第9話 襲撃

「ゆうべはお楽しみでしたね」


 どこかで見たことのある様な台詞で宿の親父は俺達を送り出した。やかましいわ。

 クロニアさん、もといクロニアはずっと顔を赤らめたまま、無言で俺の学生服の袖を摘んで立っている。

 

「どうしたの? 随分大人しいけど…?」


「な、何でもない。急に色々ありすぎて自分でも戸惑っているだけだ…」


 クロニアは昨日の事を整理しきれていない様だった。確かに馬賊討伐の人集めに来ていたのに、俺が入ったとはいえお付きの2人とは別れているのだから実質減員している。

 それでいて初めて出会った男とその日のうちに身体の関係を結ぶなど、男性経験の無かった彼女には考えられない展開だろう。


 俺は改めてこの聖剣の力を恐ろしく、それ以上に心強く感じた。女神の言う通り『無敵でモテモテ』、これなら本当に好き勝手に生きられるだろう。

 クロニアはナンタラ侯爵の正規兵らしいから、クロニアを足掛かりに上手く立ち回れば、貴族や王族に取り入る事も、そこから更に成り上がって国そのものを手に入れられるかも知れない。


 まさに世に聞く英雄譚そのものじゃないか! 前世で不遇な人生を歩んだ揺り返しとして、今世では自分がどこまで成り上がれるのか試して見たくもあるしな。


 ☆


「ところで馬賊ってのをどうやって見つけるつもりなんだ?」


 俺の問いにクロニアは数十mほど離れた場所にいる荷馬車を中心とする一団を指差した。


「彼らは街道を行く隊商だ。ああいう荷馬車が賊に狙われる。だから朝早いうちに護衛に入れてもらう様に話を付けてきた。無料ただで護衛が増えて彼らも喜んでいたよ」


 おぉ、なるほどさすがクロニア仕事が早い。いやらしいテクニックを覚えるのも早かったから、地頭が良くて機転の効くタイプなんだろうなぁ。そりゃ若くて女でも隊長になるわ。


 荷馬車と言ってもかなり大きい。四頭立てで2tトラックくらいの大きさがある。積み荷は鉱石と穀物、行き先はラモグなので俺達は来た道を戻る事になる。

 俺達とは別に護衛らしい冒険者が2人いたが、彼らは俺達と仲良くする気は無いらしく、禄に挨拶も交わさぬまま隊商は出発した。

 

 ☆


「もうじき街道が森に入る。その森が馬賊やつらの根城らしいのだが、それ以上は分かっていない」


 クロニアの顔が険しさを増す。なるほど、街道での馬を使っての襲撃はあくまでも森に追い込むための陽動という訳なのね。

 大きな馬車を森に追い込んで、どこかで立ち往生した所を一気に襲えば、大して労せずに獲物をゲットできるし、森がホームグラウンドならば通り道に足を止めるような罠を仕掛けても良い。


 この手の盗賊団って、策も何もなく正面から襲ってきてはチートな主人公に蹴散らされるだけの存在だと思ってたけど、彼らだって生きるためにやってるんだろうから、猿よりは頭使うよな、そりゃ。


 ☆

 

「来たぞ、右後方…」


 前方に森の木々が見えてきた頃、クロニアの言っていたタイミングで数騎の人馬が俺達を追従しているのが確認できた。


「んで、どうすんの?」


「我々の目的は隊商の護衛ではなく馬賊の討伐だ。無論ここで迎え撃つ!」


 凛々しく腰の剣を抜き、馬頭を賊の方へと向けるクロニア。カッコいいね。俺も真似してUターンしようとするも、未熟なせいで馬が言うことを聞かず大きく出遅れてしまった。


 しかしもたついたおかげで馬賊らの真の狙いが分かった。本当の敵は後ろではなく前に居たんだ。

 俺の後方には馬賊らと戦闘を始めたクロニア、そして前方では荷馬車の御者が殺されていた。犯人は俺達とは別に雇われていた護衛達。

 奴ら元の雇い主を裏切って馬賊に付きやがったんだ。或いは初めから敵のスパイだったか……。


 荷馬車は御者を殺した馬賊の仲間が乗り込んで、既に制御を奪っている。放っておけば荷馬車ごと奪われるのは確実だ。

 一方クロニアも今、見えるだけで4人を相手にしている。いくら彼女が強いと言っても4対1では分が悪すぎる。どんな達人でも後ろから刺されれば簡単に命を奪う事が出来る。


 ちょうど俺の右手にクロニア、左手に荷馬車がある状態だ。どちらに向かうべきか…?


 考えるまでもない。先程クロニアが言っていたじゃないか、「我々の目的は隊商の護衛ではなく馬賊の討伐だ」と。

 俺はクロニアの救援に向かうべく馬を右手に進ませた。


 ☆


 クロニアは奮戦していたがやはり多勢に無勢、俺の未熟が招いて無駄にしてしまった10秒弱が仇になって、俺の目の前で敵の攻撃を受け流し切れず落馬してしまった。


 やはりこちらに来て良かった。荷馬車の方に向かっていたら落馬したクロニアを助けられずにむざむざ死なせてしまう所だった。

 クロニアを助けるべく俺は馬から飛び降りて彼女の元へ向かう。


 前方からは4騎の馬賊が俺の首を刈り取ろうと走り寄せる。クロニアは落ちた衝撃か敵に手傷を負わされたのか、まだ立ち上がろうとする素振りも見えない。

 ここは俺がやるしかないみたいだな……。


 押し寄せる馬に対して、俺は聖剣を背中の鞘から抜きざまに横に薙ぎ払った。ほんの少しとは言えクロニアに剣の稽古も付けてもらったので、ゴブリンの時よりも様になっていたと思う。


 やはり俺の剣は実際の刃渡りの何倍もの射程があるようだ。聖剣の一振りで4頭の馬の脚は全て切断され、支えを無くした馬の胴体と跨っていた男達は、全てが空中に投げ出された直後、間もなく揃って地面に叩きつけられた。


 落馬してズッコケて動けない奴らなんぞ、ゴブリンよりも殺すのは簡単だ。俺は馬賊どもが体勢を立て直す前に4人全員の命を奪った。

 人を殺したのは初めてではあるけれど、感じた嫌悪感は最初のゴブリンの方が強かったかも知れない。『命を奪う』ハードルは人間もゴブリンも変わらないのだろう。最初の一歩を踏み込む踏ん切りが重いという事だろうな……。


「…助かった。お前が来てくれなかったら危なかった」


 ようやく立ち上がったクロニア。落馬のショックで脳震盪でも起こしたのか体がフラついて頭を押さえている。


「そんな事より護衛の冒険者が裏切ったぞ。いや、最初から敵だったのかも… とにかく荷馬車が奪われて森に入って行った」


 俺の報告にクロニアはまだ頭痛が引かないのか、頭を押さえながらも口元に笑みを浮かべてこう言った。


かえって好都合かも知れん。荷馬車のわだちを追跡すれば、奴らのアジトへ通じているはずだ。下っ端4人の首では土産にもならん。私とお前でアジトに攻め込んで奴らを殲滅するぞ」

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