第5話 教訓
「
ゴブリンから救ったお嬢さんはイメッタさんといって、この先の町の豪商の娘らしい。ゴブリンと戦っていた槍の男がこの人の旦那さんらしかったのだが、未亡人になって10分もしないうちに裸で俺と抱き合っているのは驚きだ。
これも聖剣の力なのだろうが、イメッタさんの中では亡くなった旦那さんは既に『過去の人』となってしまっているようだ。まだ亡くなってから1時間も経っていないというのに、旦那さんからしたら堪ったものではないなこりゃ……。
青空の下で愛し合った俺とイメッタさんだが、落ち着いて周りを見渡すと多数の惨殺体に囲まれていた事を思い出す。
馬車の残骸も含めて俺達2人ではどうしようもないので、一旦2人で町に帰り、後から物資や死体の回収に来よう、という話になった。
町に着いたら俺はイメッタさんの実家に雇ってもらい、ずっと彼女の身辺警護を務めて欲しいと言われた。
もちろん警護は建前で、実際はイメッタさんの住む邸宅で『好きなだけ美味いものを食って好きな時に寝て、たまに夜の相手をしてくれればそれでいい』そうだ。
これはまだイメッタさんの独断の段階で、彼女の父親の裁可を仰ぐ必要があるがその父親も娘には甘い性格らしく、イメッタさんは完全に俺を飼い込むつもりらしい。
まだこの世界の情勢が分からないうちは、下手に外に出ずに情報収集に勉めるのも悪くない。
イメッタさんが言うには、この世界にもフリーランス的な意味で『冒険者』という職業はあるらしい。しかし基本宿無しで木賃宿の宿賃すら払うのに苦労している連中ばかりで、町民の反応は『ちょっとマシなゴロツキ』くらいの認識らしい。
そんな底辺生活に比べれば転生直後でパトロンをゲットできた俺は、かなり運が良いのではなかろうか?
聖剣の能力に『運の良さ』が付与される話は聞いていないから、これは俺自身のラックのおかげだろう。転生早々縁起が良い。
これからの薔薇色人生を予想してニヤニヤが止まらない。前世では神や仏には絶望しかなかったが、今は神さま女神さま聖剣さまだ。
出発前に少々尿意を催したので、裸のままずっと抱き合っていたイメッタさんを離して、用足しの為にほんの数メートルその場を離れた。
「キャァーっ!!」
俺の後ろで突然イメッタさんが叫びだした。何だ何だ? 一応周りに敵の気配は感じられないから、急に不意をついて襲われた感じではない。そして彼女のフォローをしたいが、出始めた小便を止めるわけにもいかず、目で状況を確認する。というか今はそれしか出来ない。
イメッタさんは周りを確認して、元は夫であった槍使いの惨たらしい死体を見つけた。更に全裸でいる自分と、全裸でいる俺を交互に見つめて『今の状況』を理解した様だった。
そして震える目で俺に憎しみの目を向ける。その後傍らに落ちていたゴブリンのナイフを手にとって、いきなり自らの胸に突き立てたのだ。
何が起こっているのかまるで理解できていない俺を尻目に、イメッタさんは旦那さんの死体の方へ倒れ込み、一瞬安らかな表情を浮かべてそのまま動かなくなった。
慌ててイメッタさんに駆け寄り顔を見ると、彼女は既に目を見開いたまま事切れていた。
俺の聖剣には回復や蘇生の力は無い。俺が死人にしてやれる事は開かれた目を閉じてやる事だけだった。
一体何がどうなっているのか…? ついさっきまで嬌声を上げて俺に抱きついていたのに、この十数秒の間に彼女に何が…? そして安泰と思われた俺の今後は…?
その時、視界の片隅に入ってきた物が俺に真実を教えてくれた。女神が教えてくれていたじゃないか、『聖剣を体から1m以上離してしまうと、言葉も通じなくなるし色々な特典も失うから気を付けてね』と。
俺は迂闊にも聖剣から離れてしまった。そのせいでイメッタさんに対する魅了が解除され、正気に戻った彼女は夫が殺された事や、その後まもなくして俺に身を開いた事を認識してしまったんだ。
自分にナイフを刺す直前、イメッタさんは「下賤なゴブリン」と言った時と同じ目を俺に対して向けていた。
俺の腕の中で幸せそうな笑顔を浮かべていたイメッタさんは、本心では俺の事をゴブリンと同等に見ていたって事なんだろうなぁ。
辛いな… 何だよ? 俺って異世界でも気持ち悪がられる存在なのかよ…? もしかして聖剣が無かったら、この世界でもイジメられていたって事かよ…?
…まぁ、うん、今回は普通に俺のミスだな。女神に警告されていたにも関わらず聖剣を体から離してしまった。逆に誰もいない状況でこの事に気付けてかえってラッキーだったかも知れない。
俺は考えを切り替えて、服を着て旅支度を整える事にした。
女神からは確か『剣は別に手に持つ必要は無いわ。紐でも鎖でも良いから何らかの形で繋がっていれば、その切れ端から1m以内なら大丈夫だからね』と言われていた。
とりあえず聖剣を地面に置いて検証してみよう。置いた剣から歩いて離れてみると、確かに剣から1m以上離れた途端、力の
次に馬車の御者が馬を操作する時に使う革紐を、1m程切り出して聖剣の柄に結んでみた。
紐をめいいっぱい伸ばしてみる。すると今度は剣から2mまでは聖剣の力を享受できたのだ。なるほど、こういう事か……。
「何はなくともこの聖剣を体から離すな」という教訓を胸に刻んだわ。イメッタさんには可哀想な事をしたと思うけど、これも不幸な事故ってやつだよね。恨まず成仏(?)して欲しい。
とりあえず死体が持っていても仕方ないイメッタさんの宝飾品や馬車に積まれた貴金属類や高価そうな香辛料、現金や生活物資を頂いて、俺は元通りラモグとかいう町を目指して再び歩き出した。
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