬り落としたのか? どれだけ鍛錬すればそんな力が…? そもそもお前の体格と筋力で何故そんな途方も無い事を…?」


「説明すると長くなるし説得力も無いから言わない。クロニアおまえも要らん事を考えるな」


「…分かった。お前がそう言うなら…」

 

 森の入口に来るまで、俺達は馬に乗ったまま話をしていた。

 クロニアは俺の力に納得がいかないらしく、俺について様々な事を聞いてくる。


 イメッタさんやクロニアの様子を見る限り、聖剣の力とやらもどうやら『相手に信頼感を与える』物ではなくて、『強制的に恋愛感情を抱かせる』物の様だ。


「好きな人の頼みなら何でも言うことを聞いてあげる!」って言う愛情と善意の混ざった感情を、剣の魔力で無理やり増幅させて服従させる仕組みなのだろう。

 まぁ現状その力のおかげでかなり美味しい思いができているので問題無いと言えば問題無いのだが……。

 

 どうにも『愛の女神』からの贈り物にしては即物的と言うか、「愛を感じない」と言うか「コレジャナイ」感があるが、まぁアイトゥーシア本人もかなりアホっぽかったからこんなものなのだろう。


 それに純粋に『愛の女神』してくれて、「女の子が俺を大好きになったとしても、エロ行為のために一から口説かなければならない」となるのは正直煩わしい。

 今の様に「脱げよ」「跪け」「自分で自分を慰めろ」「そのまま俺のを咥えろ」と命令すれば、即座に全て「ハイ…」と返ってくる方が色々と楽だしな。


 ☆


 森の中心を貫く様に切り拓いて作った街道らしく、本当に『道を作りました』だけで、周りには人の手が入っていない。

 その深い森に一歩でも踏み入ればすぐにでも、人を迷わせ人を襲う混沌の魔物が現れる様な怖さがある。盗賊団の根城はもちろん、森に棲む魔物も街道を通る者達を狙っている様にも思えてくる。


「荷馬車の積み荷が鉱石だったから、道に重い車体のわだちがくっきりと残っている。これなら追跡も簡単そうだな…」


 クロニアが言うがどうにも辛そうに聞こえる。大きな怪我はしていない様だが、鎧越しとはいえ男の大振りの攻撃を受けて落馬している訳だから無事とは言えないよな。

 返す返すも俺に治療の魔法やスキルが無い事が悔やまれる。応急処置のやり方くらいはこの世界でも勉強出来るのかな?

 

「とりあえず俺が前に出て車輪の跡を追いかけるから、クロニアは敵襲に備えて後ろで見張ってて」


「…分かった。私を気遣ってくれているのか? 意外と優しい所もあるんだな」


「『意外と』は余計だっての…」

 

 力無く微笑みながら語るクロニアの儚さがとても愛おしく感じる。下世話な言い方をするなら『ギャップ萌え』に近い感情だが、それ以外にも『この女を守りたい、死んで欲しくない』とも思える。


 後々ハーレムを構築するつもりだった俺としては、たった一晩、寝床を共にしただけの女に情を移す様な事はしないつもりでいた。それでも俺の前で痛みを隠しながら必死に笑顔を作るクロニアを見て上記の想いが溢れてくる。


 やっぱり一昨日まで陰キャのいじめられっ子の童貞だった奴に、急にハーレム作ろうなんて野望は無理筋だったのかも知れないなぁ……。


「左手前方、樹の上に何か居るぞ!」


 ぼんやりと考え事をしていたらクロニアの警報に現実に戻された。

 左手前方に目を遣ると同時に、20mほど離れた樹の上から細長い何かが飛んできた。


 聖剣を抜いての防御は間に合わない。俺は咄嗟に左手で飛んできた物を掴み取った。この反射神経も聖剣の力なんだろうな。生前の俺には掴むどころか腕を上げる事すら出来なかっただろう。

 飛んできた物の正体は『矢』だった。賊の一味が樹の上から狙撃してきたんだ。射手はすぐに移動して目で追うよりも速く姿を消してしまっていた。

 

「大丈夫か…?」


 恐る恐る聞いてきたクロニアに矢を見せて余裕の表情を浮かべてやった。緊張したクロニアの面持ちが一瞬で解けて優しい笑顔に変わる。

 

 やはりかなり可愛らしい女だな。急に昨夜の乱れた彼女を思い出して股間が熱くなる。

 今ここでクロニアを抱き締めたい衝動に駆られるが、さすがに『今』はマズい。それぐらいは俺にも分かる。盗賊団のアジトを潰してからまたゆっくりと楽しませてもらおう。


 ☆


 追跡中の狙撃はそれから3度あった。そして今、俺達は広場の中心で30人近い馬賊… いや馬に乗ってないから山賊? 森賊? まぁ何でも良いや、殺気マシマシの盗賊団に囲まれていた。


 最初の狙撃を含めて3度は手や聖剣で弾いて防いだのだが、4度目ともなると敵も学習したのか一気に数を増やしてきた。

 数が増えると対処が面倒だし、何より度重なる卑怯な攻撃に俺がブチ切れた。


 俺は狙撃手らの居ると思われる樹の周辺に向けて聖剣を振るった。すると20〜30mほど先の樹々が面白い様に伐採されていったのだ。

 狙撃手達は軒並み樹上から落とされ、更に倒れてきた他の樹の下敷きなっていった。死んだかどうかは未確認だ。

 

 本気で聖剣を振った時の射程も大体掴めた。細かい作業は苦手だが、集団戦等で大雑把な動きをさせれば本当に『最強』の武器だと思う。


 そして更に2度3度と聖剣を振るって森を開拓していく。もちろん盗賊団を炙り出すのが目的だ。

 狙撃手の数が増えたタイミングで、狙撃で傷付いた相手にとどめを刺す部隊が出てくるだろうと踏んで、敢えて派手な真似をしてみたという訳だ。


「そこまでだよ、派手な剣士様! ずいぶんナメた真似をしてくれるじゃないか…」


 倒れた樹々の向こうから勇ましげな女性の声がした。

 やがて声の主と思われる影が森の奥から姿を現す。

 身長は180cmくらい。長い赤毛を不造作に垂らした筋骨隆々とした、歳の頃30前後と見られる女が出てきた。

 

 そして彼女に続いて俺達を360°囲む形で弩を構えた約30人の盗賊達が姿を見せてきたのだった。

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