第47話 蛇

「これが世界を跨ぐ蛇ヨルムンガンドって奴かな…?」


 さすがにそこまで大きくはないが、ついつい思ったことを口に出してしまう。クロニア達には意味が通じていないみたいだが、まぁ別にいいか。

 蛇とは言うが、その正体は紫色のガス状の細い塊だ。確かにあれでは普通の剣や弓の攻撃が通るとは思えない。新調したクロニアやべルモの武器でもそれは然りだ。


 蛇の体を構成しているガス状の気体は毒性が強いらしく、奴の通った跡は植物が枯れ、人間がそのガスを吸い込むと肺が灼けて胸を患うそうだ。現に奴と戦ったベルモの部下のうち何人かは、肺炎に近い症状で伏せっているらしい。

 話を聞くだけでどれだけ厄介な相手か想像できる。

  

 奴への攻撃に魔法か、或いは魔法を付与した武器が必要ならば、俺達のパーティならば奴にダメージを与えられるのは俺だけになるし、他のパーティでも全員がダメージソースになれるかどうかも極めて怪しい。

 最悪何も出来ずに敗退、または全滅まであり得る作戦だ。

 

「そんじゃあ司令官様、一発子宮に響く様なカッチョいい号令を頼むよ」


 ベルモのからかうような声に背中を押され、盟下の3パーティに指令を下すべく振り返った。

 慣れない指揮官仕草が地味に疲れる。大体『子宮に響く』ってどういう意味だよ?


「各自作戦指示通りの動きを期待する。あいつを倒して大宴会だ!」


 俺の檄に他のパーティから歓声や拍手、口笛が飛んでくる。多分に冷やかしだが、今のところは彼らも俺の指示で動いてくれるようだ。


「攻撃開始!」


 ティリティアを含む各パーティの神官職が仲間達に強化の法術をかける。その後俺達A班とアンバーパーティのB班が、蛇の頭を中心に左右に展開する。


「良いか? ベルモの報告通り、あのガスの化け物が剣や弓のといった通常攻撃を受け付けないとしたら、恐らくあいつに攻撃が通るのは俺達のパーティでは俺だけだ。攻撃は俺が担当するから、他の皆はティリティアを重点防御。ティリティアは俺への支援を頼む」


 仲間へ指示を飛ばし、蛇の方へ向き直る。その時、俺の全身が淡い光に包まれた。


わたくしの力では気休め程度にしかなりませんが、護りの法術をかけました。決して無理はなさいませんよう。ご武運をお祈りしております…」


 ティリティアも思い詰めた顔をしている。一筋縄ではいかない強力な相手だと理解しているのだろう。


「助かる…」


 長々とお礼や挨拶を交わしている時間は無い。俺はそれだけ答えると聖剣を構えて蛇を睨みつけた。


 ☆


 まずは野伏レンジャーであるアンバーさんの先制攻撃。身長程もある大弓をぶっとい腕で引き絞り、「はぁっ!」という裂帛の気合とともに矢を撃ち出す。

 やじりに細工がされているのか、或いは魔法的カラクリなのか発射されると同時に矢の先端に火が点いた。


 火矢は一直線に蛇の頭へと飛んでいき、普通の蛇なら右目のある位置に見事命中した。

 …命中はしたのだが、矢はそのままガスの体の中へと飲み込まれてしまった。ダメージがあったのかどうかすらも、外からではうかがい知れない。


「あの感じは全く効いてねぇな…」


 アンバーさんの呟きが空気を重くする。彼の額に小さく脂汗が浮かんでいるのは、今の攻撃がそれなりに本気だった証だろう。

 更に蛇は己が攻撃されたのを察知したのか、こちらへ向けて頭(?)を持ち上げて方向転換してきた。


「近接用ぉー意っ!!」


 蛇の突進に備えてクロニアが全体に号令をかける。それに応じてB班とC班の盾役タンクがクロニアを挟んで前に出てくる。B班は男、C班は女だが共に巨躯のオーガ族が大盾を構えて立ちはだかる。本来別パーティなのに息ピッタリで雷神風神の像みたいでカッコいい。


