第33話 再始動

 王都の冒険者匠合ギルドの形式はラモグの斡旋屋とあまり変わらない。大きな掲示板に手書きのクエスト依頼書が何枚か貼り出されている。戦闘系以外にラモグ同様にスラムの巡回警備や外壁の補修作業の仕事もある。


 依頼書のそれぞれには大豆だいず大の黒い点が1〜5個記されており、それがクエストの難易度を表しているらしい。冒険者は自分の認識票ドッグタグに刻まれた打刻の数と依頼書に記された黒点とを比較して受ける仕事を選ぶ、という仕組みだ。


 この依頼受託にはクエスト難易度と冒険者ランクは直接は関係しない。低いランクの冒険者が高難易度クエストを受けても自由だし逆も然りだ。

 ただ、難易度よりも冒険者ランクがあまりにも低く、能力的に成功が望めないと判断された場合は、ギルドの判断で受託を断る場合もある。


 クエストには期限が決められ、その期限内に成功報告が無かった場合は『失敗』とみなされ、依頼書が再度掲示板に貼り出される。


 クエスト報酬は完全に後払いで、モンスターの素材や希少鉱物等はギルド直営の質屋で買い取ってもらえるが、後になってからの報酬上乗せ交渉は一切受け付けないそうだ。


 一応冒険者として登録された者は、ギルドに併設されている酒場と宿屋で、一般よりも格安かつ安全に寝食にあずかる事が出来る。


 ☆


「なんとか腰を落ち着けられそうだな。と言っても手持ちの資金を考えたら、今日明日には仕事をこなさなくてはならんがな」


 雑事一般を引き受けてくれたクロニアが、一通りの申請や登録を終えて俺達のテーブルに合流した。


「装備品の改修も匠合専属の鍛冶屋が受けてくれるそうだ。当初の計画通りで予算の見積もりもしてきたぞ」


 クロニアが広げた覚え書きには各々の装備の改修費用や、モンモンの生存確率を上げる防具等の値段が並んでおり、それらの合計金額は4人分の街の入場費、ギルド登録料、本日の宿代を差し引いた俺達の全財産を軽く凌駕していた。


「依頼も様々な物がありましたけど、難易度の低い物は報酬も低く、バルジオで寝泊まりするだけで使い尽くしてしまいそうでしたわ…」


 ティリティアの意見も重要だ。セコセコ小さい仕事で稼いでいても埒が明かないのだ。一発デカい仕事で金を稼いで、ついでに名声も手に入れたい。


「ほしたらどうすんの? ボクら登録したての『初心者組』だから、ゴブリン退治みたいなのしか回ってこなくない?」


 モンモンが口いっぱいに食べ物を頬張りながら会話に混ざる。


「ゴブリンは、ちょっと…」

「そうですね… 私もあまり気が乗らないな…?」


 ティリティアとクロニアが苦しそうにモンモンの質問に答えた。確かにモンモンを除く俺達全員がゴブリンにはあまり良い思い出が無い。

 それにゴブリン退治程度の報酬では、ティリティアの言ったように宿代だけで溶けて消えてしまうだろう。


「それなりに稼げて成功率の高そうな依頼があれば良いのですけども、そんな都合の良い話は無いでしょうし…」


 ティリティアが溜め息と共に吐き出す。

 俺としても、とりあえずゴブリンの時の様に敵がたくさん出てくるのは避けたい。常に後ろからの攻撃を気にしていなければならないのは疲れるし、クロニア達にも危険が及ぶ。

 

 理想としては『単体の強敵の討伐』を受けたい所だ。タイマンなら相手が誰であろうと俺は絶対に負けない。

 更に贅沢を言わせてもらうなら、遠距離移動を伴う長期間の仕事も避けたい。これは単純に生活費が不足する軍資金の問題だ。


 そんな感じで掲示板を漁る。『ゴブリン退治』『オーガ山賊団殲滅』『隊商警備』『スラムの巡回警備』『外壁補修作業』といったラモグでも見掛ける定番の物がほとんどで、場所が変わっても品数はそう変わらないのだと実感する。


 その中で特別目を引いたのが『翼竜ワイバーン討伐』だった。「バルジオ外壁西門近辺に最近ワイバーンが棲み着いて、壁を飛び越えて壁内の家畜を襲って食べたり、捕まえて壁外に連れ去っているので退治して欲しい」そうだ。


 相手は1匹、それも近場の日帰りコース。これはかなり美味しい仕事と思われたのだが……。


「ワイバーンって空を飛んで口から火を吹くんだけど、お兄さん空飛ぶ敵と戦えるの…?」


 モンモンのツッコミに俺も一瞬フリーズしてしまう。『空の敵』は盲点だった。

 聖剣の攻撃範囲は見た目の刃渡りの何倍もあるのは確認している(おそらく10m前後)が、それより遠い敵となると俺自身が距離を詰めるしかない。俺の渾身のジャンプでやはり高さ10mといった感じか……。


「うーん… そしたら誰か助っ人を頼むか? エルフの弓使いとか、魔法使いに動きを止めてもらうとか…?」


 俺の提案に対して帰ってきた3人の対応は総じて『可哀想な子を見る目』だった。


「空を飛び回る怪物にそうそう矢など当てられる訳が無いだろう。動きを止める位に大きな矢なら尚更だ」

「『エルフ』だなんて、御伽話の読みすぎじゃないの?」

「『魔法使い』なんて軽々しく口に出す物ではありませんよ…?」


 クロニアの意見はまだ説得力があるが、他の2人は解説が必要だろう。詳しく話を聞いてみた。

 

 なんでもエルフやドワーフといった俺の想像していた亜人間デミヒューマンは伝承の中の存在であって、この世界には実在していないらしい。


 魔族以外に存在する知的生命体は基本人間のみ。人間の変種であるオーガも含めてね。

 モンモンが俺の事を『ドワーフ』呼びしたのも、イメージを作りやすい『ドワーフ』というテンプレートモデルがいたからだそうだ。


 次に『魔法使い』だが、この世界ではティリティアら神官の使う神の力による『法術』は広く受け入れられているものの、『魔導』の力は本来は『魔族の力』として一般には忌避される物らしい。

 

 確かにギルドの食堂で周りを見渡してみても、戦士らしい奴、盗賊らしい奴、神官らしい奴は見かけるが、魔法使いらしい奴は見かけない。


「アイトゥーシア教会は、魔導の研究は禁忌と定めて禁止しています。王国の政策も同様なので、街中で彼らを見掛ける事はまず無いでしょうね」


 これは意外だった。生前に想像していた様に、モンスターの大群に向かって火球ファイヤーボールとか隕石落としメテオフォールとかドッカンドッカン派手な攻撃魔法を撃ち込む様な事は無いみたいだ。

 道理でここまで魔法使いを見かけなかったはずだ。王都に『魔法学院』的な機関があって、地方では見かけない。なんてレベルですらなく、完全にアングラな存在だったとは… 少しガッカリを隠せない俺がいる……。

 

「彼らは諜報や暗殺の為に金で雇われる事がありますが、公の場にはまず出てきませんから、全てが謎に包まれています。噂では彼ら専用の匠合ギルドもあるそうで、日夜怪しい研究に没頭しているとか…」


「いずれにしても、冒険者として出くわすことはまず無いだろうな…」


「敵として出てきたら、どう対処したら良いんだろうねぇ?」


 この3人の軽い雑談は、俺には嫌なフラグが立った様にしか聞こえなかった。

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