第42話 再会

 あれからイクチナさんの正体については全く手掛かりの無いままだ。最初にイクチナさんと顔を合わせた屋敷は既に廃屋になっていた。ていうか最初から廃屋だったんだろうな。ティリティアが言うには、俺たちは幻術か何かでかされたのだろうとの事だった。


 彼女の探していた『宝具』とやらも実際はどんなもんだか怪しいし、所々で魔法を匂わせる言動があったから、『イクチナさんは何らかの目的で俺達に近付いてきた魔法使い』という見解が有力だ。

 その目的が皆目見当がつかない点が不安を煽る。単に俺の聖剣の戦闘力を利用しようとしていただけなのか、或いは俺以外のメンバー… たとえば侯爵令嬢のティリティアとかに用事があったのか…?


 確率的に関わる事は無いと踏んでいた魔法使いとの遭遇は、期待半分警戒半分といった所だ。まぁどんな強い魔法使いであっても、相手が女なら一瞬でも接触できればこちらの勝ちだ、という安心感もある。まさかイクチナまでモンモンみたいなオチが付く事は無いだろうしな……。


 ☆

  

 さて、何とも収まりの悪い不可解なクエストから数日、俺達は匠合ギルドの鍛冶屋に頼んでおいた新装備を受け取り、上機嫌でギルド奥の客間にお邪魔していた。


 例の投資案件について恰幅のいいオバサンの方のオリジナルイクチナさんとは話をさせてもらって、手持ちの資金を匠合ギルドの投資信託で活用する事になった。装備品等の大きな買い物は済んだばかりで、当面生活費以外に入り用となる金は無い為に、逆に大金を持ち歩く方が要らぬトラブルを招きかねないのだ。

 

 更に匠合ギルドでの宿代や食事代は、その場で会計せずとも預金から勝手に引き落としてくれるシステムもあるらしい。

 かまぼこ板サイズの木片を渡され、特殊なインクで名前を書いた。これが割符であるらしく、会計の際にこの割符を提示する事で自動的に支払いが完了する。


 俺自身は生前高校生だったから詳しくはないが、恐らくはクレジットカード、或いは電子マネーみたいな使い方が出来るという訳だ。極めてローテクでギルド限定の話だが、便利である事は間違いない。


「資産運用と言っても日々の上げ下げは微々たるものなので、普通に匠合ギルドで飲食をされていたら物凄い勢いで減っていきます。なのでコマ目に仕事をして常に残高の補充を心掛ける様にして下さい」


 だそうだ。結局『働かざる者食うべからず』なのは何も変わっていない。俺達は冒険者なのだから、冒険をして金を稼いで暮らしていく。それだけの話だ。

 この国の王様だって冒険者から成り上がって国を建てたそうだから、俺だって働き次第では、いつかは王とは言わずとも何処かの貴族にはなれる可能性はあるだろう。

 

 そうしたらスローライフしながら領地経営シミュレーションなんてのも面白いかもな。この手に聖剣がある限り大抵の願い事は叶うはずだ。今の所、細かいつまずきこそチョコチョコあるものの、大筋として俺の異世界ライフは順調と言えるはずだ……。


 ☆


「で、大金が入ったのにまたセコセコ依頼受けるんだね。1週間くらいのんびり観光でもしたってばちは当たらないと思うけどなぁ…」


「教会でも『新たな勇者が王に任命され、聖剣を携え魔王討伐に旅立った』と聞きましたわ。なれば少しでも民草の不安を減らし、大任ある勇者の補佐をすべきではないかしら?」


 ボヤくモンモンをティリティアが諌めている。ティリティアの事だから何か裏があるのかも知れないが、言っている事は至って筋が通っている。

 

『新たな勇者』が俺じゃなかった事は正直言って少しショックだ。俺の聖剣ならば魔王とやらが出てきても楽勝のはずだ。

 まぁ勇者のオーディションをやっていた訳でも無かろうから、最初から縁がなかったと思うしか無いな。

 第一魔王討伐なんぞを言いつけられたら、『自由な生活』に支障が出てくるだろう。やはり勇者だ魔王だのは関わらない方が正解かもな……。


「ふむ… とりあえず今出ている依頼の中での最高難易度は4の『地下墳墓探索』だな。条件として『神官必須』との事だが、うちにはティリティア様がおられるから問題あるまい。どうする?」


 掲示板から戻ってきたクロニアが状況を報告してくれた。

 俺たちは前回難易度5のクエストを終わらせて、見事『3点冒険者』にランクアップした。そしてランク3から4に上がるのに必要な実績点は6。昇格してからの繰越が2あるので、難易度4の仕事をクリアすればピッタリランクアップ出来るという寸法だ。そう考えると難易度3以下の仕事は二度手間になるので避けたい。となると選択肢は無いわけだな……。


「そういう事ならサクッと実績を上げて、『4点冒険者』になってしまおうか。んじゃあ今回はそれで…」


「待っとくれ! お前達の助けを借りに来たんだ」


 席を立とうとした刹那、聞き覚えのあるハスキーな女性の声に止められた。

 声の主の方へ目を遣ると、懐かしい顔がそこに居た。


 燃えるような赤い長髪。

 女性ながらも丹念に鍛えられた、筋肉質で長身の体。

 控えめに額に生えた一対の角。

 厳しそうでいて、包容力に満ちた紅い瞳。


「ベルモ!」

「まぁ、ベルモさん」

「ベルモ姐さん!」


 かつて俺達と共に旅をした『森の盗賊団』あらため『森の傭兵団』の団長、ベルモがそこに立っていた。 


 ☆


「実はモンモンを送り出してすぐ、森で異変が起きてね。そんでアタシらだけじゃどうにも手に負えなくて、侯爵様に支援を求めたんだけど、兵隊は初動が遅くて当てにならないし、多分来てもらっても時間稼ぎにしかならない。そこでアンタらが『王都に向かう』って話を思い出して、ラモグからえっちらおっちら追い掛けてきたのさ」


 ジョッキ一杯のワインを一気飲みして一息入れたベルモは、訥々とそれまでの事を語りだした。


 何でも今度は森に蛇の形の大型モンスターが現れて、獣や人を襲っているらしい。

 熊ゴーレムは奴のテリトリーにさえ入らなければまだ無害だったが、今度の蛇は神出鬼没で所構わず現れて襲撃してくるそうだ。

 

 前回の熊型ゴーレムは刃や矢の通らない防御力を持っていたけど、今度の蛇は全体が黒い霧の様な物で構成されていて、切っても突いてもまるで歯応えが無いそうだ。

 それでいて蛇の攻撃は普通に通るらしいので、普通にズルチートだな。確かベルモの配下やガルソム領の衛兵じゃ手に余る相手だろう。


 しかし、熊の次は蛇か… あの森は何か特別な事情があるのかな…?


匠合ギルドでも状況を把握しました。今回緊急依頼として『難易度5』相当の報酬を用意、参加希望者を広く募り、明朝に匠合ギルド所有の馬車にて出発します」


 いつの間にか横に来ていた受付嬢ちゃんが情報を補足してくれた。その声に周囲の冒険者達も意気上がる。


「おう! 俺たちも行くぜ!」


 なんて声が方々から上がってくる。如何にもランクの高そうなゴツいオッサン冒険者達に囲まれて俺達も立ち上がった。


 他ならぬベルモの頼みだ。いっちょ手を貸して上げますか!

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