 蛇の頭が俺達に迫りくる。蛇の軌道から逃げられる位置にいる素早い奴らは早々に避難し、盾役の後ろはC班の聖女たちとD班の勇者たちだ。


 蛇が攻撃をするべく持ち上げた頭を一度後方に振りかぶる。その隙を突いて盾役の後ろから飛び出して、蛇に一撃を加えた奴がいた。俺だ。

  

 一番槍はアンバーさんに譲ってやったので、此処から先は遠慮なく斬り込める。大きく吶喊とっかんし、そこからの斬撃。俺と同時に3人ほどが蛇に斬り付けようと突撃していた。

 

 しかし、今までなら相手を切り裂く手応えが両手に伝わってきた物だったが、今回はまるで手応えが無かった。

 俺の攻撃はベルモから聞いていた通りに、空を切る様に素通りし俺は蛇の体を構成するガスの中に体ごと飛び込んでしまったのだ。

 まさか手応えすら全く無いとは思わなかったから、俺の行動はただ単に毒ガスの溜まり場に無防備に飛び込んだだけの形になった訳で、間抜けな事この上ない。

 

 全身を紫色のガスに包まれるが、今のところ被毒の兆候は無い。意外と無害なのか、聖剣によるバリアのおかげか、ティリティアの護法のおかげかはまだ分からないが……。


 いずれにしても長居して良い場所ではない。俺はガスの体から離脱するべく再度飛翔したが、数十m先まで跳んでもガスの外に出られなかった。外から見た蛇の大きさから言うと、これはかなり不自然だ。

 …そして奇妙だ。ガスに飛び込んだ瞬間から一切の音が消えた。俺から数mも離れていない場所で、他班のアタッカーが蛇への攻撃をしているはずなのに、武器を振るう音や戦いの怒号すらも聞こえてこない。これは一体…? 蛇の中に別の空間があって閉じ込められたか…?

  

「ナゼワレトアラソウ…?」


 突然頭の中に全く感情の籠もっていない、人工音声の様な声が響いた。誰だ? まさかこの蛇なのか…?


「だ、誰だ? 何者だ…? 俺に話しかけているのか…?」


 体感10秒程の長い沈黙の後、再び謎の声が頭に響いた。


「ワレラハトモニ『ガラド』ノシトナリ… ワレラハトモニキズツケルコトアタワズ… ワレトゴウイツシ、トモニセカイノハメツヲムカエン…」


 使徒…? 合一…? 世界の破滅だと…? 全く話が見えない。こいつの言葉は分かるものの、その示す意味はまるで分からない。『ガラド』という単語もまるで記憶にない。聖剣による『知識』を持ってしてもだ。


 考えているうちに徐々に視界が歪んでくる。頭にももやが掛かった様に思考が判然としない。

 このまま目を閉じて体を横たえたら気持ちよく寝られそうだ。そう、この紫色のガスに身を委ねて……。


「大将ーっ!!」


 女の声に我を取り戻す。ぼやける視界の中で俺は何者かに腕を掴まれて引っ張られていた。


 数秒後、俺はガスの外まで連れてこられ、そこでようやく今がまだ戦闘中である事を思い出した。


「俺は一体…?」


 周囲を見渡すと、仲間の3パーティが懸命に蛇と戦っていた。やはり有効打を与えられる戦力がほとんどおらず、指揮官不在のまま連携が取れずに徐々に押されている状況だった。


 そして俺の足元には、今まさに多量の血を吐き出しながら前のめりに倒れていった人物がいる。それは誰あろう、先程まで力強く俺の手を引いて、彷徨える俺をガスの海から救ってくれたベルモだった……。

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